深みにハマって御座候
翌日、北方と南方の援軍、それぞれ五〇〇ずつが到着。その翌日にはドクセンブルグから、ドラゴ中将率いる一〇〇〇に及ぶ軍勢が陣営に加わった。
本陣ルグル侯の家紋旗をはさんで、ドクセンブルグ旗と中将旗が並んだ。これでワイマール軍三五〇〇名の集結完了である。
将軍たちに召集がかかった。全軍そろったところで、作戦内容の確認である。将軍ではないが、ノボルも出席しなければならないという。
「お偉いさん方しかいないんですよね? 俺なんかが出てもいいんですか?」
伝令に確認すると、「なに言ってるんですか!」と怒られた。
「あなたがた雑兵隊は、本戦の決戦部隊なんですよ! 少しは自覚を、というか威張ったってかまわない存在なんですから!」
「田舎者だから、威張るのは苦手ですなぁ」
「なんであなたみたいな人が、ドラゴ中将から名指しで呼び出し受けるんですかっ!」
「お? ドラゴ中将に呼ばれているのか?」
ツイと腰が浮く。ドラゴ中将の御指名とあらば、である。
「なんですか、ドラゴ中将の名前がでたらヤル気を出して」
「そりゃまあ、ドラゴ中将だし」
「……本当に中将の御指名なんですね」
伝令は肩を落とし、ため息をついた。そのまま背中を向けて、雑兵隊の陣地を出てゆく。「確かに伝えましたからね」と言い残して。
ということで、本陣の作戦打ち合わせだ。一日の訓練を終えた夕食時。会食という形式を取りながらだ。汗を流す暇もなく、着替えだけ済ませて、ノボルは本陣建物へおもむく。
しかし番兵に止められた。「どちらの方でしょうか?」と。
ノボルは、「雑兵隊隊長代行だ」と答えた。先日ヤハラをたずねた時の番兵とは、違う兵士のようだ。隊長風情が本陣に何の用か、という雰囲気だ。
「これから将軍が集まって、飯を食いながら作戦打ち合わせを行うのだが、通してはもらえないだろうか?」
「将軍の集まりならば、隊長では参加できないのでは?」
「雑兵隊は別なのさ」
ノボルは笑った。止められて当然だからだ。しかし、あまり足止めを食っていると打ち合わせに遅れ、結果的にこの番兵が罰を受けることになる。そのような事態は避けたかった。
「おう、ヒノモト衆! 早く上がって来ねぇか! 飯が冷めっちまうぞ!」
頭上から声がかかった。見上げると、ドラゴ中将が笑っている。
「門番! その黒い髪した奴ぁ陛下の肝煎りみてぇなもんだ! 入れてやってくれ!」
番兵は中将に最敬礼で応じ、ノボルを通してくれた。
建物二階の広間。飾り気のない会食場が準備されていた。ノボルの席は末だが、将軍の数が一五名ほどなので疎外感は無い。
食事は堅苦しい作法など気にせず、和気あいあいとした雰囲気で。作戦立案所からの説明があったが、先日ヤハラから受けた説明とあまり変わりがなかった。
それよりもノボルの興味をひいたのは、最新の敵情だった。
敵の到着を作戦立案所は、三日後と予想していた。兵力増強を図ったか、規模は三八〇〇に増えているとのこと。
弓、槍、剣士を中心に騎士が少々と、編成はワイマールに似ている。やはり馬は戦力として頼もしいものの、金と手間がかかるので遠征では嫌われる。そこはワイマールと同じらしい。
そして御存知、攻城兵器としての丸太を切り出し、先行して国境まで運搬しているそうだ。
ドラゴ中将からの計らいが、ひとつ。
間もなく開戦、兵士たちに家族へ手紙を書かせるように、と達せられる。
ノボルたち雑兵隊は、ビラモア砦に就いて一週間ほどになる。そろそろ便りのひとつも出したところで、バチは当たらない頃だ。ノボルたちでもそうなのに、ルグル侯の兵たちともなれば、どれほど家族が恋しいことか。
雑兵隊陣地に戻ると、当番で留守番をしていた小隊長に、手紙の件を告げた。手紙の受付は、明日の夕食時までということだ。
当番を残して、ノボルも繁華街へ出る。おそらく今日明日で、繁華街は撤退となるだろう。
「おぉ、ヒノモト隊長!」
酒場をのぞくと、第三と第五小隊が、小隊長二人を中心に集まっていた。
「ウチの小隊と第四はどうしました?」
「ゴン副長の先導で、向かいに突撃ですわ!」
向かいとは、お花屋さん。つまり娼館が並んでいる。
「まさに、奇数飲んべえにスケベの偶数ですわ!」
第五小隊長が豪快に笑う。
一、三、五小隊を繁華街で捜すには、酒場を捜せば捕まえられる。二、四小隊を捜すには、色街を捜す。誰が言い出したか、各小隊長の性格そのままだ、とのことだ。
もちろん、ウチの小隊にスケベが多いのは偶然であって俺の人格はなんの関係もない、とノボルはその説に否定的だ。
「とりあえず明日の朝にも説明しますが、残してきた家族に手紙を書くことができます。受付終了は明日の夕食時ですから、それまで一言でも書いてやってください」
「ヒノモト隊長は書かんのですか? うわさの婚約者さんに」
「だからアレは、まだ婚約者にさえなっていないと……」
「書いてやりましょうや、婚約者でも未満でも。喜びますよ、相手は」
「書かないとは言っていない。ただ……」
「ただ?」
「剣の師匠や、家族にも書かなければならないから、わりと面倒くさい」
「とか言って、やっぱり書くんですよね?」
「書かないとは言っていない」
ノボルの返答に、ブレはなかった。
酒場から、通りをはさんで向こう側。娼館の案内所に足を運ぶ。雑兵隊第二、第四小隊の行方を調べてもらうためだ。
出された茶を飲んでいると、すぐに使いの者が帰ってきた。全員すぐとなりの店、ダイナマイトにいるらしい。駄賃を払って、ノボルは案内所を出た。
ダイナマイトは文字通り、巨乳爆乳のお嬢さんを集めた専門店で、スレンダー巨乳、ムッチリ巨乳、筋肉質巨乳にロリ巨乳と、各種ニーズに応えるお店……と看板に書いてある。
フムとうなずいて、ノボルは暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ〜〜っ! ダイナマイトへようこそ〜〜っ!」
暗い店内に、耳を貫くような声が響いた。受付は、まだ年端もいかない小娘だったのだ。しかもダイナマイトの受付なのに、まな板系とか発育不十分系である。
ちょっとだけ嫌な予感はしたが、受付の顔を見るなり回れ右、というのも酷い話だ。思い切って用件を伝える。
「雑兵隊のヒノモトノボルと申す。うちの隊士が遊びに来ているそうだが、伝言をたのみたい」
「かしこまりましたぁ! どのようなお言付けでしょう?」
案内所の使いが来たからなのか、話が早い。ノボルは手紙の件を伝え、娘はメモをとる。
「では、よろしくたのむ」
「かしこまりましたぁ! ではこちらへどうぞぉ!」
「コラ娘、袖を引くな。俺は遊びに来たのではない」
「でもでもお客さま、お茶のひとつも出さないでお帰ししては、マイが叱られてしまいますぅ!」
マイという名らしい。娘は必死にすがりつく。
そういうものなのか。確かに、このような店に入り茶のひとつも飲まずに出てゆくのは、無粋と言えば無粋。
一杯だけだぞと断って、別室に入った。
受付の小娘は躍り上がって喜ぶと、甲斐甲斐しく茶卓の世話をしてくれる。……年はリコと変わらぬくらいか、とノボルは見た。群青の髪を肩まで伸ばし、暗がりも手伝って黒髪にさえ見える。
しかし……。
「お前さん、変わった服を着ているな」
「はい! これは受付の制服で、せぇらぁ服というものですぅ! なんでも太古の時代、神さまが人類にさずけてくださった、聖衣のひとつだそうで!」
……袖が余ってブカブカで、肩のラインも着崩れしている。
「……これは、一般的に販売している服なのか?」
「はい! 当店でも商いしておりますぅ!」
「……一揃い、ドクセンブルグまで送ってもらえるか?」
「かしこまりましたぁ! サイズの方はいかがいたしましょう?」
「……そなたと、同じもので良い」
「色合いはどのようなものを?」
マイはサンプルを引っ張り出してきた。なれた手つきで商品をテーブルに並べる。ノボルは値札を見た。……安い!
「……まずはこちらの長袖、それからこちらの半袖も頼む」
「はい! 白地黒襟赤スカーフに、標準丈黒スカートですね! オプションで鞄とローファーとソックスがありますが、御一緒にいかがですかぁ?」
とりあえず見せてもらう。気に入れば買うという、軽い気持ちだったのだが……。オプションには魔性が宿っていた。
それら一点一点はなんというものではないのだが、せぇらぁ服という聖衣と組み合わせると……しかもそれをリコが着用していると想像したら……。
ノボルの胸に、甘酸っぱいなにかが、こみ上げてきた。
「……お客さま……泣いてます?」
「いや……なんでもござらん……」
「よろしいのですよ、聖衣を拝して琴線に触れる者は、たちまち涙すると伝えられていますから。お客さまにはサービスで、眼鏡とカチューシャもつけておきますね」
かたじけないと言って、代金を払った。
娘は茶を出してくれた。グラスに入っている。琥珀色の液体だ。茶と称して、酒が出てきたのだ。
良い買い物ができたという満足感で、ノボルは文句を言わずいただく。衣服の送り先はリコとし、短い文を添えることにした。
夏の盛り近づき、いかがお過ごしか。余はこの度ビラモアにて、愛くるしき衣類を発見。リコに似合うと思い一揃い送らせていただく。存分にお試しあれ。
そこまで書いて、ふと思う。
追伸・あまりに愛くるしき服なので、よその男どもの目に触れませぬよう。
残りの酒を片付けて、店を出る。稽古で実りがあった時のように、胸の中が澄みきっていた。
ノボルは気分よく壁に手をつき、額をつけて、気分よく膝を屈した。
「……自分から深みにハマって、どうするよ、俺……」
何が起こったのか、わからない。どうしてこうなったか、わからない。
ただひとつだけ言えるのは、今回ばかりは俺が悪い、ということだった。




