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夏のはじまりに御座候


 初夏、まだ盛りには遠かれど。ノボルたちの初任教育期間が修了になった。短い期間ではあったが、雑兵隊の戦法戦術は、格段に増えていた。

 ノボルが考案した目潰し、槍をからめ取るための長梯子、スリングを使用した投石など。いまや、「お前たちは何の部隊だ?」と問われそうな、何でも屋部隊となりつつある。


 そして、西方への旅立ちの時でもあった。リコへは、昨夜のうちに話を済ませてある。昨日番兵の任にあたっていた者は、その前の夜に家族に別れを済ませている。だから修了の式典が終われば、すぐさま出発だ。

 どの兵士も、ぶらりと出かけるような平服で、バラけての出発。雑兵隊はワイマール軍の秘密兵器である。それゆえに、その正体を知られないように、との配慮だった。

 武器や装備品などは別ルートを使い、荷馬車で運んでくる。合流地点で待ち合わせして、荷物を受けとる手筈になっていた。

 ノボルとゴンは一番最初の出発だ。合流地点へ先行し、荷物と兵士の到着を確認する役割である。ゴンは表門、ノボルは裏門からこっそりと出た。ノボルは回り道で表通りに出る。

 人混みの中、頭ひとつ飛び出したゴンの後ろ姿が。歩く速度はノボルの方が速い。二丁角もゆくと、自然に追いついた。


「ゴンさん」

「おぉ、ノボさんじゃないかい。どうしたんじゃい?」


 ドルボンドの密偵が見ているかもしれない。互いにひと芝居うつ。


「なに、西の大通りまで買い出しさ。下宿の飯屋で調味料が足りないって言われてね。ゴンさんは?」

「俺ぁコレに……」


 ニヤリと笑って小指を立てる。


「香水のひとつでも買ってやるかと思ってな」

「……香水か」

「ノボさんの婚約者には、まだ早いのではないか?」

「だからアレは、まだ婚約者などではないと」

「娘の方は、全然そうは思っとらんぞい! もらってやれもらってやれ!」


 往来の中、豪快に笑う。


「ではゴンさん、一緒に行きますか」

「そうするべそうするべ」


 調味料を買う者と、香水を買う者が一緒に歩くとは、つじつまが合っているやらいないやら。密偵の目をごまかせているのか、いないのか。とにかく並んで歩き出す。

 もちろん、西門へ。


「ゴンさんはこっちの方、詳しいのかな?」


 王城周辺のことだ。


「休みの日に、女と来ることがあったのぉ。……ノボさんは?」

「城下町の視察をと思って、何度か来たことがある」

「娘っ子とかね?」

「……………………」

「図星じゃの。顔が赤い」


 なんだかんだ言って、リコとヨロシクやっている。そのことを指摘されての赤面ではない。

 リコと出かけると、結果的に視察にならなかった、という事実に恥を感じただけだ。決して二人の時間が楽しかったとか、甘い雰囲気を堪能したとか、そのようなことは無い。断じて無い。

 段落を変えて、もう一度言う。

 断固として無い。


「ゴンさんは城の周囲と西側の守り、どう見る?」


 あからさまな話題のすり替えかもしれないが、今のノボルは戦さで頭が一杯だ。それはリコに対する薄情などではなく、戦さ人として職務に夢中になっているからだ。

 それを理解してくれているゴンは、混ぜっ返しなどせずに巨大なアゴを撫でながら言う。


「俺が敵軍なら、攻めたくない街……かな?」

「やはり難しいかね」

「やりにくいのぉ」

「ということは俺たちがこれから先、敵の城を攻略することがあったら、同じ困難が待っているということになる」

「何人兵隊が死ぬかのぉ……」

「戦死者を少なくするのが、俺たちの仕事さ」

「憂鬱になるわい」


 それでもゴンは笑った。


「だが俺たちより、中将の方が責任重大じゃろ? なにしろ軍司令官なんだからのぉ」

「うん……中将なら言うだろうな。『お前ぇらヒヨッコが、戦死者の数なんぞ気にするこたぁ無ぇんだよ! そんなもん俺にまかせて、ガッチリ仕事して来やがれ!』……ってな」

「申し訳ないのぉ……命の責任、すべて中将に押しつけるのは」

「それが俺の仕事でぇ! とか言いそうだな」

「まったくじゃ」


 頼もしい小隊長の、たくましい胸板の向こう、王城を眺める。

 あの中に、敵兵の死を嫌い捕虜にせよと命じる、我らが国王がいる。敵の死を嫌うならば、国兵の死も嫌ってくれるのだろうか? 嫌ってくれるはずだ。そうでなくては、やってられない。中将の講話で、噂にたがわぬかなりの名君であるはず。兵士を駒扱いということは、無いはずだが……。

 だがしかし、これは戦争。いざ敗北、自分の首が落ちるという段で、意思を翻すことはある。もしもそうなったら、土に還った者、陛下の意思に殉じた者に対して、どのように申し開きするおつもりか。


「……………………」

「……ノボさん」

「なんでしょう?」

「顔に鬼相が出とるぞい」

「あ、これは済まない」

「なにを思い悩んどったんじゃ? よかったら話は聞くぞ」

「……なに、戦さをすると決めたからには、国王陛下にもお覚悟を、とな」

「それは心配なかろうて!」


 お得意の哄笑だ。


「あの豪傑、ドラゴ中将が陛下のために働いとるんじゃ。ここは俺たち若輩、ドンと中将の胸を借りて、憂いをあずければいいんじゃい!」


 なるほど、その通り。どうも俺はあれこれなにかに、背負いすぎる傾向がある。俺はまだ、一介の小隊長にすぎないではないか。

 城の脇を過ぎて、そろそろ暑くなってきた。二人で麦わら帽子をかぶる。青空には、積乱雲が盛り上がっていた。

 戦雲、湧く。そんな例えをしたくなる。ノボルの胸も熱くたぎってきた。いよいよ待ちに待った、合戦の時なのだ。これまで厳しい修行を積み、訓練を重ねてきたのは、この一戦のためである。

 いかなる困難、不測の事態が起こるか、まったくわからない。しかしそれは敵にとっても同じこと。おそれてはいけない。むしろ若さを武器に、あらゆる状況を楽しみにするべきだ。となりを歩く、巨漢のように。

 戦雲湧くならば、若者の血も沸く。ノボルはすでに戦さ人なのだから、それで十分なのだ。


 西区域に入ると、こちらもなかなかの賑わいだった。道ゆく人々が、ドルボンドとの一戦を予想したり、敵将の首をいくつ獲れるか噂したりしていた。


「やはりすでに、戦さのことは話題になってるな」

「ノボさんは飯屋に下宿しとるから、噂話はすぐ耳に入るじゃろ?」

「それなりに、ね」


 リコは飯屋の看板娘、客とさまざまな会話をする場合がある。だが、ノボルが夏に出ることは喋らないよう、口止めしてあった。ノボルたちの訓練内容など、リコにすら語っていない。だから雑兵隊という集団がいるのを町人たちが知っていても、どのくらい働ける部隊なのかは漏れていないはずだ。それはリコから聞く、客の噂話からも察することができる。


「しかしゴンさん、町人の噂話というヤツは、何を根拠に言ってるのかわからん、というのが大半でね」

「俺の聞く話も、そんなレベルじゃのぉ」


 ゴンの女は、酒場で働いている。酒場と言っても昼間から飲ませている、いわば憩いの場というもので、いかがわしい店ではない。リコの親父が飯を中心に酒を出すならば、むこうは酒を中心に飯を出している。ごく普通の健全な店だ。

 ゴンの女は一七歳と聞いている。二人とも年頃なので、いつ嫁取りとなってもおかしくはない。ただ、小隊長の給金ではまだまだ賄えないので、もう少し出世してからという約束らしい。

 なにしろ、ゴンはよく食べてよく飲む。そして、「俺はよくヤルからのぉ、給金が安いのに子沢山になりかねん」と笑っていた。

 よくヤル、子沢山になる。というのが、ノボルには理解できる。リコも交えて一度、彼女に会ったことがある。ノラという娘なのだが、美人だからだ。青い髪を長く伸ばし、大人しい雰囲気。背丈があるのだが、巨漢とは釣り合っていた。そしてゴンがイチオシにするのが、乳と尻だった。力強くみずみずしく、若い果実はたわわに実り、ゴンの女ではあるがノボルも一票投じたほどだ。本人は乳や尻の発育を恥ずかしがっていたが、ノボルの評価は「大いに結構」である。

 ちなみに、その日の帰り道。何故かリコの機嫌が悪かったのを覚えている。


 酒場飯屋の噂話など、とるに足らないもの。そうは言っても、当事者としては気になるものだ。

 そのどうでもいい例としては、「すでにドルボンド軍は本国を出発している」とか、「将兵あわせて一〇万を越えた大軍だ」というものがある。これは、我が軍に当てはめて考えれば、すぐにデマとわかる。

 いかに兵は神速を尊ぶといえど、徴兵、訓練の期間がある。ただ人数だけ集めて「兵隊でござい」、とはいかないのだ。それは、軍というものを知らない人間が、話を面白おかしくするために語ったに過ぎない。

 将兵あわせて一〇万も、話が大きすぎる。ワイマール軍の数は、緊急で人を集めても、二万がせいぜい。無理にそれ以上集めると、国が破綻してしまう。同じ規模の国家なのだから、軍経験者ならば推察くらいはできるはじなのだが。

 気になる噂というならば、どこそこのナンタラとかいう将軍が強いとか、なんとかいう武将が槍の使い手とか。そのあたりの話は、ノボルとしても気になるところだった。


「そういやノボさん、今回の遠征で道案内がつくらしいのぉ」

「あぁ、俺も聞いている。……なんでも城から出してくれるらしいね」

「あんまりお堅い奴でなけりゃ、ええがのぉ」


 もちろん雑兵隊には地図があるし、行軍の予定も城に提出してある。無理のない行程でなおかつ、もっとも短い期間で到着できる予定だ。

 ただし、秘密兵器の行軍なので、宿の手配はしていない。ドラゴ中将がそのあたりを懸念してくれたか、作戦立案所から人を出してくれるというのだ。


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