表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/111

一騎討ちに御座候


 再びノボル視点。


 一戦開幕以来、ノボルたちは状況が掴めずにいた。小山の陰に隠れたら、敵に伏在を悟られぬよう決して姿を現さぬように、と厳命されていたからだ。

 それでは戦況がわからぬと苦情を申し立てたが、「決戦要員というのものは、そういうものである」と強く言われた。これは、戦場をのぞき見すれば存在が露見するというばかりでなく、戦況を把握したら勝手に出撃したくなるから見てはならぬ、という戒めでもあった。


「そればかりではないぞ。いきなりの突然ラッパに対応、いきなり開けた戦況に対応。突発的な事案に対応できる能力を、雑兵隊には備えてもらいてぇのよ」


 ドラゴ中将直々のお達しとあらば、雑兵隊も従わざるを得ない。


 しかし、小山の向こうからラッパの音が、かすかに聞こえてくる。地鳴りのような足音が響く。突撃の怒号が届いてくる。

 一体どうなってるんだかなぁ、という小隊長の言葉にも、さてねぇと落ち着いた振りをしなければならない身は、なんとも居どころを無くしてしまったかのようで……。


「……なかなか出番が来ませんな、隊長」

「もそっと待ちましょう、小隊長」


 焦れてきた仲間を抑えるのも、少々しんどい。

 と思っていたら、小山に敵が攻め込んだようだ。頭上が騒がしくなる。


「進展あったな」

「小隊、脚をよくほぐしておけ。いつラッパが鳴るか、わからんぞ」


 ノボルは朱の鉢巻きに朱のたすきをかける。兵士たちもそれに習った。

 ノボルにとっては大切な戦さ装束であったが、兵士たちは好きでそれを真似ているだけだった。いわば、雑兵隊のおそろい。流行のようなものだ。


 頭上の戦闘は、音が小さくなってきた。戦況がさらに展開したのだ。

 ノボルは兵士たちに向き直る。雑兵隊右翼部隊五〇人、戦気があふれているのは、目を見ればわかる。

 ノボルがうなずくと、兵士たちも無言でうなずいてくれた。


 頭上からラッパの音が降ってきた。短・短・長・短・短。突撃ラッパだ。


「雑兵隊、突撃っ!」


 叫んだときには駆け出していた。頭を揺らさず、身体を上下させずに走る。背後から響く兵士たちの足音が、実に頼もしい。

 先頭はノボル。手槍と弓矢を背中に、盾を手に。三〇メートルも駈けると、敵の本陣が見えてきた。

 騎士がほんの一五〜六騎。その中に少年とおぼしき姿もある。あれが大将かと、すぐにわかった。距離は一メートルもない。

 左手には戦場へと駈けてゆく騎士団の姿がある。が、それは無視だ。


「ワイマール王国雑兵隊隊長ヒノモトノボル! 大将首の誉れ、いただきに参上したっ! 我こそはと思う者あれば、いざ前へっ!」


 将軍と思われる騎士が目を剥いた。あきらかに動揺している。が、残った騎士にすぐ声をかけた。

 半分はノボルたちに、半分はゴンたちに騎士が迫る。その中の一人が面金をあげて吠えた。


「ドルボンド騎士団ドナルド・サイザーこれにあり! 雑兵風情には勿体ない手柄と自負する! 槍でも剣でも好きな得物を申せ、相手をしてくれるわっ!」


 ノボルは兵をとめた。あちらも一騎のみが突出している。そして、大将首は逃げようとしない。若いながらも戦さ場の心得は、身につけているようだ。


 盾を置き槍を置き、弓矢を外した。腰間の大小に左手を添え、「剣にての一戦、所望いたす」と答えた。

 サイザーは槍を納め馬から降り、甲冑を外した。金髪をなびかせた美男だ。

 騎士の鎧など動きにくく、臆病者が命惜しさに着ているもの、とノボルは考えている。しかしそれを脱ぎ捨てたということは……貫胴衣の下は鎖を着込んでいるだろうが、この男見かけによらずうでに覚えありと見た。


 サイザーは両刃の剣を中段にかまえた。目録程度の腕はありそうだ。つまり、ヒノモトをのぞく地域では「上」の部類に入る。一騎討ちに応じて良かったと、ノボルは思った。下手に手柄をあせったら、兵士たちの犠牲が何人か、間違いなく出ていただろう。損害を最小限におさえるには、ノボル自身が出てゆくに限る。


 そのノボルは無手。刀は抜いていない。しかしそんなノボルを見ても、サイザーは油断してくれない。ジリと粘りつくような戦気で、圧力をかけてくる。

 ノボルは一足、また一足と間を詰める。サイザーは突いてくる、と読んでいた。左手を刀に伸ばし、鞘ごと刃を下にむける。鍔を正中線上、へその前に持ってきた。鯉口を切って右手を柄に添える。逆手、親指側が相手に近い取り方だ。前に置いた右足は相手の左足をねらっているが、左足は橦木……外側をむいていた。

 来る!

 サイザーが出る前にそれを察した。ノボルは右足爪先を左にむける。

その動きに誘われるように、サイザーの剣先が伸びてきた。ノボルは左足を引き付ける。つまりノボルは、襲いかかってくる剣から完全に外れ、サイザーに対し真横をむいていた。

 そこで抜刀、逆手の抜きつけだ。伸びきった小手を斬る。痛みが走ったのだろう、サイザーの動きが止まった。頭上で刀を持ちかえる。両手上段に刀をとると、サイザーの頭目掛けて降り下ろした。


 ……………………。

 ノボルは刀をあらためた。刃こぼれはしていない。曲がってもいないようだ。脇の下に刀を挟み、血脂を拭いとる。そして、納刀。

 逆手抜刀。天神一流においては免許技のひとつ。

 刃を上に向けた抜刀では、右手は拝むような形にして、柄の下から差し入れる。それから刀を鞘走らせる。そのリズムは、拝み手を作り、柄を取り、抜き出す。

 しかし、刃を下に向けて右手指先を下に向けた抜刀なら。

 柄に手を差し、抜き出す。の二拍子だ。刃を上に向けた場合にくらべ、一拍子はやい。

 さらにこれが逆手抜刀だと、柄をとった瞬間から刀を鞘走らせることができる。さらに一拍子はやくなるのだ。

 この技は天神一流よりも古い流派の中に見られる、と師匠から聞かされたことがある。ノボルは実際の技を見たことは無いが、いざこの技を振るえるようになるとその説を否定できなくなる。

 ただし、逆手抜刀に利があるのなら、拝み手による刃上向きの一般的な抜刀にも、利点がある。

 拝み手抜刀は力強い。最初の一撃が、致命傷たりうる威力を持っているのだ。逆手抜刀には、この真似はできない。最初の一撃に力が足りないのだ。だから刀を持ち直し、とどめの太刀を入れる必要があった。

 それはさておき。


「……さて、お次はどなたかな?」


 地に伏したサイザーをそのままに、ノボルは騎士団を眺める。


「よし、私がいこう」


 兜を脱いだ騎士は、栗色の髪を短く刈り上げた……これまた美男だった。サイザーが美形なら、この男は男前だ。

 おもしろくない。少しだけ、心が動く。しかしすぐに、胸の波立ちを押さえた。


「名は?」

「ゲバルト……ゲバルト・ボルガー。ラルク州の領主だ」

「……ずいぶんとお若いですな」

「前領主の末の息子なのでね。……つまり」


 ランスを馬の鞍に差し込み、素槍を抜き出した。


「兄弟の誰よりも領地をまかされるだけの、槍使いということさ」


 馬を降りた。しかし、鎧は脱がない。サイザーが討たれたのが、彼らにとって痛手だった証拠だ。ドルボンド本陣に、もう後は無い。


「では拙者は、これにて……」


 ノボルは置いてあった矢筒から、矢を一本抜き出した。

 ボルガーは歯を食いしばった。なめられたと思ったか、屈辱を感じたか。どちらにしても、面白くないのは確かだ。


「ヒノモトどの……それはそちらが出した条件。……敗れたとしても、言い訳は効きませぬぞ」


 と言って、ボルガーは倒れた。言葉の途中で右手の矢を、ノボルが打ったのだ。それが見事に眉間に刺さり、ボルガーは絶命した。


 戦場では命の価値など、一山いくらだ。どれだけ鍛練を積み研鑽を重ねても、幸運に見放されればどんな熟練者でも、一山いくらの値段で命をやりとりされてしまうのだ。


「そろそろ、よろしいですかな?」


 騎士の頭目に、ノボルはにじり寄った。

 騎士団長はランスをかまえる。ノボルはこの時、はじめて先に刀を抜いた。


「いざ、勝負でござる」


 馬が駆けてきた。騎手は右手にかまえたランスで、ノボルの安っぽい命をねらってくる。もう、甲冑を脱いでくれるような遊び心は無い。

 ランスは長兵器といえども、素槍長槍ほどのリーチは無い。馬上で身を乗り出してくる。……そして。


「案外、トロ臭いな」


 想像よりも、馬が遅い。当然かもしれない。大柄な男が騎乗し、何十キロもある鎧を着込んでいるのだ。しかも変則乗りまでしてくれている。馬もしんどいに違いない。

 なるほど、鎧は単なる負荷に過ぎぬか。

 迫り来る円錐形のランスを、刀の棟で上から押さえつけた。円錐の形に沿って持ち上げられそうになる刀を、腰の力で押さえきった。

 逆に言うと、騎士は円錐の形に沿って姿勢が崩れてゆく。腕を伸ばしきったところで、力の向きを下へと変更されたのだ。

 踏ん張りきれるはずもなく、騎士は無様ともいえる格好の悪さで落馬した。


 ノボルが駆け寄ると、まだ生きている。まずは自分の刀を納め、ランスをひろいあげる。籠手の隙間から、騎士の両手を突いた。深手ではないが、これで自害もできない。


 辺りを見回すと、あちこちで騎士対雑兵の闘いが展開していた。梯子で騎士を突き落としたり、手槍で囲んで機動力を奪ったりと、雑兵隊が奮戦している。


 そして立派なことに、若き大将は逃げも隠れもせず、家臣たちの闘いを見守っていた。

 ノボルは歩み寄る。

 名将もノボルに気づいたようだ。しかし、逃げない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ