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縁の下の力持ちに御座候


 まだ、夜中。

 第一小隊の兵士と軍師ヤハラが、馬にあいのりして現場入りした。本陣からの一番乗りである。

 どういうことですか、と眼鏡を押し上げるヤハラに、「熊に襲われて御座います」と、ノボルはテントに招いた。

 ヤハラはテントを覗いた。目を見開く。すぐに鼻と口を押さえた。テントから離れる。


「……酷いありさまですね」

「左様」

「ところで小隊長」

「なにか?」

「何故あなたは血まみれなんですか?」

「……………………」


 ノボルは口を開いた。


「月明かりに照らされておりますので、見間違いにございます」

「では他の小隊長たちが血まみれに見えるのも、私の見間違いですね?」

「左様」


 ヤハラはテントの中を、いま一度確認した。それだけで、ここで何が起こり何故それが起こったのか、すべて理解してくれたようだ。


「……この季節です。死体は腐敗しやすいので、テントごと焼却してください」

「わかりました」

「熊の追跡はしていますか?」

「現在第一小隊長が、隊を率いて」


 安堵のため息か、ヤハラは一息ついた。


「でしたら兵士に踏み荒らされて、熊の足跡は消えてますね」

「仕方ありませぬ」

「では雑兵隊隊長代理は、誰がつとめますか?」

「はばかりながら、小隊長たちの推薦で、拙者が」


 そんなつもりは無かったのだが、睨んでしまった。

 ヤハラは唇を引き締めて、背筋を伸ばした。


「遺族に返還するため、遺品の整理をお願いします」

「たまわりました」


 そしてヤハラは、そっと耳打ちしてきた。


「……これからが正念場です。奮励と御努力を期待します」

「おまかせを」


 翌朝、本陣から使者が来た。対応はヤハラがした。そしてその時点で、証拠と思われるものは、すべて焼却している。その際ヤハラの対応は、すべて事務的なものでしかなかった。


 ノボルは第二小隊を集めて訓示をたれる。


「本日未明、雑兵隊隊長と副長は、野生動物に襲われて命を落とした。諸君らはいやしくも、国王陛下の赤子/せきし/であるから、小隊長の命じる最後の突撃号令までは、必ず自愛すること」


 さらに言葉を続ける。


「しかし、自愛と自己中心の精神は全く別のものであるから、勘違いしないように」


 この頃にはすでに、ノボルは血まみれの衣服を着替えていた。他の小隊長たちも同じなはずだ。


「ただし、一旦突撃命令が下れば我々は雑兵隊。この小隊長とともに一丸となって敵陣に突っ込み、最大の戦果をあげることを期待する」


 これで訓示は終わり。


「これより第二小隊は炊事洗濯、掃除に取りかかる! 飯の後は猛訓練だ、みんなゲロなど吐かず、小隊長にしっかりついて来るように。いいな!」


 ハイという声が返ってきた。だからさらにノボルは一言。


「なお、隊長不在の雑兵隊は、俺を隊長。ゴン小隊長を副長として行動する。以上、各自作業にかかれ!」


 戦場という場所は、前進しか無い場所である。後ろを振り返る者はいない。そのような者は恐怖に足がすくみ、命を落とすしかなくなる。

 戦友の死を悼み、戦場の悲惨を訴える暇など、現場には無い。あるのは前進の信念。必勝の信念。振り返らぬ信念のみである。

 つまり、どういうことか?


 今この瞬間から、隊長と副長の死はまったく過去のものとなった、ということだ。


 ノボルはノボルで、知恵を働かさなければならない。

 目に映る小高い丘。その上に続く、国境の壁。そこから侵入してくるドルボンド軍はどの位置から突撃を開始して、どの辺りに本陣をかまえるのか?

 一の壁から飛来する矢は、おおむね一〇〇メートルの有効射程を持つ。つまりドルボンドの本陣は、それより後方に位置するだろう。しかしあまり距離を置くと、今度は戦闘の様子が視認できなくなり、指揮采配に影響を及ぼす。そうなると、一の壁から二〇〇メートル抵当の距離に本陣をかまえる、と見て良いか? このあたりは飯が済んだら小隊長たちとともに本陣へおもむき、作戦立案所がどのように考えているか確認する必要がありそうだ。




「それでしたら、雑兵隊の読み通りですね」


 ノボルたちが確認に行くと、ヤハラがあっさり教えてくれた。


「しかも敵は現在、攻城兵器も用意しているそうです。一の壁の存在は知っているみたいですね」

「攻城兵器ですか。それはどのような?」

「どんなものだと思います?」

「巨大な投石器、とか?」

「それでは運搬に手間を食います。分解結合するにしても、かなり時間がかかりますよね?」

「それでは、でかいハンマーかいのぉ? そいつで扉を叩き割って……」

「そんな、敵だって全員がゴン副長みたいのばかりじゃないんだから」


 ところがこれが、正解だった。


「もちろんそればかりではありません。壁を登ってくるための梯子、あるいは扉や壁を一撃でくだく丸太も用意しているようです」

「ほぉ……」

「なにを感心されているので?」

「いえ、よくそこまで敵状を把握しているものだと……」

「ふむ……でしたら。……ヒノモト隊長、なぜ敵はハンマーや梯子を用意しているのでしょうね?」

「!?」


 言われてみれば。


「まるで敵はこちらの状況を、見ているような……」

「ようなではなく、見られているのです。おそらくは、国境の壁から。一の壁を構築し始めた頃から」

「ということは?」

「俺たちの軍も敵を見とるっちゅうことかいのぉ?」

「しかしゴンさん、国境の壁から敵の状況は見えないのでは?」

「そうじゃの、こっちとあっちの覗き見が、国境の壁をはさんで一戦やらかした、なんて話は聞かんからのぉ」


 ヤハラの答えは、密偵あるいは間諜を放ったからだ、というものだった。あちらの状況は、かなり正確に把握しているという。


「今回の戦さは密偵合戦とも言えるほど、我が軍では間諜を放ってます。仕込みとも言えるいまの場面では、圧倒的に我々が有利と言えましょう」

「便利なもんじゃのぉ、間諜というやつは」

「ヤハラどの、それでは敵の動きも予想できるのでは?」

「もちろんです。まず敵軍は、一の壁から二〇〇メートルくらいの位置で、本陣をかまえるでしょう」


 ヤハラは机に地図を広げ、インク壺を置いた。ドルボンドの本陣の位置だ。


「一の壁攻略部隊は、まず矢を射かけてくるでしょうから、壁から一〇〇メートル……いや、五〇メートルまで接近してきますかね」


 壁から一〇〇の位置は、ちょうど小山と小山の終点をつなぐライン、となっていた。壁はなにもデタラメに、あの場所に築かれた訳ではないようだ。


「もしかしたらドルボンドは、弓矢合戦の最中に小山をのぼり、弓隊の支援……あるいは、側面から我が陣地の攻略を考えるかもしれません」


 当然、小山の上にはドラゴ中将の陣地がある。敵は身動きできなくなる。


「ここで我々は一の壁から兵を引き、敵に突撃をさせます。場合によっては、騎士たちの突撃まで許します。そうすれば……」

「本陣が空っぽになる。もしかしたら、敵の大将も一緒に突撃してくるかもしれない」

「そうなると、背後からやりたい放題じゃのぉ」

「その通り。……以前より具体的に、戦場が見えるようになりましたか?」

「待てよ、ヤハラどん。国境から敵の密偵が見ちょるとなれば、俺たちはうかつに訓練ができんじゃろ?」

「その辺りは、ご心配なく。うちの密偵が敵の密偵をシメてますから」

「なんでもできるんじゃの、密偵どんは」


 ゴンは腹をゆすって笑ったが、ノボルとしては密偵間諜に興味が湧いて仕方ない。


「ヤハラどの、その密偵とか間諜は、どのようにして情報をつかみ、どのようにして情報を送ってくるのでしょう?」

「教えて欲しいですか?」

「ぜひとも」

「教えません」


 ヤハラはニコニコとしている。


「教えてしまったらそれが広がり、やがてうちの密偵が仕事をしづらくなりますから」

「ぬう……」

「いま現在、ヒノモト隊長が密偵や間諜がどのように仕事をしているか解らないのは、失礼ながらヒノモト隊長が密偵を使いこなせないからです。彼らを使いこなせる、使わなければならない立場になったら、彼らがどのように仕事をしているかなど、自然とわかるようになりますよ」

「お楽しみは、これからですか」


 左様、と言ってヤハラは頭をさげた。

 ともあれ、より具体的な戦闘展開がわかった。早速陣地に戻り、訓練を始めなくてはならない。


「まずは地形の把握もかねて、あの辺りを駆け足してみるか」

「足場は大事じゃからのぉ。それから盾と梯子を使った、集団戦闘の訓練」

「個人個人の戦闘訓練も必要でしょうな」


 やらなければならないことは、いくらでもある。なにしろこれは、実際の戦闘行為。生きるか死ぬかの闘いなのだ。ゲロを吐いた程度で中断、終了などしている場合ではない。体調良好なら良好で、油断をすることができない。体調不良なら不良で、それでも勝たなければならない。一切の言い訳が効かない場所なのだ。


「ではヤハラどの、ありがとうございました」

「いえ、頼っていただけて、私も嬉しいです」


 一礼して本陣を後にした。


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