イカサマ師に御座候
留守を預かっていたチンピラたちが、ニヤニヤといやらしい視線を向けてきた。改めて思うのだが、どうしてこういった手合いは、他者に不快を与える術に長けているのか。
もしかしてプライベートな時間に、一人姿見の前で練習しているのではなかろうか?
冗談まじりのひらめきだったが、ノボルは笑うことができなかった。
それくらいこのチンピラどもは、姿かたち以外の力……殺気も覚悟も実力も欠けていたからだ。
そうなると、やはりこの男。鉄火場で大胆に居眠りしている男。この男から視線が外せなくなる。
稽古場で見た兵士たちにくらべれば、よほど使えそうだ。おそらくはこの男が、用心棒(現役)という奴に違いない。
逆に言うなら、この男が突出して見えるのは、他のチンピラたちが貧弱だからともいえる。
「あぁ、あれは酔っぱらいさ。相手にするこたぁねぇよ」
ノボルを逃がしたくないという、心の現れだろうか。兄貴分は腕をノボルの肩に背中にと、とにかく背後を断ちたがる。もちろんそんな安っぽい心の現れなど、薪より簡単にへし折れるのだが……。
兄貴分は小者を呼び、なにかヒソヒソと話す。小者は「ハッ」と頭をさげて消えていった。
こんな連中でも、親分のような奴はいるのだろう。これからひと勝負だということを報告に行ったか、あるいは加勢を手配したのかもしれない。
ノボルは店内を見回した。留守番のチンピラは四人。飯屋から一緒に歩いてきたのが、兄貴分込みで六人。そして用心棒。一応、武装しているのは用心棒だけだが、ナイフくらいは隠し持っているだろう。いや、これ見よがしに刃を舐めている者もいる。
もしもこの場で、この連中を相手に立ち回らなければならなくなったら、と考える。
刀を振り回すだけの広さ、高さはある。しかし屋内で唯一の武器を取り回すのは避けたい。万一損じた場合、替えが利かないからだ。
刀以外で、ノボルが得物にできそうなものは……まずは椅子。それからカードも手裏剣として使えるか。皮膚の柔らかな場所をねらえば、カミソリの代用くらいはなりそうだ。
地の利を見立てる。いま入ってきた出入口。ここはふさがれるだろう。
そして窓。これは外から覗かれたくない秘密の賭場なのか、鎧戸で閉ざされている。出入口正面、ここはカウンターが据えられているが、背後の階段は二階へ続けている。加勢が来るとすれば、ここか? もしかすると、賭場の支配人がいるかもしれない。
奥に目をやるが、扉はひとつ。便所と物置に続いているようだ。
総合して考えると、有利な点は少ない。
まあ、相手の城に入ったのだから、当然といえば当然なのだが。
「さて、ヒノモト衆。どのテーブルで話をつける? お前の好きなゲームで相手してやるぜ」
「あわてるな、まずは飯屋のオヤジの証文を見せてもらおう」
意外に太い声が出た。我ながら堂々としたものだと、ノボルは思う。
兄貴分に言われて、下っ端が二階へあがる。先ほど声をかけられた小者が、入れ違いで降りてきた。やはりここの支配人は二階にいるようだ。
椅子を引き寄せ、どっかり腰をおろした。カード用の小さな円卓も引っ張ってきて、偉そうにひじをのせる。
「俺にも一杯、もらえんか? 彼が飲んでる、あの火酒がいい」
火酒とは、ウイスキーのことだ。村にいた頃、師匠が好んでいたもので、ノボルもお流れを頂戴したことがある。ヒノモトの酒が水のように清らかな味わいだとしたら、火酒は味も香りも強烈でクセが強い。若者向けの酒だと思っている。
酒が出てきた。盃ほどの小さなグラスもだ。コルク栓を抜いて、グラスに半分ほど。チビリと舐める。……口に合うと見た。
本来ならば鉄火場……いや、他人の屋敷などでも同じなのだが、入室の際には腰の刀を外すのが礼儀だ。ミズホ村の賭場では、受付に預けたりする。
その常識がこの店にもあるのだろうが、とにかく帯刀したまま、賭場に腰をおろすことができた。使わないよう心がけてはいるのだが、やはり丸腰よりも頼もしい。
この頼もしさがふてぶてしさに見えるのか、チンピラどもの方が動揺しているようだ。他人を甘く見ていた眼差しは、もう無い。遠巻きにして、怯えたような視線をノボルに向けてきた。
酒を、もう一口。力と度胸が湧いてくるようだった。
証文が届いた。ノボルの円卓に置かれる。
そして階段に目をやると、毛髪の失せた初老の男が、ノボルを睨んでいる。ノボルも睨み返した。
その視線に気づいたか、チンピラどもが道をあける。支配人とおぼしき男は、大物ぶった足取りでノボルの前に立った。
「お前か? うちの賭場を荒らそうって馬鹿は?」
「お前か? 客を丸裸にした上に借金まで抱えさせ、店までブン盗ろうっていう仁義外れは?」
チンピラたちがいきり立つ……ふりをした。かかってくるような殺気は感じない。どいつもこいつも口先ばかりで、本気ではないのだ。
「お客人、どうやら誤解があるようだな。あの借金は我々が止めるのも聞かず、熱くなったお客さんが勝手に……」
「そこまで熱くなる前に、諌めてやるのがこの商売じゃないのかい?」
「からみますなぁ、お客人。堅気さんが俺たちのような者にからんでも、いいことは無いぜ」
「からまれる前に、アコギな商売をやめる、ってのが筋ではないか?」
「わからねぇなぁ、お客人の言ってることが」
「俺にもお前の言ってることが理解できん」
「そんな時は、男同士。勝負で決着をつけるというのはいかがかな? 幸い、うちは御覧のとおりの賭場ですから」
「それでは俺に分が悪い。そちらも用心棒がいるようだから、剣で決着ってのはどうだ?」
「仕掛けてきたのはそちら、受けたのはこちら。ならば我々が種目を決めてもよろしいのでは?」
「なるほど、ではイカサマ無し。もしイカサマがあったら、証文はいただくぞ」
「そちらにイカサマがあったら、お前は俺の手下だぜ」
これは事実だから仕方ないのだが、支配人を含めた賭場の一味は、ノボルのことを若造とあなどっている節があった。
その証拠が、今までのやり取りである。ノボルを強者、遣り手と見ているなら、問答無用で潰しにかかってくるはずだ。こんな会話を交わす余裕など、ありはしない。
イカサマを仕掛けてきて、それを未熟なノボルが見破れない。その上でデカイ顔をして、子分になるノボルの頭を抑えつけてくるに違いない。それが、「自分よりケンカの強い者」を手なずける、定石だと教わっている。
「それじゃあ、証文もあることだし」
「はじめるかい? どのゲームでやる? そいつは選ばせてやろう」
花札が置かれた卓に、椅子を移す。
「カブでいこうか」
親は当然のように、店側から出た。やたらとヒラヒラのついたシャツを着た、オカマのように着飾った男だ。これはまた、イカサマの札を隠しやすい服だ、とノボルは思った。
その男が卓に着くより早く、柔の手で左手をひねり上げた。
その手から、九と一の札が、こぼれ落ちる。四と一、九と一の組み合わせは、親が総取りの手なのだ。
そして、卓に積まれた札の山をひっくり返す。その山の中に、左手からこぼれた札と同じ柄の札は、存在していなかった。
「イカサマは胴元が卓に着く前に、仕込まれている。……ってのは本当だな」
ミズホ村の壷振り師に教わったことだ。力の無いその筋の人間が、腕力自慢を子分にする方法もだ。だからノボルは、着飾った男が名乗りを上げた時から、肩の気配を読んでいた。
敵の太刀筋を読むのと同じ要領で、しかも剣士ほど熟達はしていないイカサマ師。どちらに軍配が上がるか、考えるまでもない。
チンピラたちを睨みつける。しかし背中は、もう一人の気配を感じ取っていた。
用心棒だ。
この男は居眠りしていた。そのように見えた。
しかし、着飾った男が出てきた辺りから、こちらの隙をうかがっていたのだ。もしかしたら、すでに鞘から白刃をのぞかせているかもしれない。
「文句は無いな? 証文はいただいていくぞ」
用心棒に背中を向けたまま、証文に手を伸ばそうとする。背後からの殺気は、頂点に達していた。そしてチンピラの一部は、愚かなことにノボルの向こう側に視線を向けている。
伸ばした手を引っ込めて、着飾った男を卓に押しつけた。ゴグンという感触が、手の平に伝わる。脱臼の手応えだ。
そこに予想通り、剣が降ってきた。が、イカサマ師を傷つける寸前で止まる。
椅子を指先で引っかけて、用心棒にむけて飛ばした。
「うっ」
用心棒がうなる。身を反らした。ノボルの両手は、すでに刀にかかっている。
用心棒が体勢を立て直したときには、ノボルの刀がこめかみをとらえて止まっていた。
「……どうする?」
用心棒に訊く。
「……ま、参った。……あんたの勝ちだ」
そんな言葉、信じる訳が無い。用心棒は剣を手離していないのだ。
若造というのは、ナメられるものだな。と思うが、逆に考えれば若いうちは相手がナメてくれる。さらに考えるなら、若造からそれなりの年齢に移る時が、自分の危うい時期になるだろう。あるいは自分が生き残り、熟達の域に達したとき、相手をあなどらないことだ。
それはそれとして。
イカサマ師を締め上げて、身を起こさせた。完全にノボルの盾になった。その状態をつくった上で……。
「剣を手離せ」
用心棒は従った。
「そのままさがれ」
壁際までさがらせた。
だが、自分より場数を踏んでいる用心棒。これでも油断はできない。
足刀がイカサマ師の膝を折り、素早く証文を奪った。卓を蹴飛ばし用心棒との間に浮かせた。これで一瞬だけでも、飛び道具は無効になる。
刀から先に走らせるように、支配人のそばに立った。喉元に切っ先をつけているが、視線は用心棒に向けている。
今度は支配人を用心棒との間の盾にした。