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事後にて御座候

本業多忙につき、たびたび更新が遅れることがございます。何とぞ御容赦を


 そして、夜。

 ノボルたちは路地裏に身をひそめていた。日の高いうちは近場の宿に金を掴ませ、短時間で部屋を借りて見張りをこなしている。その時の金は、マユの財布から出た。

 あれからずっと、トキカゲは酒場にこもっている。見張りの忍びからの連絡は、あれ以来入ってこない。しかし月がのぼり日が落ちて、ドクセンブルグが夜の闇に落ちた頃。

 トキカゲが出てくる、とマユは言った。

 ノボルは刀の目釘をあらためて、無事を確認すると腰に落とす。マユを見た。忍びの娘はうなずいた。二人並んで宿の外に出る。素早く目を左右に配り、通りの無人を確認した。

 飲み食いした代金で揉めたのか、ずいぶん間をおいてから、トキカゲが現れる。ノボルは素早くトキカゲの前に立ち、ヒノモト語で声をかけた。


「……トキカゲさん……ヒノモトの者です」


 トキカゲは目を見開いた。もののけにでも出くわしたような顔だ。


「トキカゲさん、あなたを……」


 あたふたと両腕を振り回して、我に返ったのか刀の柄を探す。


「斬りに来ました」


 まだ柄を探し当てられない。狼狽が混乱を招き、さらなる焦りを呼んだ。


「あなたを粛清します」


 トキカゲの右腕側に、左足で深い一歩。振り向きながら刀を鞘走らせる。月のような軌跡を残し、切っ先が走った。

 トキカゲの両手が、ようやく刀の柄を探し当てたようだった。しかし、もう遅い。

 神伝一流初伝の一手、礼刀。腹を召す者の介錯をするための技である。延髄と肉体の関わりを断つため、頸椎のみを斬る。それ以上斬ると無駄な出血を呼び、白洲を汚してしまうからだ。

 それでも出血はある。命を手離したトキカゲの肉体が、崩れ落ちた。

 駆け寄ったマユは、懐を探る。一〇枚ほど地図が出てきた。別の忍びが闇から現れ、トキカゲの流した血に砂まく。痕跡を消すためだ。そして亡骸を袋に詰め込み、引きずりながら闇へと消えた。


「予想以上に剣術ができない男でしたね」


 地図を燃やしながら、マユが呟く。


「あの男のだらしない着装が、腕前を物語っていたな」


 きちんとした着装というのは言い方をかえると、「あるべき場所に、あるべき物が、いつもある」ということだ。つまり着装を正しておくけば、いざという時素早く手を伸ばせば、常に刀は「そこにある」のだ。

 トキカゲは、それができていなかった。咄嗟の時に刀を探すという、愚行を演じてしまったのだ。命をねらわれても仕方のない、凶悪な行いをしておきながらだ。これは危機意識の薄さ、本人のだらしなさが呼び寄せた結果でもある。


「トキカゲの亡骸は、どうなるのだ?」

「いまごろは荷馬車に揺られて、そこから先は知りません」

「遺品や形見はどうするのだ?」

「誰が受け取るんですか?」


 マユはしれっと言ったが、遺品の受け取り手はすでに、この世にはいないのだろう。少なくとも、トキカゲの家族全員……多ければ、一族すべてが処刑されたに違いない。それだけしなければならないほどの犯罪だった、ということだ。


「……俺の仕事は終わったな?」

「お疲れさまでした」

「もう二度と、こんな仕事はしないからな。忍びの長に言っておけ、あんな人間二度と出すな、と」

「たまわりました」


 マユは闇に消えた。

 ノボルは背中をむけて、袖の中に両手をしまう。歩き出した。もう、振り返らない。

 飲みたい気分だ。下宿に戻ることにする。月の下を歩く。

 しばらく行くと、めしやの明かりが見えた。営業はしていないが、厨房に店主がいるようだった。

 ドアを押す。


「……お帰りなさい」

「ただいま帰りました」


 店主はカウンターで、仕込みをしているようだった。うつむいている。邪魔をしたくなかったが、むこうから声をかけてきた。


「……飲みますか、ヒノモトさん?」

「いただきます」


 ノボルはカウンターに腰をおろした。グラスが置かれて、琥珀色の酒が注がれる。指二本分の量、ダブルだ。

 香りとシングルモルトの味わいを楽しむ。しかし、あまり旨くない。


「……ヒノモトさん」

「なんでしょう?」

「……人を、斬ってきましたね?」

「わかりますか?」

「……雰囲気で。……剣士さまのお仕事に、口をはさむつもりはありませんが……」


 部屋を引き払え。死神とは関わりたくない、という話だろうか? ノボルは身構えた。


「リコはね、あれは私にとっちゃ一人娘なんですよ。……一人娘ってものは、男親には宝物でしてね」

「……部屋を引き払った方が、いいですかね?」

「そこまで言ってはいません」


 店主は力無く笑った。


「ただね……ただ、あの娘を怖がらせないでやってください。御迷惑かけてるのは、こっちだってわかってはいるんですけどね……」


 剣士の仕事は、人を斬ること。あからさまなことを言えば、それに尽きる。しかし、そんな話を一般人であるリコに、強要はしたくない。

 剣士の妻を目指す者が、そのような様でどうするか! 一喝しなければならないのはわかるし、一喝するのは簡単だ。しかし、あれはまだ子供。剣士の都合を押し付けるには、可哀想だ。

 ただ、一国の防衛に着く者としては、剣士の都合をリコに押し付けられない自分をだらしないと思うし、リコに対しても国に対しても無責任だ、とも思う。

 リコの夫となる覚悟を決めたなら、リコが泣こうと嫌がろうと、それを押し付けなければならない。剣士の妻というのは、ただの「女」でもただの「女の子」でもない。覚悟が求められる存在だからだ。

 同時に、男と女を考える。

 リコと夫婦になったとして、あれが不出来な真似をしたら、それはノボルの恥となるし、雑兵隊の恥となる。逆にノボルが恥ずべき振る舞いに及んだら、リコが恥をかくし雑兵隊の名が落ちる。

 まったくもって面倒なものだ。男と女、そして身分というものは。


 グラスを空けた。

 席を立つ。


「リコのところへ行ってきます」


 店主はうなずいた。

 リコの部屋は一階。まだ起きているはずだ。ドアを三回ノックする。


「……お兄ちゃん?」


 そうだ、と答える。

 入ってという言葉に従い、部屋に入った。

 リコはベッドに腰掛けていた。まだ寝間着には着替えていない。

 いつもならば笑顔で掛け布団をポンポン叩いて、「座って座って」と言ってくれるだろうが、今日はそれが無い。


「となり、良いか?」


 ノボルからきいた。「うん」と答えて、リコはとなりを小さく叩く。


「……昼間は、怖がらせたか?」


 ノボルの問いに、リコは小さくうなずいた。


「……それは済まなかった」

「違うのお兄ちゃん、そうじゃないの。……お兄ちゃんは剣士だから、人を斬ることが仕事ってわかってたんだけど……。いざ目の前のお兄ちゃんが、そういうことするって……人を殺すお兄ちゃんが怖くて、殺されるかもしれないお兄ちゃんが怖くて……」


 父親から聞かされたのだろう。ノボルがトキカゲを斬ったことを知っていた。


「人間誰しも、最初から何もかも上手くできるものでは無いさ。お前は女性の初心者なのだ、仕方がない」


 剣の修行がそうだった。剣の振り方どころではない。立ち方、歩き方から直された。次は構えだ。なっとらん、なっとらんの連続で、どうにも先へ進めない。不安や苛立ち、焦りしかない。ほめられたことなど、あっただろうか? とさえ思える。


「でもね。でも、それじゃダメだって思ったの。お兄ちゃんのお嫁さんになるってことは、剣士さまのお嫁さんになるってことだから……こんなことでメゲちゃダメなんだから! お兄ちゃん、アタシがんばるからね!」


 両手でパンパンと頬を叩き、気合いを入れている。


「よし! リコさん復活! もう怖くないぞ! もう逃げたりしないからね! 絶対お兄ちゃんに相応しいお嫁さんになるんだからっ!」


 勢いよく立ち上がるが、リコはへなへなと崩れ落ちる。ノボルは手を伸ばし、小さな身体を支えてやる。

 手のひらに震えが伝わってきた。リコは歯を鳴らしている。強がってはいるが、まだ恐怖を克服していないようだった。


「あ……あはは、ゴメンね、お兄ちゃん。格好悪いとこ、見せちゃって……」

「無理をするな」

「本当に怖い思いしたの、お兄ちゃんなのにね」


 腰を抜かしているくせに、いらぬ気づかいしやがって。毒づいてやりたかったが、とりあえず立たせてやる。まだ足元がおぼつかないようだ。

 ヒョイと身体を持ち上げて、胡座をかいた膝の中に、リコをおさめてやる。

 軽くハグしてやる。赤い髪を撫でてやった。リコはしがみついてくる。


「俺がまだ、内弟子になりたての頃……」

「……ん」

「師匠にはじめて、剣で稽古をつけてもらってな……」

「うん」

「あまりに師匠が恐ろしくて、お前と同じように、腰を抜かしたよ」

「お兄ちゃんが?」

「……正直、今でも夢に出てくる」


 そして、うなされるのだ。


「お兄ちゃんのお師匠さまって、どんな人?」

「今でこそ白髪のおじいちゃんだが……勝てる気がしない」

「おじいちゃんなのに、そんなに強いの?」

「剣士というものは、そういうものなのだ」


 不思議と、そうなのだ。取っ組み合いや殴り合いでは、高齢者というのは若者になかなか勝つことはできない。

 しかし、剣は別だ。この魔性の道具は、人間を若返らせる。若いノボルでさえ辛かった修行時代を忘れて、少年に帰りたくなる時がある。


「ねねね、お兄ちゃんの修行時代って、どんな感じだったの?」

「……思い出したくもない。……師匠が、本当にこわかった」


 できれば永遠に、胸にしまっておきたい。というか、思い出したくもない。


「リコも元気になったことだし、この話はおしまいとしよう」

「聞きたかったな、お兄ちゃんが子供の頃の話」

「いずれな、機会があれば」


 今夜は隊へ帰るとする。一応これでも、番兵の隊長なのだ。もう一度ハグをして、ノボルは剣士に戻った。


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