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免許技に御座候


 一日の訓練を終えると、外出可能な日には必ず、ノボルは「めしや」に帰った。


「ただいま」

「お帰りなさい」


 リコが出迎えてくれる。

 ノボルはめしやで、下宿することにしたのだ。勘定方に申請し、給金から自動的に部屋代を振り込んでもらえるよう、手続きを済ませている。


「お兄ちゃん、御飯にする? お酒にする? それとも……」

「それとも?」


 飯と酒以外に、なにかあっただろうか? ノボルは真剣に考えた。

 するとリコは片目をつぶり、腰を突き出して見せる。


「それとも、ア・タ・シ?」

「リコを選ぶと、なにかあるのかね?」

「お店の看板娘、リコちゃんのボディタッチ・サービスを受けられます!」


 おぉ、夜な夜な遊びに来てはジャレついてくる、あれのことか。と思い出した。しかしあれならば、むしろ毎晩リコを寝かしつけてやっている、俺の方がサービスしているのでは、とノボルは思う。


「まずは酒かな」


 湯は、外出前に隊でつかっている。


「え〜〜っ、アタシじゃないのぉ?」

「次に飯、それから部屋に戻る」

「それからそれから?」


 期待に満ちた眼差しで、ノボルを見上げてくる。


「飯のあとは、遊びにくるか?」

「うん!」

「仕事が終わってからだぞ?」

「わかったよ、待っててねお兄ちゃん!」


 ノボルは卓につく。店に入れてあるボトルが、グラスとともに出てきた。琥珀色の酒を、ノボルは食前食中食後の酒として、ゆっくりと味わうことにしていた。

 飯も出てくる。肉をメインにした定食だ。しかもムギメシまでついてくる。下宿なので朝飯も出るが、こちらは前日の残り物が多い。


 食後は部屋に戻り、リコが遊びにくるまで一人、稽古をしたり隊のことを考えたりした。

 目下の案件は、雑兵隊の実戦運用である。個人の戦闘ならば、最近では少々腕に覚えのあるノボルだが、二〇人を率いての戦闘は初めてのことだ。

 しかも戦争である。さらにノボルたち雑兵隊は、戦場全体の中で重要な役割を担っていた。ついでに言うならば、隊長と副長が訓練に出てこないので、実質ノボルとゴンで指揮をとっているようなものだ。


 古参の小隊長たちは言う。


「俺たちは負け戦で逃げるときに指揮をするから、あんたら二人で思い切りやってみな」


 ありがたいことに、事実上の隊長副長と認めてくれている。協力してくれるのだが、それでも隊長副長の二人がなにを考えているのか、ノボルにはわからなかった。


 ちょっとした戦闘案として、ノボルには試してみたい兵器がある。今夜はリコの襲撃まで、兵器の作成に取り組んでみようと思う。


 まずは卓に懐紙を。四つ折りに折り目をつける。部屋の隅に据えた、枕ほどの大きさの麻袋から、砂を一掴みして懐紙に置く。それを散薬でも包むように折り畳み、最後の折り目は爪にしてとめた。

 目潰しの砂の完成だ。使うときには指先で包みの爪をはずし、敵めがけてバラ撒くのだ。両軍激突という瞬間、これをやられると非常に効く。ノボルは一度だけ、師匠から「頂いた」ことがある。経験者だから言おう。

 これは効く、と。

 本当ならば塩や唐辛子を使いたいのだが、不幸なことにそれらは高価で、さらに不幸なことにノボルはブルジョワではなかった。

 小隊長だが、若い。下手をすれば古参の兵士の方が、ノボルより手取りは良いかもしれない。しかも隊外に下宿を持った現在、手取りは激減している。


「ノボさん、訓練期間とはいえ小隊長たる者、妾宅のひとつくらい持っておくものだぞ」


 ゴンは笑って言った。彼はすでに、一人囲っているらしい。なかなか手が早い……もとい、艶福家である。

 しかしノボルが下宿を持ったのは、ゴンに刺激されたからからではない。というか「めしや」は下宿であって、妾宅ではない。もちろんリコも妾ではない。

 ノボルは一人になれる場所が欲しかったのだ。隊の人間も、町の人々もいない、誰にも見られない場所。

 奥南部伝天神一流の免許技を、稽古する場所だ。

 天神一流で最初に授かる技は、切紙と称されている。その数は一二本。主に、基礎体力や基本的な技術を錬成する段階だ。

 切紙一二本を修めた、と認められると、切紙技の名をしたためた巻物を頂戴する。

 ちなみにノボルの場合、ここで内弟子に誘われた。

 切紙の巻物を授かると、次は目録という技を教伝される。この段階の技は、切紙で練った技を応用して使ってゆく。これもまた、一二本。

 次の段階は免許と呼ばれる。一般の門下生で、この技を授かる者はいない。授かったとしても、それは肝心な「使い方」を教わっていない、ただの踊りである。

 何故なら免許技というのは、流派の極意であり、必殺技だからだ。天神一流には六本。これを皆、伝えられた者は、免許皆伝という位置になる。

 さらに上は印可がある。これは剣術の技ではなく、道場経営と後援者の探し方。あるいは後援者との接し方。場合によっては、酒宴の席で後援者相手に披露する一手なども伝えられている。この辺りは師匠が、「お前ぇには必要無ぇ」と、巻物だけ授けてくれた。

 最後は相伝という位。

 これは一人の人間としての生き方、在り方を示したものである。もちろんノボルは、適当な講釈を受けただけで、巻物を授かっている。


 別な言い方をすれば、天神一流は剣の振り方、あつかい方を見るだけで、その生き方在り方を透かして見ることができるのだ。……ただ、そこまで見抜くことのできる人間が、滅多にいないだけである。

 もちろん、今のノボルにも無理だ。だが稽古を重ね年齢を重ねれば、あるいは……。


 めしや二階、下宿する以前に借りたことのある部屋。燭台のロウソクが、ほんのりと灯っている。当たり前のことだが、窓はカーテンで閉ざされていた。

 ノボルは戦さ装束。腰に大小の実刀をたばさみ、狭い部屋の壁に目をやっていた。

 鋭い眼差しでにらんでいたら、さぞ話の種になっただろう。にらんだだけで壁の蝿が落ちたりしたら、講釈のネタになったかもしれない。


 壁に目をやったまま、ノボルはただ立っているだけだった。ただし、構えは中段。切っ先の狙いは敵の目間。

 そこから一足。

 ……斬った。真っ向から……。

 ……構えはふたたび、中段。切っ先の狙いは、仮想敵の目間。

 そこから一足。

 ……突いた。水月を……。

 今度は刀を鞘に納めて、歩き出す。敵とすれ違いざま、背後に回り込み、至近距離での抜刀。斬り落とす。


 刀を納めて、稽古を終える。階段で気配がしたからだ。差し料を腰から外し、ベッドに置く。鉢巻き、たすき、脚半も解いた。剣士ヒノモトノボルから、ただのヒノモトノボルに戻る。


 気配は扉の前に到着。


「リコかい?」


 声をかけると、おどろいたようだった。

 勝手に扉が開く。赤髪のドングリが、ひょっこり顔をのぞかせた。


「すごいね、お兄ちゃん。なんでわかるの?」


 いかんなぁ、とノボルは思った。人の気配がわかるなど、剣士ヒノモトノボルの技ではないか。それでは普通のヒノモトノボルではない。もしかしたら今の自分は、人懐っこいリコでさえ怖がる、人斬りの顔をしているかもしれない。


 だから、普通のヒノモトノボルを演じるために、「甘い香りがしたからな」と答えた。

 リコは遠慮なしに部屋へ入ってくる。


「甘い香り? コロンとかはつけてないけど」

「別な言い方をすれば、娘の香りというやつさ」

「そんな香り、アタシ、するの?」

「あぁ、とても香るね」


 悪く言うと、乳臭いのだ。


 どうやらリコは、稽古あとのノボルを怖がっていないようだった。臆することなく、ベッドに腰掛ける。腰掛けて、見上げてくる。「さっさと隣に座りやがれ」と、言わんばかりに。気配を察しただけの憶測だが、最近のリコはかなり図々しくなっているようだ。

 もともと神経の太いところがあるのかもしれない。仕方なく、隣に腰をおろす。


「それでは今夜も、おつとめさせていただきます」


 ちょこんと頭をさげる。

 つられてノボルも、「よろしくお願いいたします」と口走ってしまう。別に望んだことでもないのに、いつも口走ってしまうのだから、リコは何かしらの術を使っているのかもしれない。

 リコは小さなブーツを脱いで、ベッドに上がってきた。黒いハイソックスが脚を引き締めて、肌を白くみせる。

 ……黒いハイソックス?

 リコは普段、デニムのパンツを着用している。それが脚を見せている、ということは。

 今日のリコは、短いスカートを履いていた。

 いや、今日のリコだけではない。記憶をたどれば、過去にもこのような服装でノボルに挑んで来たいたような……。


 リコは後ろに回ってきた。背中にのしかかって、ハグをしてくる。


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