一騎討ちに御座候
再びノボル視点。
一戦開幕以来、ノボルたちは状況が掴めずにいた。小山の陰に隠れたら、敵に伏在を悟られぬよう決して姿を現さぬように、と厳命されていたからだ。
それでは戦況がわからぬと苦情を申し立てたが、「決戦要員というのものは、そういうものである」と強く言われた。これは、戦場をのぞき見すれば存在が露見するというばかりでなく、戦況を把握したら勝手に出撃したくなるから見てはならぬ、という戒めでもあった。
「そればかりではないぞ。いきなりの突然ラッパに対応、いきなり開けた戦況に対応。突発的な事案に対応できる能力を、雑兵隊には備えてもらいてぇのよ」
ドラゴ中将直々のお達しとあらば、雑兵隊も従わざるを得ない。
しかし、小山の向こうからラッパの音が、かすかに聞こえてくる。地鳴りのような足音が響く。突撃の怒号が届いてくる。
一体どうなってるんだかなぁ、という小隊長の言葉にも、さてねぇと落ち着いた振りをしなければならない身は、なんとも居どころを無くしてしまったかのようで……。
「……なかなか出番が来ませんな、隊長」
「もそっと待ちましょう、小隊長」
焦れてきた仲間を抑えるのも、少々しんどい。
と思っていたら、小山に敵が攻め込んだようだ。頭上が騒がしくなる。
「進展あったな」
「小隊、脚をよくほぐしておけ。いつラッパが鳴るか、わからんぞ」
ノボルは朱の鉢巻きに朱のたすきをかける。兵士たちもそれに習った。
ノボルにとっては大切な戦さ装束であったが、兵士たちは好きでそれを真似ているだけだった。いわば、雑兵隊のおそろい。流行のようなものだ。
頭上の戦闘は、音が小さくなってきた。戦況がさらに展開したのだ。
ノボルは兵士たちに向き直る。雑兵隊右翼部隊五〇人、戦気があふれているのは、目を見ればわかる。
ノボルがうなずくと、兵士たちも無言でうなずいてくれた。
頭上からラッパの音が降ってきた。短・短・長・短・短。突撃ラッパだ。
「雑兵隊、突撃っ!」
叫んだときには駆け出していた。頭を揺らさず、身体を上下させずに走る。背後から響く兵士たちの足音が、実に頼もしい。
先頭はノボル。手槍と弓矢を背中に、盾を手に。三〇メートルも駈けると、敵の本陣が見えてきた。
騎士がほんの一五〜六騎。その中に少年とおぼしき姿もある。あれが大将かと、すぐにわかった。距離は一メートルもない。
左手には戦場へと駈けてゆく騎士団の姿がある。が、それは無視だ。
「ワイマール王国雑兵隊隊長ヒノモトノボル! 大将首の誉れ、いただきに参上したっ! 我こそはと思う者あれば、いざ前へっ!」
将軍と思われる騎士が目を剥いた。あきらかに動揺している。が、残った騎士にすぐ声をかけた。
半分はノボルたちに、半分はゴンたちに騎士が迫る。その中の一人が面金をあげて吠えた。
「ドルボンド騎士団ドナルド・サイザーこれにあり! 雑兵風情には勿体ない手柄と自負する! 槍でも剣でも好きな得物を申せ、相手をしてくれるわっ!」
ノボルは兵をとめた。あちらも一騎のみが突出している。そして、大将首は逃げようとしない。若いながらも戦さ場の心得は、身につけているようだ。
盾を置き槍を置き、弓矢を外した。腰間の大小に左手を添え、「剣にての一戦、所望いたす」と答えた。
サイザーは槍を納め馬から降り、甲冑を外した。金髪をなびかせた美男だ。
騎士の鎧など動きにくく、臆病者が命惜しさに着ているもの、とノボルは考えている。しかしそれを脱ぎ捨てたということは……貫胴衣の下は鎖を着込んでいるだろうが、この男見かけによらずうでに覚えありと見た。
サイザーは両刃の剣を中段にかまえた。目録程度の腕はありそうだ。つまり、ヒノモトをのぞく地域では「上」の部類に入る。一騎討ちに応じて良かったと、ノボルは思った。下手に手柄をあせったら、兵士たちの犠牲が何人か、間違いなく出ていただろう。損害を最小限におさえるには、ノボル自身が出てゆくに限る。
そのノボルは無手。刀は抜いていない。しかしそんなノボルを見ても、サイザーは油断してくれない。ジリと粘りつくような戦気で、圧力をかけてくる。
ノボルは一足、また一足と間を詰める。サイザーは突いてくる、と読んでいた。左手を刀に伸ばし、鞘ごと刃を下にむける。鍔を正中線上、へその前に持ってきた。鯉口を切って右手を柄に添える。逆手、親指側が相手に近い取り方だ。前に置いた右足は相手の左足をねらっているが、左足は橦木……外側をむいていた。
来る!
サイザーが出る前にそれを察した。ノボルは右足爪先を左にむける。
その動きに誘われるように、サイザーの剣先が伸びてきた。ノボルは左足を引き付ける。つまりノボルは、襲いかかってくる剣から完全に外れ、サイザーに対し真横をむいていた。
そこで抜刀、逆手の抜きつけだ。伸びきった小手を斬る。痛みが走ったのだろう、サイザーの動きが止まった。頭上で刀を持ちかえる。両手上段に刀をとると、サイザーの頭目掛けて降り下ろした。
……………………。
ノボルは刀をあらためた。刃こぼれはしていない。曲がってもいないようだ。脇の下に刀を挟み、血脂を拭いとる。そして、納刀。
逆手抜刀。天神一流においては免許技のひとつ。
刃を上に向けた抜刀では、右手は拝むような形にして、柄の下から差し入れる。それから刀を鞘走らせる。そのリズムは、拝み手を作り、柄を取り、抜き出す。
しかし、刃を下に向けて右手指先を下に向けた抜刀なら。
柄に手を差し、抜き出す。の二拍子だ。刃を上に向けた場合にくらべ、一拍子はやい。
さらにこれが逆手抜刀だと、柄をとった瞬間から刀を鞘走らせることができる。さらに一拍子はやくなるのだ。
この技は天神一流よりも古い流派の中に見られる、と師匠から聞かされたことがある。ノボルは実際の技を見たことは無いが、いざこの技を振るえるようになるとその説を否定できなくなる。
ただし、逆手抜刀に利があるのなら、拝み手による刃上向きの一般的な抜刀にも、利点がある。
拝み手抜刀は力強い。最初の一撃が、致命傷たりうる威力を持っているのだ。逆手抜刀には、この真似はできない。最初の一撃に力が足りないのだ。だから刀を持ち直し、とどめの太刀を入れる必要があった。
それはさておき。
「……さて、お次はどなたかな?」
地に伏したサイザーをそのままに、ノボルは騎士団を眺める。
「よし、私がいこう」
兜を脱いだ騎士は、栗色の髪を短く刈り上げた……これまた美男だった。サイザーが美形なら、この男は男前だ。
おもしろくない。少しだけ、心が動く。しかしすぐに、胸の波立ちを押さえた。
「名は?」
「ゲバルト……ゲバルト・ボルガー。ラルク州の領主だ」
「……ずいぶんとお若いですな」
「前領主の末の息子なのでね。……つまり」
ランスを馬の鞍に差し込み、素槍を抜き出した。
「兄弟の誰よりも領地をまかされるだけの、槍使いということさ」
馬を降りた。しかし、鎧は脱がない。サイザーが討たれたのが、彼らにとって痛手だった証拠だ。ドルボンド本陣に、もう後は無い。
「では拙者は、これにて……」
ノボルは置いてあった矢筒から、矢を一本抜き出した。
ボルガーは歯を食いしばった。なめられたと思ったか、屈辱を感じたか。どちらにしても、面白くないのは確かだ。
「ヒノモトどの……それはそちらが出した条件。……敗れたとしても、言い訳は効きませぬぞ」
と言って、ボルガーは倒れた。言葉の途中で右手の矢を、ノボルが打ったのだ。それが見事に眉間に刺さり、ボルガーは絶命した。
戦場では命の価値など、一山いくらだ。どれだけ鍛練を積み研鑽を重ねても、幸運に見放されればどんな熟練者でも、一山いくらの値段で命をやりとりされてしまうのだ。
「そろそろ、よろしいですかな?」
騎士の頭目に、ノボルはにじり寄った。
騎士団長はランスをかまえる。ノボルはこの時、はじめて先に刀を抜いた。
「いざ、勝負でござる」
馬が駆けてきた。騎手は右手にかまえたランスで、ノボルの安っぽい命をねらってくる。もう、甲冑を脱いでくれるような遊び心は無い。
ランスは長兵器といえども、素槍長槍ほどのリーチは無い。馬上で身を乗り出してくる。……そして。
「案外、トロ臭いな」
想像よりも、馬が遅い。当然かもしれない。大柄な男が騎乗し、何十キロもある鎧を着込んでいるのだ。しかも変則乗りまでしてくれている。馬もしんどいに違いない。
なるほど、鎧は単なる負荷に過ぎぬか。
迫り来る円錐形のランスを、刀の棟で上から押さえつけた。円錐の形に沿って持ち上げられそうになる刀を、腰の力で押さえきった。
逆に言うと、騎士は円錐の形に沿って姿勢が崩れてゆく。腕を伸ばしきったところで、力の向きを下へと変更されたのだ。
踏ん張りきれるはずもなく、騎士は無様ともいえる格好の悪さで落馬した。
ノボルが駆け寄ると、まだ生きている。まずは自分の刀を納め、ランスをひろいあげる。籠手の隙間から、騎士の両手を突いた。深手ではないが、これで自害もできない。
辺りを見回すと、あちこちで騎士対雑兵の闘いが展開していた。梯子で騎士を突き落としたり、手槍で囲んで機動力を奪ったりと、雑兵隊が奮戦している。
そして立派なことに、若き大将は逃げも隠れもせず、家臣たちの闘いを見守っていた。
ノボルは歩み寄る。
名将もノボルに気づいたようだ。しかし、逃げない。




