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任侠道に御座候


 まあ、他人の稽古を眺めていても仕方ない。稽古とは、自ら動いて汗をかくものなのだ。


 今この場で彼らが下手に見えても、「実は休憩無しで打ち合いをしている」のかもしれないし、「寝ないで稽古をしている」のかもしれない。


 どちらにしても、油断慢心は自分のためにならない。気を引き締めて、入り口に向かう。


 入り口には、二人の門兵が立っていた。稽古をしている連中と同じ服だが、鉢金をかぶり本身の槍を立てている。


「失礼」


 ノボルは頭を下げた。


「志願の者で御座る」


 門兵は顔を見合わせた。


「志願の方ですか。試験は明日の九刻(午前九時)からになります」

「……?」

「受付は八刻から始めますので、遅れませぬよう」


 左様でしたかと頭を下げたが、動揺していた。衛兵に嘘を言われたと思ったからだ。いや、衛兵は嘘など言ってない。試験会場は、たしかにここなのだから。


 動揺から立ち直ると、今度は問題を発見した。

 宿の手配をしなければならない。しかもここは見知らぬ街。当然のように、当ては無い。


「ね、剣士のお兄ちゃん」


 小娘の声。

 今度は袖まで引かれている。


「今夜泊まる場所が無いんでしょ? ウチに来ない?」


 なるほど、宿屋の客引きだ。


「飯はどのようなものを出すのだ?」

「南方の肉料理がメインだね。それにパンとスープ」

「風呂はあるか?」

「無いけどとなりがお風呂屋さんだよ」


 ヒノモト州は山岳地帯で、それを納めるワイマール王国は、水所だ。風呂屋が成立するのも納得である。


「一泊いくらだ?」

「小銀貨三枚、朝晩の食事がつくと総額小銀貨四枚と銅貨五枚」

「風呂屋は?」

「銅貨三枚だね」


 格安だ。どうせ一夜の宿である。立派なところに泊まる必要も無い。


「よし、お前が言う通りな金額だったら、泊めてもらおうか」

「言う通りだなんて、アタシが嘘言ってるってのかい!」


 娘は頬をふくらませる。

 考えてもみれば試験に合格すれば、自分はこの王都に住むことになるのだ。そんな自分に地元の商人が、嘘を言う訳が無い。


「これは済まなかった、謝ろう」

「うむ、人間素直が一番じゃ」

「で、お前の薦める宿はどこだ?」


 ノボルが訊くと、親指で稽古場のむかいを指す。

 看板に「めしや 宿泊可」とある、それなりの店だ。


「……すぐそこなら、お前に世話されなくとも、宿を見つけただろうな」

「そこを、可愛らしい娘に袖まで引かれたんだから、得したと思ってもいいんじゃない? 思えなかったら男の価値が下がるわよ」


 もっともだった。武侠は男の価値というものを、何より重んじる。


「お前の言うのももっともだ。では娘、その良宿に案内せい」

「わかりました、剣士殿!」


 おどけた仕草で頭を下げた娘は、こっちこっちと飯屋にいざなってくれた。

 だが、扉をくぐり抜けた途端、凍りついたように動きをとめる。


 飯屋一階、席は埋まっていた。

 テーブルとカウンターを占めているのは、明らかにひと癖ある、ならず者どもだった。金髪銀髪をモヒカンに剃り上げたり、着衣をだらしなく着崩してみたり、とりあえず見る者を不快にさせる工夫だけは人一倍、という連中だ。

 そんなのが、テーブルに尻を乗せている。


「また来やがったね、あんたたち! 商売の邪魔だから出てってくれよ!」


 小娘はシャツの袖をまくり上げて怒鳴った。

 しかし、ゴロつきどもは薄ら笑いを浮かべて、一瞥くれるだけ。


「聞いたかい? 商売だとよ」

「お前の親父に借金の催促してんだから、俺たちも商売なんだけどな」

「お互いさまって奴だ」


 ゴロつきどもは、声をあげて笑った。

 店主と思われる男が、カウンターの中で震えている。

 なにをした借金か。チンピラが堅気の店に乗り込んできてるのだ。おそらくは博打だろう。想像はつく。


「その借金返すために商売してんだろ! 邪魔だからとっとと出てってくれよ! いつまでも借金返せなかったら、困るのはアンタたちだろ!」


 娘の剣幕に、チンピラたちはまた笑う。


「困りはしねぇんだな、これが。……いいか、小娘よく聞け。お前の親父の借金は利息がついて、今や店を手離さないとならねぇ状態よ。だからお前らの商売なんざ、知ったこっちゃねぇんだ! 恨むんだったら、お前の親父の博打下手を恨むんだな!」

「なんだって! 本当なの、父ちゃん?」


 気の毒なほど、店主はしぼんでしまっている。

 だがこれで、博打の借金だということは判明した。

 では、博打で熱くなった店主が悪いというのか? 商売ができなくなるような取り立てが、許されるのか?


 答えは、否だ。


 そもそも賭場というものは、客商売である。またの御来店をお待ちしております、というものなのだ。

 つまり、客を丸裸にした上で借金まで抱えた込ませ、さらには店まで奪うというやり口は、渡世の仁義に反するというやつなのだ。


 ミズホ村にも、賭場はあった。丁半博打で、みな一日の小遣いの中で、勝った負けたを楽しんでいた。

 壷振り師が良かったのだ。そして、胴元も。

 負けが込んでいる客には少々の「勝ち目」を出してやり、儲けている客にはここぞという時に「負けの目」を出してやる。

 テラ銭はきっちり管理されていて、まず胴元の取り分を確保。残りを勝った負けたで分配してゆくという仕組みが、出来上がっていたのだ。


 賭場が盛り上がるか盛り下がるかは、壷振り師の腕しだい。賭場をまかされた支配人、マスター・オブ・セレモニーとも言える。

 それが仁義を忘れた稼ぎ方をするなど、言語道断。おそらく壷振りの腕などではなく、汚いイカサマで絞り取っているのだろう。

 ノボルは男のひとりに近づいた。


「この辺りに、賭場があるのか?」

「なんだ兄さん、興味があるのかい?」

「路銀を少し賄いたくてな。どんな打ち方がある?」

「カードはポーカーにブラックジャック。ルーレットにダイス、麻雀に花札もあるぜ」

「花札はカブか?」

「コイコイもあらぁ」


 面倒事とは思っているのだが、宿をあらためて探すのも骨だ。それに肉が食えると聞いた時から、口の中は受け入れ態勢を整えている。

 そしてノボルは、侠客を好んでもヤクザは嫌いだ。ヤクザは許してもチンピラは許さない。騙すハメるで堅気の者から絞り取るコイツらなど、チンピラ以下の外道である。

 あきらかに、その筋の者たちのルールを、逸脱していた。


「案内してもらおうか」

「いい度胸だな、目の前に借金で首の回らねぇ奴がいるってのによ」


 背中に視線が刺さっていた。振り返るまでもない、小娘の視線だ。

 博打で身を持ち崩した父を前にして、博打をするとは。いや、父がこうなった以上、博打そのものと博打打ちを憎んでいるのかもしれない。


 なんにせよ、軽蔑の眼差しであることは確かだ。


「なあ、この店のことはもういいだろう。今日の商売をさせてやってくれ」

「仕方ねぇな、おう、行くぜ!」


 案内の男がアゴをしゃくると、クズどもはだらしなく立ち上がった。


「主、帰ったら飯にする。肉を仕込んでおいてくれ」


 そして小娘には。


「なんとかしてやる、まかせておけ」


 とだけ言い残した。


 囲まれて歩きながら、どうするか考える。やはり借金の証文を取り返すしかないだろう。

 どうすれば良いか?

 勢いで「まかせておけ」と言ったはいいが、さて。


「兄さん、ヒノモトの者だろ?」


 兄貴分と思われる男から話しかけてきた。


「あぁ、仕事に就こうと思ってね」

「やっぱり、兵隊さんかい?」

「わかるかね?」

「昔一度だけな、ヒノモトの人間を見たことがあってよ、えらく強かったぜ」

「自分のことのように誇らしいな」


 門を曲がった。裏通りになる。


「よう、兄さん。……勝負は一発。あのオヤジの証文賭けて、やらねぇか?」

「それは話が早い」


 良い策が思いつかなかったので、むこうから切り出してくれたのは助かる。

 しかし、相手は外道。そんな話を持ってくるということは、すでに何か仕込んであるのだろう。


「で、俺が勝ったら証文をいただくとして、そちらの勝ちだと、俺はどうすれば良い?」

「話がわかるね、兄さん。まあ、なんてこたない。うちのグループに入って、用心棒をやってくれればいい。腕は、立つんだろ?」


 下卑た笑いをみせてきた。

 間違いない、イカサマが仕組まれている。

 ノボルは確信した。

 その上で、「心得た」と返事する。


「やっぱ俺の見込んだ通りだ。男ってのはそうでなくっちゃな。兵隊さんもいいけどよ、俺たちと旨い酒のんでキレイな女を抱いて、面白おかしくやってこうぜ」


 もう、博打に勝ったつもりらしい。すでにノボルを取り込んだ気になっている。

 なれなれしく肩を抱かれ、そのまま奥に入り、大きめな一軒家に入った。もちろんその家も、四角い構造だった。

 兄貴分がドアの前に立つ。


「俺だ、いま帰ったぜ」


 扉が少し開き、中からうかがうような眼差し。確認がとれたのか、扉は大きく開かれた。

 兄貴分はノボルに向かってアゴをしゃくる。黙って後に続いた。といっても、入り口の前で気配を探り、足から先に入る。いきなり脇から頭を斬られたくないし、腹を突かれたくもないからだ。


 屋内は広かった。そこにカードのテーブルが三卓、花札と麻雀が一卓ずつ。ダイスとルーレットの台まである。

 客は少ない。まだ夕食どころか、勤務時間も終わってないからだ。そしてその客というのも、こいつらの仲間らしい、チンピラばかりである。


 そんなひと山いくらの連中の中、ノボルの視線が離れない男がいた。

 客のついてないダイスの台に脚をかけて、眠っている男だった。剣を抱いている。酒のボトルとグラスがあった。酔っぱらっているかもしれない。


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