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河原木守下長に御座候


 ということで、三番街の刀剣商エドガーを訪ねることにした。案内所の話では、古くこじんまりとした店だが品揃えは豊富だ、ということだ。

 台帳ひとつでそこまでわかるとは、色街といい商人といい、なかなか便利なものだと思う。

 そして三番街。大小さまざま、商いの種類もあれこれといった店が、軒を並べている。これだけの店の中から、古びて小さな一軒を見つけなければならない。さて、どのようにするべきか?

 しばし考えを巡らせ、ノボルは体力まかせに歩きまくる、という方針を採用した。


 キョロキョロと店を眺めながら、人混みの中を歩く。すると背後から気配を感じた。見られている。それも、複数の人間に。

 ノボルに視線を向ける者たちは、五人六人と増えて周囲を囲み始めた。そのうち一人が、ノボルに接近してくる。

 何をしてくれるものか。ノボルは少しだけ期待した。


「黒髪のお兄さん、王都ははじめてかい?」


 背後から声をかけてきた。相手にしなければならない義理は無い。ノボルは聞こえなかった振りをした。


「おう、お兄さん! そこの黒髪さんってばよ!」

「俺のことかな?」


 振り返ってやる。しかし二人の距離は、鼻先が触れ合うほどだ。ノボルが間合いを潰したのだ。声をかけてきた男は、明らかに気後れしていた。その隙を逃すノボルではない。畳み掛ける。


「何か俺に、用かな?」


 同時に抜き身のような殺気で、男を貫く。男は腰を抜かしたように尻餅をついた。


「用がなければ、これにて」


 さっと踵を返して人混みに紛れ込む。

 待ちやがれ、この野郎! と、芸のない台詞が響いてきた。ノボルは人混みの中から路地裏に逸れて、こっそりと身を隠した。視線を向けてきた連中の一人が、目の前を通りすぎる。


「忙しいことですな、そちらさんは」


 またもや背後から声をかける。最初から気づいていたが、間近で面相を見ると改めてわかる。この集団は、チンピラの集まりだ。

 声を上げられる前に、こっそりと当て身を入れた。男は白目を剥く。周囲の人々に気づかれぬよう、男の体を支えて、路地裏に投げ込んだ。

 人を単なる田舎者と、たかをくくった罰だ。そして、講和を持ち掛けている最中とはいえ、今は戦時中である。こんな連中が元気を出していて良い時勢ではない。

 だからノボルは、三人狩った。

 そこで声がかかる。この連中の兄貴分らしい。チンピラどもを捕まえては、平手打ちを見舞っていた。


「何してやがんだ、このバカ野郎どもっ! 堅気の衆をカモにすんなと言ってるだろうがっ!」


 見覚えのある男だ。スーツ姿で、髪を整髪料で固めて……。確かドン親分のところの、ビルと言ったか。

 侠客ならば話が通じる。ノボルは人混みをかきわけて、ビルに近づいた。


「お久しぶりです、ビルさん」


 侠客は少しだけ、驚きの色を見せた。


「これは、ヒノモトの……。もしかしたら、この連中が?」

「遊んでいただいただけです」


 ノボルが言うと、ビルはチンピラたちをならべて、殴る蹴るの暴行をくわえた。

 その筋の者たちには、その筋の者たちのルールがある。ノボルは口を挟もうとは思わなかった。しかし、衆人監視の中である。さすがに、まままその辺りでと、制止に入った。

 しかしビルの怒りは、まだ収まっていないようだ。とどめの一言で釘を刺す。


「いいかボケナスども! お前ぇらがカモにしようとした方はな、たった一人でガッポ一味を始末した、強ぇお方なんだ! お前ぇらなんぞまばたきしてる間に、全員首が飛ぶと思えっ!」


 足元が明るいうちにさっさと失せろと、お決まりの台詞で小者を追い払う。

 襟元を正し、呼吸を整えて、ビルは向き直った。


「ウチの若い連中が、大変失礼いたしやした。勝手を申すようですが、何卒御勘弁を」

「勘弁なりませんな」

「そこをひとつ、なんとか……」


 ノボルは笑った。


「お手をあげてくださらねば、勘弁のしようもありません。どうぞ、おあげください」

「お恥ずかしいかぎりです」


 ノボルは人混みを見渡した。


「それにしても戦争をしたばかりというのに、まったく影響がなかったかのようですね」

「へい、なにぶん兵隊さん方の御尽力で勝ち戦さでしたし、短期間の戦さでしたから」

「仁侠のみなさんも、稼げているようですね」

「おかげさまで。……ところでヒノモトさま」


 なにやら改まった様子を見せる。


「ヒノモト州で、トキカゲという人物は、御存知で?」

「……いや、知りませんな」


 地図で見てリコが呆れたとおり、ヒノモト州といっても広い。というか、ミチノク郷からほとんど出たことのないノボルは、他州のことさえよく知らない。


「そのトキカゲさんが、何か?」

「へい、ヒノモト州出身とかで、俺は腕が立つから組で雇ってくれと、先日から……」


 ノボルはあごを撫でた。


「はっきりとは申せませんが、あまり関わらない方がよろしいかと」

「やはり……」


 ヒノモト州は閉鎖的な土地だ。逆に言うならばヒノモト州から出る、という人間がほとんどいない、ということだ。ビルもそれを感じていたようである。

 それが出奔して、侠客に下駄をあずけようとしているのだ。罪人とみて、差し支えなかろう。それも、なにか卑劣な罪を犯した、ろくでなしだ。


「そのトキカゲさんって人は、俺のような刀を差してましたか?」

「へい、確か朱色の鞘の刀を……」


 朱鞘はサンロク州の者だ。師から聞いた話では、サンロクに山止流というのがいるらしい。ノボルたち天神一流が剛剣ならば、山止流は軟剣。体すれすれにクネクネと刀を振るい、うるさいくらいに手数を出してくるという、いやらしい剣術だ。


「ヒノモトさま、何か心当たりでも?」

「いえ、きっとスケベ臭い剣を使ってくるのだろうな、と」

「かもしれません、実際、いやらしい顔をしてましたから」


 そんな者が街中を歩いていたら、ヒノモトの評判はたちまち地に堕ちてしまうだろう。もしかしたら、師匠から何か言ってくるかもしれない。


「ときにヒノモトさま、本日はどちらへ?」

「忘れていました。実は刀剣商人を捜してましてな。エドガーという者です」

「それでしたら」


 ノボルが歩いてきた方角を指さした。


「あの青いテントの店、その一軒向こうです」

「ぉおぅ……」


 剣士団の入団試験は到着できず。刀を買いに来れば行き過ぎる。俺はこの街とは、相性が悪いのではないかと疑いたくなる。そうでなければきっと、街が俺のことを嫌っているのだろう。

 だがそんなことは、おくびにも出さない。


「それではヒノモトさま、あっしはこれにて」

「トキカゲさんにはお気をつけて」


 ビルと別れる。そして、もと来た道を今一度。ビルに教えられた通りにたどると、几帳面なほどキッチリとエドガーの店はあった。看板に「イズモ商会」傘下とある。商いに興味の無いノボルだが、自分たちの名前を看板にすることの意味は理解している。

 この店が駄目だったら、「イズモ」全体が駄目商会と思われてしまう。そんなリスクを負った店なのだ。思わず期待してしまう。

 小さな店だ。老舗の雰囲気をかもしている。

 きっと店主は頑固者なのだろうな。ノボルはへその下に力を込める。

 お御免と声をかけて扉を押した。


 店内は薄暗く、ところ狭しと剣を架けてある。屋内を狭くしているのは、刀箪笥だろう。これが城壁のように並んでいる。

 奥の方から、「お客さんかい?」と声がした。「ヒノモトの刀を所望してます」と返事した。奥に招かれた。足をすすめると、穴倉の底のような場所でランプが灯り、老人が帳簿をめくっている。痩せて枯れた、眼鏡の老人だ。


「ヒノモトの刀だそうですね。どのような銘をお求めで?」


 どのような、と来た。そんなに種類があるのかと、疑問に思う。しかし、ここは素直に。


「この刀と同じものを」


 腰から太刀を外す。

 老人は刀を受け取ると、目よりも高い位置にささげて一礼。それから拵えを眺めた。「ほうほう、ミチノク造りですな」などと、なかなかに愛想がよろしい。


「では、失礼して……」


 エドガー老人は「刀から鞘を」押し抜いた。途端に、老人を包む空気が変わった。鞘を置いて左手にタオルを乗せ、そのタオルの上に刀の峰を乗せた。

 痩せたジジイが大丈夫に変わった……ように見えた。どっしりと大きく構えて、刀からあふれ出る戦気を押さえ込むような、堂々とした姿だ。背筋がのびて、眼光が鋭い。口元を真一文字に引き締めて、刀を大上段から眺めている。

 刀を返して、峰の側から眺める。少しずつ角度を変えて、何かを確かめているようだ。

 老人の気配が変わってから、ノボルは気配を消していた。刀と二人きりにしてやったのだ。剣士と刀に二人きりが似合うなら、刀剣商と刀もまた二人きりが似合う。おかしな例えかもしれないが、ノボルにはそのように感じられたのだ。

 老人は鞘を戻した。

 愛想のよい商人に戻って、「眼福でございました」と刀に一礼。ノボルに返してくれる。


「奇刀ですな」

「店主、まだ日は高いですぞ」

「カメの頭ではありません。奇っ怪な刀という意味です」

「そこまでですか」


 刀剣商人の背筋は、まだのびたままだ。


「その刀は、ヒノモト州ミチノク郷の刀鍛冶、三代目河原木守下長の作ですね。現代の刀匠で年若い方ですが、刀というものに対しなかなかの野心家で、その一振りなどは……」


 ゴソゴソと騎士の兜を出してきて、ノボルの前に据えた。


「この程度の兜ならば、一刀で断ち斬ることが可能です」


 ノボルの前に据えたということは、お試しを、ということだ。


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