残酷描写に御座候
筆者的には大したことはないのですが、念のため御注意を
夏虫の鳴く、夜。
テントを出ても小山のおかげで、今宵の月は拝めなかった。腰に大小を差したノボルは、ウイスキーのボトルを片手に、ぶらりと歩き出した。
見張りの兵に見つかるが、人差し指を口に当てて「静かに」と命じる。
「今宵は三日月が美しいらしい。ゴンさんと月見酒を楽しんでくる」
「わかりました。私は何も見ていません」
「……うちの兵は察しが良すぎですね」
「第四小隊長と一緒、というあたりでお察しです。……それに」
「それに?」
「刀を差して月見ですか、小隊長?」
「それもそうだ。……では、行ってきます」
頭を下げたが、ありがたいことに兵はすでにそっぽを向いている。ノボルは小山のむこうを目指す。
ゴンと月見酒とは言ったが、実際には単独の犯行だ。他の者を巻き込むつもりは無い。
しかし小山のむこうに出ると、あちらから歩いてくる人影があった。
肩に手槍をかついでいる。巨漢だ。どう見ても、ゴンにしか見えない。
二人は歩み寄り、目礼を交わした。そのままテントがならぶ第一小隊の縄張りに、足を踏み入れる。
番兵に気づかれたが、こちらでも察してくれた……いや、こちらへどうぞの仕草で通された。
「第一小隊長から、お二方を通すようにと」
番兵は小声で教えてくれる。それに応じて足を進めると、折り畳みの椅子に腰掛けた第一小隊長が、グラス片手に月を眺めていた。
ノボルとゴンも見上げる。美しくもどこか寂しげな三日月だった。
「行きますか?」
第一小隊長の問いかけに、ノボルは少々お待ちを、と答えた。
第一を見つめながら、背後を親指でさす。忍ぶような足音が、ひたひたと。薄明かりの中から、第三と第五が姿を現した。
「なんだ、結局全員揃ったのか」
「雑兵隊の将来を考えれば……」
「生かしておけば、悪しき前例でしかありません」
上役二人から辱しめを受けた第一小隊長は、無言でうなずいた。
第三は親指を立てて、「コレの様子は?」と訊く。
「酒を飲ませたので、ぐっすりと」
「番兵はわかっていますね?」
「口裏はきっちりと」
「では、まいりましょう」
ノボルの呼び掛けに、五人は足音をひそめて歩いた。
月を眺めながらソロソロと。つまり、隊長たちのテントに影を落とさないように近づいた。
テントの中に、なにやら気配が。ノボルは片手で小隊長たちを止める。目を凝らして見ていると、テントの壁にあたる布が内側からそっと裂かれ始めた。ナイフで裂いているようだ。人目をはばかるように、ひっそりと……。
ノボルたちは互いに顔を見合わせた。みんな呆れた顔をしている。とはいえ、誰もそこに声をかける者はいない。五人並んで、黙って眺めていた。
「早くしたまえ、副長」
「お静かに、焦っては駄目です、隊長」
忍ばせた声が届く。意外に二人とも、酒に強かったのか眠りこけてはいなかったようだ。
この夜中に、わざわざテントを裂いてまでして、どちらへお出かけになるものやら。ノボルは吹き出しそうになった。
人間一人が抜け出られそうな幅に、テントが裂かれた。次は縦に裂いてくる。
ノボルたちは裂け目の正面にいたが、その位置を避けて両脇にズレた。顔と顔がバッタリ出くわしたら、テントから出て来ない。脱走罪が成立しにくくなる。どうせなら、その不名誉を手土産に旅立っていただこうではないか。ノボルはそう考えていた。
他の四人も同じ思いなのだろう。だから無言でも、足並みがそろうのだ。
刃がテントを縦に裂いている。副長はそっと顔を出して、辺りを確認した。ノボルたちは副長の、ほぼ真横に位置している。見つかることはなかった。
副長は顔を引っ込めると、再び刃を働かせた。
「どうかね、副長?」
「気づかれていないようです」
本来なら隊長テントの番兵が、異変に気づいてなければならない。気づかないとすれば、それは明らかにダメな兵士だ。というか、気づいてない訳ないだろ、バカ。と言いたくなるような、お粗末な脱走劇である。
そんなことがわからない隊長と副長なのだ。この二人も軍隊で飯を食ってきているはずなのに、一体いままで何をしてきたのか? どうやって現在の地位までのぼって来たのか? ノボルには理解できなかった。
何回もあくびが出てくるような、ノロマな時間が流れてゆく。テントはようやく、人間の腹の高さまで切り裂かれた。
副長が顔を出した。帽子をかぶっている。軍や兵のものではない。旅人や商人がかぶるような、日除けのツバが広いものである。裂け目から身を乗り出す。片足を出した。月明かりに服装が浮かぶ。平服だ。というか、足拵えのしっかりした、旅装である。旅人御用達のバッグまで背負っていた。
いつの間に用意したものやら。ノボルは苦笑を噛み殺す。
転がり出るように、隊長も出て来た。こちらも旅装だ。二人は周囲を警戒した。
「この真夜中に、どこかへ御旅行ですか、御二人そろって」
第一小隊長が声をかけた。低く、押し殺した声だ。
その声に二人は飛び上がったが、第一、第三、第五、ゴンとノボルまで姿を現すと、腰を抜かして座り込んだ。
「どちらへ行かれるんですかね? 我々部下と、戦場をほったらかしにして」
ノボルもクスクスと笑った。が、その笑顔が不気味に映ったのだろう。歯の根も合わず、ガタガタと震えだした。
「聞いとらんかったかいのぉ、俺ぁ二度目は無い、と言ったはずなんじゃが……」
二人は逃げ出そうと、四肢をバタつかせた。ゴンは副長の手を槍で貫く。
悲鳴は出ない。ノボルがその口を押さえている。そして脇差しで、喉を制していた。
「さあ、御二人とも。テントの中に入りましょうか?」
第一小隊長の声に、隊長が従う。手を押さえた副長も後につづいた。そして五人の小隊長もぞろぞろ続き、二人を取り囲んだ。
「な、な、何事かね、君たち! ここは隊長テントだぞ! 無礼じゃないか!」
隊長は虚勢を張った。しかし第一小隊長は、「隊長テントであると同時に、私の持ち場でもあります。異変を見過ごす訳にはいきません」と返す。
「同時に、我々雑兵隊の陣地でもある」
第三小隊長だ。
「なにも問題はありませんな」
第五小隊長が締めた。
「で、ここからは質問です。御二人はどちらへ行かれようとされたので?」
「火急の用件で、ルグル侯の領地へおもむかねばならなくなったのだ!」
「旅装で?」
「極秘任務だからだ!」
「出立の目的は?」
「それも極秘だ!」
「ルグル侯は本陣にいらっしゃる。確認してもよろしいか?」
「黙れっ、無礼者っ!」
それが隊長の、最後の言葉だった。胸を深々と、第一小隊長の剣が貫いている。まだ、出血は少ない。
出血がおびただしかったのは、副長の方である。なにしろ首が飛んでいる。これはノボルの一刀だ。噴出した血が、テントの天井まで届いた。
首を失った副長の体を、ゴンが槍で突く。第五小隊長は背後から、袈裟に斬った。
第一小隊長が、隊長の体を押し倒した。第三が剣を隊長の首にあてがい、鋸引きにして切り離そうとする。骨に届いたようだ、剣の動きが止まる。第三小隊長は体重をかけ、頸骨を押し切った。
「これで皆さん、得物は血に濡れましたね?」
ノボルが訊くと、四人は無言で得物を差し出した。
「だが、どうする? この残骸は」
第三小隊長の問いに、とりあえず解体しましょう、と答えた。
「どうせなら、熊か狼にやられたと報告をあげるかい?」
「熊なら一頭、デカイのがいるしな」
ゴンを指さして、第一が笑う。
ノボルはナイフで副長の胸を突いた。鎖骨の下あたりを縦刃でだ。そのまま水月の上まで絶ち斬る。胸骨体の脇、肋軟骨という柔らかい部分だ。
それから刃は浅く、腹部を裂く。いやらしい光沢を放つ臓物が、傷口からプリプリとはみ出してきた。臓物がこぼれ落ちたところで、横隔膜を外し、肺や心臓を引きずり出す。
隊長の解体は、第一小隊長が担当した。ゴンたちはテントの中を荒らし、食料があれば懐に納め、バッグの中身をぶちまけて空っぽにしている。
空っぽのバッグに臓物を詰め込む。野生動物にとっても肉食のご馳走は、人間と同じく内臓なのだ。
第三小隊長が剣先で、熊の爪痕らしい傷を、死骸につけまくる。
自分たちの隊長を暗殺。犯行の痕跡を隠すように解体する行為を、残酷とか冷酷非情などと、ノボルは思わない。
雑兵隊は、戦士である。何をどのように言い繕っても、人を殺めてナンボの商売だ。
だからこそ、掟がある。それは陣法判官よりも重たいものだ。
剣を手にする者は、立身出世の夢を見る資格がある。しかしそのためには、自分の命を賭けなければならない。斬って悔いず、斬られて恨まず。それが戦士たる者たちの掟なのだ。
しかし、この二人はどうか? 戦場にあり人を殺す指示を出す立場にありながら、己の命を賭けようとはしなかったのだ。それどころか戦場に身を置きながら、我関せずとばかりのことを言いはなった。
己の身を危険に晒さず、権利ばかりを主張する輩を、ノボルは許さない。雑兵隊小隊長たちも、許さない。
この一件は事件などではなく、陣法判官の代行なのだ。それ以上の重要性は無く、それ以下のたやすい出来事でも無い。
「それじゃあ俺たちが、臓物を捨ててくる」
第三と第五小隊長が、廃棄物処理を買って出てくれた。
「では、隊長死亡と熊による襲撃の報は、お二人が帰ってからということで」
ノボルの提案に、全員がうなずいた。




