試し斬りにて御座候
ノボルは基本的に、試し斬りの類いをあまりしない。主義とかなんとかではなく、巻き藁を用意するのが面倒なのだ。
そのノボルが硬いものを相手に試し斬り。それはあり得ない組み合わせであった。刀は折れず曲がらず、が建前である。しかしそれはあくまで、建前でしかない。折れもすれば曲がりもする。そしてそれ以前に、損じる……つまり、欠けることを心配しなければならない。
……が、店主はどうぞと言う。それも自信を持って。しかも、試さなければ売らないぞ、とばかりの態度だ。
「……あまり試し斬りは、好きではないのですが」
「心配はございません」
店主は兜をさらに奥、天井の高い空間に持ち込み、杭にかけた。
ノボルは刀を抜き、ぶら下がった兜に一刀。
……空振りしたか? 手応えがなかった。しかし、パンという音は聞こえた。
店主が兜をあらためる。ノボルに見せてくれた。兜は明らかに、脳へ致命傷を与える深さまで斬れている。物打ちのあたりを確かめてみた。刃こぼれはおろか、傷ひとつついていない。
なるほど、やるものだ下長。
感心していると、今度は騎士の鎧をかつぎ出してきた。兜つきである。鎧の中には巻き藁を突っ込んで、人体に近い状態していた。
またもや杭に架ける。次は鎧で試してみろ、というのだ。湿った巻き藁をのんだ、騎士の甲冑。
まずノボルは、兜に横一文字。抵抗なく、刃が通る。右から首の中程へ。いったん引いて、三の太刀は左から。ここで兜が落ちた。
そして袈裟、さらに逆袈裟。小手、胴、太ももと斬りまくり鎧兜を鉄屑と藁束に変えた。
刀の確認をする。
刃をまったく損なっていない。河原木守下長は、ノボルが思っていた以上に、デキる刀だった。
「いかがでしたか、御自身の差し料は」
「切れ味に自信はあったけど、よもやこれほどとは……」
「戦さ場での御使用があったものとお見受けしましたが、鎧兜は斬りませんでしたか?」
「戦場で刀を傷めるのが、嫌でしたので」
「次は刀にも、存分な働きをさせてやって下さい。きっと応えてくれますよ」
「わかりました。……で、肝心の予備は?」
「こちらに」
店舗の方に招かれた。
箪笥の中から一振り。ノボルに渡してくれた。
鞘から抜いてみる。長寸、重さ、バランス。いずれをとっても文句が無い。
「手に馴染みますね。初めて手にする刀ではないようです」
「お客さまの差し料と同じ、三代目河原木守下長の作にございます」
「俺は下長と相性がよいのでしょうか?」
「相思相愛に見えます」
奇っ怪な刀と相思相愛とは、これ如何に? 俺も怪人の類いということか?
……深くは考えないことにした。自分が傷つくことになりそうだから。
店主は再び、試し斬りをさせてくれた。もちろん苦もなく斬れる。
「ヒノモトの刀には二種類ございまして、ひとつは剃刀型。軽量で剃刀のように斬れるもので、平時の護身用に用いられます。しかし、いささか強度に難があり、曲がる折れるが生じやすく御座います。いまひとつは、下長のような蛮刀型。こちらは頑丈な鍛えにより、鋼も断つような刀です。ですが重さが仇となり、初心者には不向き。同じ腕前同士が剃刀型と蛮刀型に分かれましたら、素肌の場合剃刀型に分があるでしょう。長時間の使用も向いてません。そこで三代目下長が工夫したのは、樋を刻んだ軽量化と長寸を詰めるという方法でした。これにより、頑丈さと使いやすさの両立をねらったようです」
刀剣商は、楽しげに語った。
「御主人、もしや下長のことが?」
「大層気に入っております」
「……そうか、奪うようで済みませんな。それで、いかほどでお譲りいただけるか」
「大銀貨五枚で」
小銀貨一枚は日本円で一〇〇〇円。一〇枚で大銀貨一枚、つまり壱万円。それが五枚ということは……日本円で五万円の値。
「何故それほど安いのですか?」
刃を落とした練習用の剣と、大して変わらない値段だ。
作者/ちなみに日本刀は安い物でも五〇万。背伸びした物で一〇〇万以上と聞いている。上限無しとなれば、高級車クラスの値段とか。
それはそうと、店主は答える。
「人気がありません、ヒノモトの刀は。彫刻も入れず宝石もはめず、抜こうとしても鯉口は硬く、抜ければ危険な斬れ味。……長い時間をかけて、刀とはいかなる物か? 斬るとはどのようなことか? 闘うとは何なのかと心を練り上げ、肉体を鍛え技を磨き、道具を活かす理を見出だす。そのような真似は現在、ヒノモトの方々にしかできません。ドクセンブルグの剣士には扱いきれず、不人気となっております」
だからドクセンブルグの刀剣商は、ヒノモトの刀を商っていないのだ。
店主はもう一振り、刀を取り出した。大太刀と呼ばれる、古式の刀だ。おそらくは剃刀型であろう。店主は鞘を抜いた。
「最近ではヒノモトの刀をわざわざ打たせて、その上でこのような……」
棟に彫刻が入っている。
「ふざけた彫刻を入れる金持ちが出てきています」
「……これでは刀ではなく、美術品ではないか」
「その通り! 使い手によってはこれほど斬れる刀も、金持ちにとっては美術品! 下手にとっては無用なガラクタ! いつからドクセンブルグは、このようになってしまったか!」
「……………………」
今は、ドルボンド国に講和を持ちかけている最中。相手国の返答次第では、いま一度合戦が見込める。
「御主人、ドクセンブルグの兵は、そのような者ばかりではありません。もうひと戦さあれば、拙者がそれを証明します」
「おまかせいたします、ヒノモトノボルさま」
名前を知られていた。やましいことなど無いのだが、それでも驚かされてしまう。
ノボルの様子を見て、店主は笑った。
「その服装に髪色。ヒノモト刀の二本差しとくれば、ヒノモトノボルさま以外にありません」
「それもそうか。……しかし、いつの間に名前が知れ渡ったものやら」
「ビラモア砦の一番手柄。その筋の者は、みなうかがっております」
「その割に、凱旋の歓迎は薄かったのですが」
「その筋の者以外は、うかがっておりません」
まあ、そんなものだ。
「ではヒノモトさま、いま使われている差し料は、研ぎにまわしましょうか?」
「そうですね、お願いします」
師よりたまわった差し料をあずけ、新たな下長を腰に落とす。鞘のザラ目もいい感じだ。
「研ぎから戻りましたら、東組にお知らせしましょうか?」
「そうですね、雑兵隊のヒノモトノボルでお願いします」
研ぎの料金を先払いし、店を後にする。
どれひとつ、留守番の兵士たちに新しい差し料を見せびらかしてやるか。
これは単なる刀自慢ではない。道具にこだわり、良いものを手にするのは、兵士たちにとって生きるか死ぬかを決めることになる。少し良い物を手にして、生き残る確率を少しでも上げてもらいたい。それは上に立つ者として当然の導きである。
ノボルは自分に、そのように言い訳した。
東区に入る頃には、日も傾いていた。そういえば、昼飯をとっていなかった。最初三軒の刀剣商が悪かったのだ。ヒノモトの刀を商っていないから。
どの店にするべきか。繁華街を眺めて歩いていると、背後から声がかかる。
ゴンだ。女のノラを連れている。
ノラは、せぇらぁ服姿であった。とても恥ずかしそうにしている。顔が真っ赤だ。
「ノボさん、刀剣商の帰りかね?」
「あぁ、とてもよいのが手に入ったよ」
鞘ごと腰から引っ張り出す。もちろんこのひと振りが奇刀の評価を受け、ノボルと相思相愛と見られたことは、内緒だ。
「ふむ、鞘が少し違うか? というか、柄巻きの色が焦げ茶色に変わったのぉ」
「斬れ味に関しては、ここで披露するわけにはいきませんよ」
「そんなことして逮捕されたら、ヤハラどんに身請けの頼むからのぉ」
「そんなことになったら、俺はきっと説教で、痩せ細ってしまうだろう」
晩飯抜きの説教でさえ、かなり堪えたのだ。そして今度説教されるようなことをやらかしたら、ヤハラの怒りはいつまで続くことか。正直想像したくない。
「ときにノボさん」
「なにかねゴンさん」
「チミは先ほどから目の前の現実を、見て見ぬふりしちょらんかい?」
「はて? いかなる現実やら……」
「ノボさんも嫁に送ったんじゃろ、せぇらぁ服」
「さて、なんの話やら」
「とぼけなくとも良いぞ。俺ぁノボさんがせぇらぁ服を、嫁に送ったと聞いたから、ノラに送ったんじゃからのぉ」
「先ほどから気になっていたのだが、婚約者未満のリコが、なぜ一足跳びに嫁まで昇格したのかな?」
「まあそれはそれ、まずはノラのせぇらぁ服を見てくれ」
おのれ、そこをごまかすか。割りと重要な案件なのだが、この男はリコを俺の嫁で通すつもりらしい。
そうはさせるか。と思うが、視線はノラに吸い寄せられる。これは男子として仕方のないことなのだ。
ノラのせぇらぁ服は、赤襟赤スカートに黄色のスカーフというセットである。青い髪がよく映える。
ノボルは素直に感想を述べる。
「結構な御点前で」
実際、なかなかの出来映えであった。刀剣商エドガーがノボルの佩刀に見入ったように、ノボルもしばし目を楽しませる。
「お兄ちゃーーんっ!」
人混みの中から、声が届いた。声色やトーンの高さなど記載しなくともわかる。
リコの声だ。
しかし、再開を懐かしむ声とか、甘えたいという声とはどこか違う。
これは、緊張感か?
ノボルが振り向くと、リコは胸に飛び込んできた。
「大変たいへん! お兄ちゃん、ヒノモトの人がお兄ちゃんに会わせろって、お店に!」
よもやそれは、トキカゲか? ノボルの頬にも、緊張感が走った。




