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軍師見習いに御座候


 西門で帳簿に名を記し、外へ出る。城壁の外は酪農家の広い芝地と、畑作農家の広い麦畑。濃い緑色にのしかかるような青空に、真っ白な入道雲。焼けた道に無数のバッタが、旅立つ人々を待ち構えていた。

 道はまっすぐなどではない。丘陵地帯に沿うように、うねうねと曲がりくねっている。


「待ち合わせは、この先の農家でしたな?」

「一〇〇人の兵隊が集まれる農家とは、どれだけ豪農なんじゃい?」

「ゴンさん、持っている者は意外なくらい、持っているものだよ」

「ノボさんは農家の出じゃったのぉ? ヒノモトではそんなもんなのかい?」

「まあ……」


 隠し田や隠し畑とまではいかないが、年貢のごまかしは当たり前。米麦は何年間不作でも、充分に食べていけるだけの備蓄がある。

 それだけなら可愛いもの。浮いた農産物を闇で売りさばき、刀剣弓矢、槍に甲冑を買い揃え、王国相手に一戦も二戦もまじえることができる武力を蓄えているのだ。


「……どんなクニじゃい、ノボさんのクニは」

「まあ、そんな国ですよ。……あまり多くは語れませんがね」


 実際にはヒノモト州、その領地全体が要塞と化している、と言われている。これは領主でさえ知らないことで、ノボルもその一部しか知らない。一説には家の配置や道の曲がり具合、その他あらゆる施設が戦闘向けになっている、という話だ。もちろんそのような内情、ゴンに話せる訳がない。「ヒノモトを相手に王国が戦さをするというのなら、悪いことは言わない。すぐに軍職を辞するべきですな」とだけ言うにとどめる。


 二人は広場とも言うべき庭を持つ、豪農の門をくぐった。主が出迎えてくれた。ノボルは紋切り型ではあるが、軍への協力に対する礼をのべる。主はあれこれと不必要な世話を申し出てきたが、それらはすべて断った。

 そんなことよりも、次々と到着する隊士の把握をしなければならない。この炎天下にこれから出陣という兵を、いつまでもさらしておく訳にはいかない。到着を確認した者は、すぐに日陰で休ませる。ただ日が高くなるにつれて、日陰が小さくなるのはいただけなかった。

 そこへ荷馬車が到着する。御者は農夫のような男だったが、隣に見知らぬ男が腰かけていた。男はツバの広い帽子をかぶり、顔がよく見えない。ただ、ローブのようなダラダラとした服を着ている。

 彼は御者台を降りると、ノボルとゴンのもとへ歩いてきた。


「雑兵隊第二小隊第四小隊長、ヒノモト・ノボルさんとタイ・ゴンさんですね?」


 男は帽子を取った。若いというか、まだ幼さが残っているか。短めの銀髪を整髪料で固めて前髪を上げて、少し背伸びしているように見える。この街では小柄な部類のノボルより、少し背が低い。そして肩幅が細く、胸板は薄かった。

 細面の美形、しかし銀縁眼鏡の奥で光る眼差しは、秀才の鋭さがある。


「作戦立案所から案内役として参りました、ロイ・ヤハラと申します」


 若者は頭をさげた。ノボルとゴンも返礼する。


「早速ですが小隊長がた、狭い日陰でひしめき合っている隊士たちに、こちらを」


 荷台を指さす。

 麦わら帽子と、日除けのマントが積まれていた。ゴンもノボルも、マントを羽織った。直射日光が遮られ快適な気がする。


「さあ、到着者の確認とマント配りに別れて、早く隊士日焼けから守ってください」


 ノボルは到着者の確認作業、ゴンはマントと帽子配りに別れた。

 隊士は続々と到着し、手槍と弓、矢筒をのせた馬車も現れた。そちらはヤハラが担当する。

 ノボルたちを手伝うように、分隊長と班長が動く。思った以上に困難な作業は、思った以上にてきぱきと片付いていった。

 しんがりの隊長と副長が到着する。


「ヒノモト小隊長、作戦立案所から派遣された方がいるはずだが、どちらかな?」


 隊長も副長もニタニタしている。作戦立案所は登城勤務……簡単に言うとエリートだ。そこにさっそく御挨拶、ということだろう。

 ノボルはヤハラを指さした。視線を向けた隊長たちだが、拍子抜けした顔をする。


「……若いな」

「……おそらく、候補生あたりでしょう」


 落胆顔の二人にノボルは、「ですが有能ですよ」と答える。事実、ノボルの人員確認はこれで終わり。手分けして順番に作業をしていなかったら、まだまだ時間がかかったであろう。

 ノボルはヤハラに、武器受け渡しの仕事を交代する、と申し出た。するとヤハラは、最後の荷馬車に移動。樽水を兵士たちに飲ませ始めた。

 ゴンのマント配りが終わる。水係はヤハラからゴンに変わった。

 手の空いたヤハラは、隊長たちに挨拶をしていたが、雑兵隊指揮官二人は素っ気ない態度だった。

 すべての作業が終わり、ノボルはヤハラに「次は何をするか」と、指示を仰いだ。

 実は隣の農家に、昼飯を頼んであると、ヤハラは答える。ノボルは小隊ごとに整列させて、第一小隊から順番に出発させた。自分の隊は分隊長たちにまかせて、ノボルはヤハラの護衛とばかり、隣を歩く。ゴンもヤハラに興味を持ったようだ、ヤハラをはさんで反対側にいる。

 ヤハラは水樽の馬車に乗っていた。「みなさんのように、脚が丈夫ではないから」ということだ。無理もない、作戦立案所から来たということは、軍師のたぐいなのだ。そうなると城の中や陣幕の中で、なにやらモゾモゾとしている職種である。ノボルたちのような肉体派と同じに考えてはいけない。


「ヤハラさん、作戦立案所から来たと言ってたが、やはりアレじゃろうか? ……軍師どの、という奴じゃろうか?」


 ゴンの質問は遠慮がない。しかも軍師をつかまえて、「アレ」とか「奴」扱いである。


「軍師とまではいきませんが、候補生……あるいは卵と呼ばれても、差し支えありません」

「お若いようにお見受けするが、いくつの頃から作戦立案所へ?」


 ノボルも訊いてみた。


「一三歳のころに少年士官教育を受けまして、春からようやく現場実習になりました」


 今年で一七になる、と教えてくれた。


「しかし、予定になかった帽子やマントや水樽の用意までするとは、作戦立案所も大変じゃのぉ」

「おまけに昼飯、これから先の宿まで手配だ。雑兵隊はヤハラさんに、頭が上がらないぞ」


 冷たく見えるヤハラだが、静かに微笑む。


「今回の私の仕事は、雑兵隊のみなさんをどれだけ快適に、ビラモア砦まで送り届けるか。……これもまた移動作戦の立案になりますから」


 ゴンはあごを撫でながら、「なるほど」と唸ったが、ノボルもまたうなっていた。

 これだけの人数を移動させるとなれば、これもひとつの作戦と言える。しかも脱走脱落を無くし、体調良好の状態で到着を目的とするならば、かなり綿密な計画が必要になる。

 戦場では、疲労や負傷で泣き言は言ってられない。しかし可能ならば、最後の突撃の瞬間まで、隊のコンディションは維持しておくべきだろう。


「勉強になります」

「光栄ですが、この程度でよろしいのですか?」

「ヤハラどのにとっては当たり前な作業でしょうが、どうも私はガサツな人間のようでして。兵を良好な体調で戦場に立たせる、ということに関しては気配りが足りなかったようです」


 そうですかと、ヤハラは満足そう。戦さに勝利するために、最良の手段を吟味する者としては、現場責任者であるノボルの理解が嬉しいに違いない。


「ではヒノモト小隊長は、兵士の体調をいままでどのようにお考えでしたか?」

「お恥ずかしいかぎりですが、もしも戦場で片腕を落とされても、まだ一本残っている、と」

「は?」

「両腕を落とされたなら、蹴り殺せ。脚までやられたら噛みついて仕留めろ」

「あの……ちょ……」

「歯を折られたら睨み殺せ。命を奪われたなら、これ幸い。祟り殺すことができるだろう、と……どうなされた、ヤハラどの?」


 軍師の卵は御者台の上で、額に手のひらを当てていた。

 が、新たな兵法、新たな軍法に目覚めたノボルの喜びは、さらに言葉を続けさせる。


「しかしヤハラどの、あなたの雑兵隊にほどこしてくださった配慮で、このヒノモトノボル、目を開かせていただきました」

「はい、どのようにですか!」


 瞳が輝いている。若者はいつも孤独だ。理解者を必要としている。その理解者に、俺がなれたなら。その想いを、言葉にのせて伝える。


「体調良好な方が、最後の最後まで闘い抜けますからね。体調不良では腕を落とされただけで、絶命しかねません。やはり戦さ人たる者、相手に噛みつくあたりまではこなしたいもので、ってヤハラどの。……体調がすぐれぬのですか?」


 軍師見習いは、うつろな眼差しだ。どことなく、しなびて見える。


「太陽が黄色く見えたら、それはお楽しみのし過ぎですのぉ」

「ゴンさん、二日酔いかもしれないぞ」

「ノボさん、もう昼時ぞい」

「ゴンさん、その言葉そっくりそのまま、熨斗をつけて返してやろう」


 いえ、お気遣いなく。そう言って、ヤハラはよみがえった。しかし、顔色はよくない。ノボルとしては心配なところだ。


「時に、私は雑兵隊の創設案を耳にした頃から、この部隊には興味があったのですが」

 よろめくように、ヤハラは話を切り出してきた。

「小隊長としてお二人は、何か新しい戦法など、ひらめきましたか?」

「ノボさんの知恵で、盾の使い方は工夫しましたなぁ」

「うかがっております」


 ヤハラに笑顔が戻った。


「ゴンさんのひらめきで、槍封じも練習しました」

「それは聞いてませんでしたね。どのような術ですか?」

「長い梯子で、こう……」


 ノボルは手マネをする。


「こうやって、槍を押さえ込むのです……が、ヤハラどの? 泣いておられるのですか?」


 若者は御者台に突っ伏して、背中を震わせていた。


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