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恥知らずの卑怯者にて御座候


 案内役が作戦の概要を説明してくれた。それはおおむね、ドラゴ中将が話してくれたものと同じだった。異なる点をあげるならば、泥壁が三重になっていたことだけだ。


 まず、配置は三手に分かれる。ひとつは泥壁の陰にひそんだ本隊。これはルグル侯率いる一五〇〇。そして両脇の小山には、ドクセンブルグ軍と南北軍の混成部隊を、片側一〇〇〇ずつ配置。

 ここから戦闘開始。


 敵が正面突破を仕掛けてきたら、一の壁の弓兵が応戦。状況優勢ならば、ドラゴ軍は敵の背後へ回り敵を囲む。その際、二の壁、三の壁で控えている兵は突撃を開始。一気に敵を包囲する。

 この時、敵の本陣は平野に陣取っていると想定。雑兵隊は機をのがさず、残存する敵陣に山裾から突撃。護衛を突破して大将首をとり、速やかに状況を終結させる。


 作戦の理想としては、一の壁が突破されるくらいに、敵が侵入してくること。ほどよい機会をとらえて、弓兵たちは二の壁へ撤退。そうすれば敵も砦の奥まで追いかけてくる。つまり敵陣から状況が見えにくくなるし、伝令も届きにくくなる。なにをするにも時間がかかりすぎるようになるだろう。

 そこへ中将が鍛えた軍勢が山から降りてきて、背後から包囲する。あとは雑兵隊が、大将首をあげるだけだ。


 基本的に雑兵隊の出番は、最後の一瞬だけ。しかもその出番は、一撃必殺の電光石火。一瞬で敵将を討ち取らなくてはならない。


「では敵が正面突破ではなく、小山の攻略を始めたらどうなりますか?」

「二手に分かれて小山に攻めてきたら、これまた二手に分かれて小山に陣を敷いた、ドクセンブルグ軍がそれぞれ応じます。もしも手が足りないようでしたら、本隊の一部が小山をかけ上がり増援にむかいます。その判断は作戦立案所が行います。片側へ敵が一度に押し寄せた場合は、対面のドクセンブルグ軍が応援に駆けつける手筈になっています」


 本陣からの通信は、すべてラッパで送られてくるという。ということで、二手に分かれた雑兵隊にも、それぞれラッパ兵がつく。彼らが吹くべき合図は、「戦果上がる」のラッパしかない。その音色を響かせるためにも、ノボルたちは奮迅の努力をしなければならない。


「ちなみに、『雑兵隊突撃せよ』のラッパは、短・短・長・短・短ですので、お間違いなく」

「なんじゃい、俺たちに関係あるラッパは、ずいぶん数が少ないのぉ」

「作戦は簡単に、かつ柔軟性を持って。実に理想的な姿だよ、ゴンさん」


 明日からの訓練では、実際にラッパ兵をつけて行っても良い、とされた。戦場でラッパの音がどのように聞こえるか興味深いところなので、二名借用できるように手配する。案内役は約束して、本陣に帰った。


「それじゃあまず、野営場所の確保だな」


 二手に分かれ、小山の陰に身をひそめるようにテントを設営する。隊長と副長のテントは、一の壁の正面。第一小隊とともに。ここに小隊長が集まって、訓練計画を打ち合わせする。水や食料も第一小隊が本陣から受け取り、ここで配布となる。

 ノボルたち第二小隊と第三小隊は、北側に野営。ゴンたち第四、第五小隊は南側に集まっている。

 糧食飲料水の補給と野営地整備の最中、隊長を中心に訓練計画の打ち合わせに入った。


「戦時において隊長副長は、第一小隊を護衛につけ、後方で全体の指揮をとる」


 開口一番、隊長は信じられないことを口走った。隊長副長の二人が、戦場に出ないと言うのだ。しかも死なないように、護衛までつけて。


「どういうことですかっ、隊長っ!」

「一〇〇人組隊長格は、陣頭指揮が原則ではありませんかっ!」


 第三、第五がいきり立った。当然である、だいたいにして護衛をつけたところで、戦場のどこで指揮をとるつもりか。


「俺は前々から気に入らなかったんだ! 訓練には出て来ない、稽古の様子は見に来ない、剣のひとつも振りに来ない! ……貴様、最初から戦場には出ないつもりだったんだなっ!」

「控えろ、第五小隊長っ! これは隊長と副長である私が、熟考に熟考をかさねて出した結論である! 口答えは許さんっ!」

「あほ抜かせっ! 部下を死なせて自分らだけ生き残ろうって魂胆、見え見えだろうがっ!」

「第三小隊長っ! 無礼だぞ! 貴様上官侮辱罪で陣法判官にかけるぞっ!」

「やれるもんならやってみろっ!」


 剣に手がかかった。副長もさまになってないが、鯉口を切る。

 ノボルは、「お待ちください」と声をかけ、ゆっくりと口を開いた。


「第三小隊長を判官にかけるのであれば、隊長副長の両名が戦場に出ないとおっしゃったことも、我々は証言しますが……」

 顔もまた、ゆっくりと隊長にむける。


「それでも、かまいませんか?」


 視線で隊長の目をとらえた。隊長はすぐに視線を逸らす。

 この男たちのことは、ノボルも以前から嫌いだった。そして信用していない。だがそれでも、貴重な戦力を削り自分たちだけ生き残ろうとは……。そこまでの卑怯者とは想像していなかった。


「第一小隊長、兵を一人借りてよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 テントの外に向かって、人を呼んだ。


「どうされましたか、第二小隊長?」

「本陣のヤハラ軍師に伝言をたのむ。雑兵隊隊長、ならびに副長が陣頭指揮を放棄。後方指揮を執ると宣言した。陣法にかけるので手続きを願いたい」

「はい! 行ってきます!」


 待てと声がかかった。隊長だ。苦い顔をしている。副長などは顔面蒼白だ。


「……待ちたまえ、ヒノモト小隊長。……誰も戦場に出ないなどとは、言ってないじゃないか」


 いや、お前いま、その口で言っただろ。そう思いながら、隊長の気色悪い笑顔を眺めていた。


「そうだとも、ヒノモト小隊長。我々は雑兵隊の同志。戦場に出ないだなんて、そんなこと言うわけが無いだろ?」


 副長まで、揉み手で作り笑いだ。本陣という単語が、相当効いたらしい。これでドラゴ中将の名が出ていたら、どうなっていただろうか?


「では御両人、一体どのようなおつもりで後方指揮などという戯言を、のべられたのですか?」

「そうじゃのぉ、公衆の面前で後方指揮をするわけにもいかんから、指揮なんぞ放り出して、誰からも見えんところまで逃げ出したかもしれんぞい」


 ゆらりと、ゴンの身体から殺気がゆらめいた。


「ちょっと待ってくれ、第二と第四。最大の侮辱を受けたのは、生きて帰れるから戦場なんぞに出ず俺たちを守れ、と言われた第一小隊長の俺だぞ。こいつらの処分を決めるのは、陣法ではなく俺だと主張したい」


 第一小隊長は古参だ。雑兵隊の中では腕が立つ方だ。そしてこの男は、殺気も無しに剣を抜いた。刃の向きは……副長をねらっている。

 第四小隊長が、テントの出入口を閉じた。


「第一小隊長の刃だけ、血脂がついとっては具合が悪い。一の太刀は第一にまかせて、俺たちも二の太刀、三の太刀を入れよう」


 第五小隊長の発案だ。ノボルたちも刀剣を抜く。

 二人は腰を抜かしていた。熱病のようにガタガタと震えている。


「ちょっと待て! 話せばわかる!」

「問答無用っ!」


 第一小隊長の剣が走った。副長ねらいだ。ノボルは二の太刀をねらう。

 隊長への一の太刀はゴン。第三が二の太刀、第五はとどめの突きを入れる構えだ。


 二人の悲鳴が響く。ズボンの股間にシミが広がった。

 隊長の口が、力無く開いた。ヨダレが垂れている。副長の口からは舌が伸びていた。


 殺してはいない。勝手に気を失ったのだ。誰一人として、刃を届かせた者はいない。

 つまり、寸止めだった。


「……聞いとらんかもしらんが、お二方」


 蹲踞になって、ゴンが話しかける。


「今日のところは、これくらいで済ましておきますがのぉ……次やったら、命の保証はできませんぞ」


 第四小隊長が出入口を開ける。表の兵に、「しばらく入るな、ションベン臭いからな」と言いつけた。

 テントを守る兵も悲鳴を聞いていただろうが、まったく動じていなかった。上役二人は、兵士たちからも嫌われていたのだ。


 小隊長たちは全員テントから出る。最後に出た第一小隊長は、護衛の兵に「お二方は絶対に外へ出すな。便所ならそこの草むらでさせろ」と申しつけた。


「では遅ればせながら、打ち合わせに入りましょうか」

「問題は第一小隊の配置だろうか? 今はここで野営してもらってもいいだろうが、開戦では南北どちらに入る?」


 第一は考え込む。


「どうだろう、第二、第四小隊長。俺たち第一小隊は半々に分かれるから、お前たちで面倒みてくれんか?」

「それは願ったりじゃ、のぉノボさん」

「力強い援軍です」


 ここで第三が意見。


「待て待て、雑兵隊が一気に敵の本陣を襲ったとして、敵の本隊が引き返して来ないか?」

「ではどうする?」

「大将首をねらう主力は、第二と第四。これは間違いないな?」


 一同うなずく。


「一個小隊ずつその補佐につけて、残る小隊を分割。背後の警戒に当たらせる、というのはどうか?」

「活躍の場が無いじゃろ、その小隊は」

「あるさ。万が一負け戦になったら、敵の本陣から仲間を守るため、ふたたびケツを持つ。……まあ、負け戦の尻拭いは任せてもらおうか」

「せっかく格好をつけたとこ申し訳ないが、負け戦の可能性が無いから活躍の場が無い、と言ったんじゃがのぉ」


 ゴンの哄笑が響いた。つられるようにして、豪の者たちも笑った。


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