刀を求めて御座候
捕虜の数は二〇〇〇人ほど。そのうち一三〇〇人はルグル侯をはじめとした、西側領地の財産となった。当然である、今回最大の功労者なのだから。
残り七〇〇人は、ドクセンブルグが三〇〇。南北の参戦領地で二〇〇ずつ、山分けすることになった。
捕虜分配にあたり、ドラゴ中将から注意が与えられる。捕虜は貴重な財産である。王国、地域、領地の再建や復興に欠かせないものであるから、取り扱いは十分に注意すること。
当然のように拷問、常識の範囲をこえた労働、食事を与えないなどの行為は厳禁とする。
これは国王陛下の意向であるから、違反した者は厳罰に処する。
なるほどと、ノボルは納得した。以前ドラゴ中将の講話で聞いた、そのままの処置である。まったくブレたところが無い。国王は戦後の復興、民の暮らしを視野に入れた政策をとるつもりなのだ。これならば徴兵された民も、ひとつ頑張ってみようという気になる。
そして戦後といえば、王室の方針として講和を持ちかける予定だという。越境行為の賠償金を請求し、捕虜は五年間の無料貸与を条件にするらしい。この話がドラゴ中将の口から出るということは、この一戦が始まる前から方針が決まっていた、ということになる。
戦前からすでに戦後の方針が決定している。これはなかなかに、ノボルとしては新鮮な発想だった。
戦後処理はバタバタと進む。敗軍の将とはいえ一国の王子を、いつまでも戦地に置いておくわけにもいかない。ドラゴ中将率いるドクセンブルグ軍が王都へ護送することになった。もちろん捕虜の一部も一緒だ。
翌日は南軍の一部が別ルートで、その翌日は北軍という具合だ。同じルートを通さないのは、道中の宿と食糧を確保するためだ。毎日毎日大量の将兵が同じルートを通ると、その地域が食糧不足に陥りかねない、という配慮らしい。
各軍が次々と帰路につく中、ノボルたちの帰還命令はまったく下らないでいた。雑兵隊は軽量軽快。負傷した捕虜をかついで帰ってこい、という話になるのではないかと噂になる。
あり得ない話ではない。さすがのノボルも、これには憂鬱になった。
とりあえず捕虜たちには、歩行可能な状態くらいになってもらいたい。ノボルたちによる看護は、おのずと熱を帯びた。
最後の部隊が出発して、一週間。ようやく雑兵隊に帰還命令が下った。
ドラゴ中将が旅立ってから、一ヶ月が過ぎていた。
ノボルたちがドクセンブルグに到着したのは、秋の始まりである。すでに戦勝ムードは消え去り、むしろ「まだ帰ってない部隊がいたの?」という雰囲気が、街にただよっていた。
ノボルたちが戦勝軍だと気づいてくれるなら、まだ良い方だ。中には演習帰りの兵隊さん、くらいにしか思ってない者もいた。
「今回の一番手柄だっちゅうのに、酷い扱いじゃのぉ、ノボさん」
「なに、ドラゴ中将はわかってくれているんだ。気にすることは無いさ」
それに、ノボルたちが活躍できたのは、西側領地が踏ん張ってくれたからだ。真の一番手柄は彼らであり、徴兵されてきた農民町人である。
「今回の雑兵隊は、あくまでお手伝い。お使いを済ませただけだよ」
「まあ、ノボさんがそう言うなら、仕方ないのぉ」
宿舎の門をくぐる。城勤めの兵隊が迎えてくれた。屋外演習場には、お偉方が整列している。捕虜の引き渡しのためだ。
捕虜たちも徒歩である。まだ歩行に困難を感じる者は、荷車に乗せて引っ張ってきた。その人数、五〇名。
捕虜引き渡しの手続きを終える。雑兵隊の戦死者を申告。隊長と副長だ。遺族には城からすでに通知してあり、見舞金も渡っているらしい。すべて、済んだことになっていた。
「それから雑兵隊兵士には特別に、国王陛下から報償金が下される。ありがたく思うように」
兵の瞳が輝いているのだろう。辺りの雰囲気が明るく変わった。
革袋に入った手当てを、一人一人渡される。ズッシリと重たく、なかなかの金額だと知れた。
「それから、小隊長ヒノモトノボル」
「は!」
「これもまた特別なことだが、国王陛下直々に! お前個人に! 褒美を賜るそうだ。なんなりと申すがよい」
ノボルがどのような戦果をあげたのか、知らないのだろう。お偉いさんは不満顔だ。
なんなりと申すがよい、か。ノボルは考える。いや、チラリと考えていたことはある。
「なんでもよろしいのですか?」
「常識はわきまえよ」
「でしたら雑兵隊をもう一隊こしらえて、私に指揮をさせて下され」
「は?」
「ですから、現在の隊はゴン小隊長を隊長にして……」
「いや……ヒノモト小隊長、それで本当に良いのか?」
「かまいませぬ」
そうかと言って、お偉いさんは黙ってしまった。
これはノボルの発案で、複数の雑兵隊があれば戦場のあちこちを引っかき回せるのではないか、というものだった。
雑兵隊は今回のような、決戦部隊という使い方ばかりではない。そのように感じていた。それは実戦の場で感じたのではない。普段の訓練から感じていたのだ。
もしかしたらこの部隊は、かなりの可能性を秘めているかもしれない。それがノボルの考えだ。
捕虜の引き渡し、報償金の受領が済むと、お偉方は去っていった。
ノボルたちも当直を残して解散する。
「じゃあ、今日の当直は俺たち第二小隊でしたな。他の小隊は外出としましょうか」
ノボルが言うと、分隊長がニヤニヤと笑う。
「いえいえ隊長、当直は我々にまかせて、お屋敷に戻られてはいかがですかな?」
「そうそう、せっかく可愛らしい服を送ったのですから、婚約者さんとヨロシクして来てくださいな」
最近では、リコはまだ婚約者ではない、と否定するのは止めていた。今となってはもう、否定することすら面倒くさいからだ。
ただ、これだけは言わせてもらう。
「みなさんに外出許可をもらっても、俺はまっすぐ帰ったりしませんよ」
「どういうことですか、隊長?」
「俺の差し料はこの大小しかないから、予備を買い求めようかと思いましてね。刀剣商をのぞいていきます」
ということで、城下の商店街へとやってきた。ドクセンブルグ最大の賑わいを見せる街だ。
この辺りは視察と称して、リコと何回か来たことがある程度。ノボルとしても馴染みが薄い。しかし、刀剣商の数が多いということは、すでに知っていた。
その中の一件、静かな雰囲気の店に入ってみる。いらっしゃいませと番頭が出迎えてくれたが、ノボルの風体を見て胡散臭いものでも見るような顔をした。ヒノモト衆を見たことがないようだ。おまけにビラモア砦から、帰還を果たしたばかり。番頭の視線もうなずける。商品を選んでいた客たちも、同じような顔をしていた。つまり普通人の目から見ても、ノボルがどこか異様に映るようだ。
しかしそのようなことは、ノボルにとってどうでもよろしい。
「ヒノモト産の刀を探しています」
番頭に告げると、不思議そうな顔をされた。それからようやく、「あぁ、ヒノモトの方でしたか」と、納得してもらえた。しかし、重要なのはそこではない。
「ヒノモトには、刀を打つ方がいらっしゃるので?」
「なぬ?」
「いえ、ですから。ヒノモトには刀があるのですか?」
ノボルの常識が、番頭には通じていなかった。というか、この番頭はヒノモトの刀の存在すら知らないようだった。
鎖国という形は、かなり緩くなっているはずだ。しかしそれでも、ヒノモトの刀は出回っていないのである。
「ヒノモトの刀を御存知ありませんか?」
「申し訳ございません、不勉強でして」
「少し商品を眺めさせてもらいます」
「どうぞどうぞ、お気に召したものがございましたら、お手に取っていただいて結構ですので」
剣架けの一振りを眺める。刀でいうところの棟の部分に、華麗な彫刻がほどこされていた。値段は、ノボルの給金一〇年分であった。見た感じで判断するなら、斬れ味は悪そうである。
彫刻の無いものもあった。そちらは手当てがすべて消える額だ。彫刻も無い剣だが、拵えの小物が華美である。もちろん、斬れ味は良くなさそうだ。
ノボルは店を出た。ヒノモトの刀が扱われていないとは、予想外のことだった。
次の店にも刀は無かった。そして、その次も。
これはもう師匠か実家に金を送り、取り寄せてもらうしかなさそうだ。
あきらめかけた時、商会案内所という看板が目に入った。「お探し物がみつかります」というコピーも入っている。
頼もしい商人もいるものだと、ノボルは扉を押した。
「いらっしゃいませ、イズモ商会へようこそ」
キッチリとした服装の紳士が、ノボルを出迎えてくれた。椅子をすすめてくれる。
「本日はどのような御用件で?」
紳士の笑顔は品があった。
「ヒノモトの刀を探しています。お心当たりはありませんか?」
「ヒノモトの刀ですね、少々お待ちを」
奥に入って台帳を手に戻ってくる。刀剣商名簿と書かれていた。そこには商人の名前と店の住所、そして取り扱い商品が記載されている。
「まずは、ヒノモト州の出島町に商会の者がおりますが、お客さまは御自分の目で商品を確かめられますか?」
「ドクセンブルグ内でまかないたい、と思っています」
「かしこまりました。御城下でしたら……三番街にエドガーという刀剣商がおります。研ぎも引き受けていますので、そちらなどはいかがでしょう?」




