一戦の終結に御座候
本業多忙により、更新時刻が乱れております。何卒御容赦を。
将は駒を返すことなく、ノボルを見詰めていた。美童である。青い瞳が印象的だ。ノボルはさらに近づいた。
「ワイマールの兵よ、私を討ちに来たか」
少し青ざめた面持ちで、問いかけてきた。
「さにあらず」
ノボルは馬のそばに片膝をつき、頭を垂れた。
「戦況いまやことごとくワ軍にかたむき、いよいよ退き引きならぬ場面へと至りました。ド軍の誉れ高き将に進言させていただくならば、無垢なる将兵をこれ以上傷つけることなく一戦を畳み、事態の終結を願います」
正しい言葉使いかどうか、ノボルにはわからない。しかし、誠意は伝わったはずだ。美童は「そうか」と微笑んだ。
ノボルは懐に手を差し入れた。紙に包んだ目潰しの砂を、指先で挟む。
将は懐剣を抜いた。自害して果てるつもりだ。それは許さない。目潰しを打ち付けた。
右手に懐剣を握っていたが、将は体をくの字に折って目をかばう。ノボルはその手首を掴んで、引きずりおろす。懐剣を叩き落として、「愚かなり!」と一喝した。
「あなたが死を選べば、指揮官はすべて後を追う! それが将として正しい選択かっ!」
自軍の体長を殺害しておきながら、敵軍の将を救う。おかしな事だと、ノボルは自らを笑う。
しかし、この将は戦場で己のあるべき姿勢というものを知っている。そして戦場における範則を知っている。簡単に言うならば、「恥ずべき行いを、してはならない」ということを知っているのだ。
恥ずべき行いは将兵の動揺を誘う。動揺した将兵は混乱する。混乱した部隊や軍団は、無用な死者を生むことになる。そこには戦士としての誇り、勇者としての誉れなど存在せず、ただただ犬死にが待ち受けているばかりだ。
ノボルは戦士を自認している。だから犬死になど御免こうむりたいところだし、敵軍といえども犬死には憐れみを感じる。そして犬死にへ誘う将を許さない。恥ずべき振る舞いに及ぶ将を許せない。すべての者が「命」を賭けた場所で、「自分だけは安全な場所にいる」などと言う者に、生きる資格を与えない。それが戦場での範則だからだ。
失礼する、と声をかけて将の鎧を外す。部品の数が多いが、ひとつひとつ丁寧に解体した。
敵将は、もう抵抗などしない。ノボルにすべてをまかせていた。
「御名前をうかがってよろしいか?」
「ドルボンド国、第六王子ヘンリーだ。……そなたは?」
「ワイマール王国雑兵隊、ヒノモトノボル」
「変わった髪の色だな」
「拙者からすれば、王子たちの髪色が変わっておりまする」
ヘンリー王子は、視力を回復した。もう、鎧はすべて捨てられている。
ノボルの導きにより、馬上へ。手綱はノボルがとっていた。
「雑兵隊、戦闘やめっ! ドルボンド国第六王子が、我々の手中にある! ド軍将兵に降伏を勧告し、無力化した上で捕らえよ! その際、無駄な暴行は厳として慎むべし!」
一騎、また一騎。ノボルの周りで騎士たちが闘いをやめる。雑兵隊に武器をあずける者、兜を渡す者が相次いだ。
馬を奪い、死者と負傷者をのせる。敵の放棄した槍に白布を結びつけた。
ドルボンド軍、降伏の旗である。
ふたつの小山からラッパが響いてきた。長い長い一声だ。そこから簡単な行進曲に移る。
ノボルは隊に前進を命じた。
一の壁の前で戦闘を演じていた、ド軍騎士団とドラゴ・南北連合軍が、動きを止めてこちらを見ている。やがて両軍は、両手を挙げて喜ぶ側と、武器甲冑を手離す側に分かれた。
勝つことができたのだ。ようやくノボルの胸に実感が湧く。そして改めて思うのは、おかしな指揮をとる者がいたら立場は逆になっていた、ということだ。考えただけで、背筋に冷たいものが走る。
鎧を脱いだド軍たちを、一の壁から陣地の内部に押し込んでいた。おそらく壁のむこうでも、同じことが行われているだろう。ノボルたちは一の壁の前で、しばらく待たされた。そして二の壁の前でも待たされる。
ようやく三の壁をくぐると、櫓の前にド軍生き残りが整列していた。
その前を横切る。一段高いところで、ルグル侯とドラゴ中将をはじめとした、本陣お歴々が待ち構えている。
ノボルは王子の馬を、中将たちの前までひいた。王子は馬を降り、将軍たちの前で膝を着く。
「ドルボンド軍第六王子、ヘンリーさまをお連れしました」
ノボルが告げると、ルグル侯から「下がってよし」と命じられる。ノボルは雑兵隊の位置に戻った。
王子は頭を垂れたまま。
「将兵の流血をおさえ、戦死者の数を増やさぬよう、降伏の勧告に応えます。願わくば広いお心で裁決され、私一人の首で許されることを希望します」
王子に対し、ドラゴ中将は満足そうにうなずいた。
「よくぞ判断されました。これ以上の流血は、我々も望みません。もう、戦いはおしまいです」
歓喜の声が上がった。
それが静まると、ドラゴ中将は静かに続ける。
「王子をはじめとした将兵すべて、捕虜という形をとらせていただきますが、両国が一日も早く和平を結び、全員が帰国できるように努力します。なにかと不自由不便をかけると思いますが、どうぞ御辛抱を」
まず捕虜たちに、水が与えられた。次に負傷者の手当て。それから全員一人一人の名前、所属、住所などが調べられる。そして人数だが、今日中には終わらない。二〇〇〇人以上いる、という話だ。
しかし戦場の端から端まで歩いてきたノボルとしては、ずいぶんと死なせてしまった、と感じる。
甲冑に身をつつんだ戦場では、そう簡単に戦死者は出ない。簡単には敵を殺すことができない、と言った方が正しいか。聞いた話では甲冑の合戦では、全体の一割程度しか死なないという。それが、ドルボンド軍だけで一八〇〇人近い死者が出ている。
ほとんど逃げ場のない状態で、四方を囲まれたあの状態でこの程度の死者、という考え方もできるのだが、もっと良い方法がなかったか? 指揮官の立場としては、悩まざるを得ない。
「なにか考え事ですかな」
聞き覚えのある声がした。記憶のページをめくってみる。少し時間がかかったが、軍師見習いヤハラの声だと思い出した。
「よくわかりましたね、ヤハラどの。実はあなたにうかがいたいことがありまして」
振り返ると、ヤハラの微笑みがあった。何故か微笑みはひきつっていた。そしてこめかみの辺りには、怒りを表す血管が浮いていた。
「お、そう言えば拙者、中将に呼ばれておりましたので、御免」
「それは嘘ですよね」
嫌な予感がしたので逃げようとしたが、ヤハラはそれを許してくれなかった。
「ヒノモト隊長、作戦の中に一騎討ちをすべし、という項目は……ありましたっけ?」
「おぉ、そのことで御座るか。確かにそのような項目は存在せなんだが、時々刻々と移り変わる戦場においては……」
「雑兵隊は奇襲が命と、伝えておりませんでしたか?」
「それにつきましては、敵は騎乗こちらは徒歩。確実に勝ちを得るためには、相手を馬から降ろすことが必要であり、なおかつ……」
「黙れ脳筋」
「……はい」
ヤハラはまだ微笑んでいる。もちろん、こめかみに血管を浮かせてだ。
「よろしいですか、ヒノモト隊長? そもそも雑兵隊の奇襲というのはですね、軽快快速を活かしたものであって決して、力業を振るうものでは無いのですよ」
いつの間にか、ノボルは正座をさせられていた。
「それをあなたはくどくどくどくどくどくどくどくど」
はじまった。ヤハラの説教だ。この男の性格上、一度説教が始まると長くなると、ノボルは踏んでいた。
「もともと作戦というのは、全体の動きを統合して、より効率的に目標達成を目指したものなのに、あーだこーだあーだこーだあーだこーだ……」
そろそろ誰か助けてはくれまいか? というか、今回一番の手柄を立てたはずの俺が、何故このような目に逢うのだろうか?
「聞いていますか? ヒノモト隊長」
「はい、もちろんです」
「その割には反省の色が薄いようですね。いいですか? あなたが今回とった行動は、作戦の理念というもの、あるいは作戦の存在意義を根底からくつがえすものでありこき下ろしこき下ろしこき下ろしこき下ろしこき下ろし……」
なぜか自分という人間が、ものすごく駄目な存在に思えてくる。ヤハラの説教には、そんな魔力があった。
いや、もちろんノボルにも言い分がある。しかしその反論をする前に、別な角度から説教を食らってしまうのだ。
いやいやヤハラどの。それに関しましてはですな……。
その一言を許してくれないのだ。
いや、口をはさむのは愚策かもしれない、と思う。
もし、「いやいやヤハラどの、実は拙者にも考えが御座って」などと一言を入れたとしても、このヤハラの調子だ。話を丁寧に聞いた上で、あますところなくキッチリと、ノボルの考えを潰してくれるに違いない。そして説教は、さらに長引くことだろう。
日はとっぷりと暮れた。すでに炊事係の手によって、炊き出しがされている。先ほどからいい匂いがしていて、ノボルの食欲を刺激しまくっていた。
「もちろんヒノモト隊長方が、剣技を奮い肉体を躍動させて戦場を駆け回りたい、という気持ちはわかります。そのための修行であり鍛練なのですから。しかしみなさんの場合、その欲望に偏りすぎてエンドレスエンドレスエンドレスエンドレスエンドレス……」
雑兵隊の奇襲は、軽快にして快速。しかしヤハラの説教は、寝技のように終わりが無い。
これからは軍師ヤハラではなく、寝技のヤハラと呼ぶことにしよう。
ノボルは心の中で、固く誓った。
「聞いていますか、ヒノモト隊長?」
「はい、もちろんです」
「そもそも脳筋という種族は、作戦軍略というものを軽視することはなはだしく、その行為は子供レベルの考えしか無いくせに……」
今夜は飯抜きだな。
ノボルは確信していた。
きっと今夜の月も、ノボルを見下ろして笑っているに違いない。
へっ、ざまぁ……と。




