士気向上に御座候
地図はワイマール王国と、隣国ドルボンド国を示したものだった。どちらも国土面積は、似たようなもの。いや、ドルボンドがわずかに小さいだろうか?
「まず手始めに、今回の戦さがドルボンドとの、水をめぐる戦い、というのはいいな?」
ノボルもそう聞いている。
中将の話は続く。
我が国の川が西方で集まり、ドルボンドへ流れ込む。その水をドルボンドは購入する形で、両国は関係を保ってきた。
つまり、我々にとって、水は商品なのだ。商品であるから品切れを起こさぬよう、常に在庫は確保しておきたい。ということで、西方で水を貯えるためのダムを造ることにした。
ドルボンドは、そこにケチをつけてきたのである。
確かに向こうからすれば、水流を制限できるダムの存在は、脅威となるだろう。
しかし、現実には貯水施設など王国のあちこちに存在していて、ドルボンドへ水制限しようと思えばいつでもできる状況にある。しかしそれをしなかった。
当たり前だ、そんなことをすれば揉め事にしかならない。国同士の揉め事は戦争にしかならない。戦争は国と国民の負担でしかない。ワイマールとしては、回避したい方針だったのだ。
ダム建設は、あくまでも商品を安定して供給するための工夫でしかないと、何度も説明をおこなったのだが……。
ダムの建設現場が荒らされる。作業員がケガをするなど、小さな反対活動からはじまった。
やがて人数が増え、ケンカという表現では済まなくなってきた。死人が出たのだ。そうなると双方、どんどん熱くなってくる。農民同士の小競り合いが、軍を出しての戦闘となり、いざ合戦というところまで来てしまった。
現在は西の大領地、ルグル侯を中心とした一五〇〇の兵士が、最西端の地に陣を張っている。ここに王都軍一〇〇〇を加え、さらに南北諸侯の勢力に応援をたのみ、三五〇〇人規模の軍としたい。
「それが現状よ」
だとすると、ノボルたちは西方へ出征ということになる。
敵の規模は、どれほどと予想されるか? との質問には、同じくらいの規模を予想している、との回答だ。だが敵は国境を乗り越えてやってくる。自陣で戦うワイマールに利があると、中将は言った。
何故、敵軍の規模がわかったのか? という問いには、「密偵を使った」とだけ。密偵をどのように使ったのか? 密偵はどこから情報を得たのか? そのような具体的な話は聞くことができなかった。
で。
現在は両軍とも、武器や兵員の調達に奔走しているところで、激突は夏の盛り。ワグナー侯の治める最西端の小領地、ゾーナ州ビラモア砦での戦闘を予定している。
そのワグナー領ゾーナ州、東から流れてきた川が農地をうるおし、ひとつにまとまって西へと流れてゆく。この、ひとつにまとまった場所にダムを建造する予定なのだが、そんな場所まで敵の進軍を許すわけにはいかない。
ビラモア砦は国境から一キロほど王都寄り。街道が通る集落のような場所だった。そこでドルボンド軍を迎撃する。
国境は両国の間に盛り上がった、小高い岡の峰とされている。共同で築いた長い石塀が、二国を隔てていた。ドルボンド軍が関所を抜け丘をくだると、開けた場所にでる。だが街道の先には泥塀と両脇を山に守られた、ビラモア砦がそびえているだろう。
街道を進んで砦を攻めようとすれば、塀の上から矢が降り注ぐ。両脇の山を登るならば、そこには兵士がひそんでいる。ドルボンド軍は前に進めない、という作戦だ。
そこで山裾に身を隠していた雑兵隊。一気に躍り出て大将首をかっさらい、砦や山から出撃した本隊と合同で、敵兵を生け捕りにする。
以上がドラゴ中将の計画だ。
「しかし、なにも決まってないと言ってた割りに、かなり具体的な計画ですね」
「計画は、あくまで計画よ。なにしろ今まさに、一生懸命泥塀をこしらえてる最中だからな」
砦の構築がドルボンド軍の進撃に、間に合わなかったら? ノボルの問いに中将は笑って答える。
「予測不可能や予定外なんてなぁ、戦さ場では当たり前のことよ。要は、いかにして状況に対応するか? それが重要だろうよ」
なるほど、なにも決まっていない。
「もしも泥塀が間に合わなかったら、砦の中でひと戦さということもありますなぁ」
「いいとこに気付いたな、デカブツ。しかしそんな時は相手も警戒して、こっちの思う通りには動いてくれんだろうよ」
「お互いに、夜間の奇襲をかけ合うかもしれませんね」
「そんなことになったら、お互い敵の陣地はもぬけの殻。スカ引いて終わりだぜ」
しかし、砦の中の戦闘。いわゆる市街戦。その想定は、ノボルの好みだ。広い戦場では、いかに腰抜けでも騎士の速度、突進力にはかなわない。先に大将首をあげられかねない。いやそれよりも、槍兵や剣士隊、雑兵隊が屍の山を築いて開いた突破口を、戦さ場ドロボウのような騎士たちにくれてやるのは、なんとも面白くない。
なんとか知恵を絞って、雑兵隊に手柄をあげさせたいと、ノボルは考える。
「どうでしょう、みなさん。中将から説明があった通り、状況は流動的です。しかし雑兵隊は国王陛下の期待もあり、なんとかして手柄をあげなければなりません。……現在の訓練で、それが可能かどうか。考えてみませんか?」
「小隊長、市街戦と野戦にわけた現在の訓練に、間違いは無いと思います」
「では、訓練の方向性は、これでよしと。みなさん、意見一致でよろしいですか?」
雑兵隊全体がうなずく中、一人が挙手。
「意見ですが。外で市街戦ばかりでなく、屋内戦も視野にいれてみてはいかがでしょう? ……例えば、屋内で小弓を使ってみるとか。屋内から動く的に、素早く矢を射かけてみるとか……」
フム、とノボルはうなった。
「何か具体的な案がありそうですね」
「いえ、剣士隊では屋内に突入する場合、一番最初に飛び込む奴を『死に番』と呼んでるんですが。これをですね、扉を開けた瞬間に矢を射かけてやれば、死に番をむざむざ死なせることもないかと……」
「おう、それは俺も思ったぞ。建物の曲がり角や物陰に、先んじた一矢を入れておいてくれたら、兵も無駄死にしなくて済むってな」
「なるほど、ではこんな弓の用い方などは、いかがですかな?」
集落に似た、ビラモア砦。土壁の四角い建物が並び、通りを形成している。しかし、無人のような砦の中。ドルボンド軍は先見隊を送り込んでくる。一件、また一件。二階建ての建物すべてを、丁寧に探索してゆく。
雑兵隊は待ち伏せていた。足音が近づき、扉が開く瞬間のために、矢を引き絞って。
ドルボンド兵が扉を開ける。途端に射られる矢。弓兵たちは後方へ。追いかけるように、ドルボンドは屋内へ。
しかし待ち伏せ第二班の矢が、それを許さない。
そんな光景が、砦内の建物のあちこちで展開されている。
……………………。
「それもひとつの手ですね」
口を開いたのは、剣士隊にいながら弓の上手という、変わり種の兵士だ。
「ですが小隊長、俺ならこんな使い方を……」
通りを突撃してくるドルボンド軍。しかし建物二階から、雑兵隊の矢が降り注ぐ。ひるむ敵軍、翻る小隊長の軍配。
それを合図に弓の狙いは、全線から後方へ。何故なら建物一階から、雑兵隊槍組が突撃したからだ。
「……なんじゃい、俺たちの弓矢談義は攻め込まれてばかりだのぉ」
「我々が攻めの立場が聞きたいですか? でもそういう話は、先ほど元剣士隊の方がイメージを語りましたから」
「ゴンさん、俺たちが向こうの城に攻めいったら、その光景が見られるだろうさ」
「しかしノボさん、血沸き肉踊る話というのは、実に景気がいいぞい」
兵士は苦笑いして、ノボルを見た。ノボルは「どうぞ」と、うなずく。
兵士が語ったのは、敵城攻略の一節。
攻め込むワイマール軍の目的は、ひとつ。精強の雑兵隊を、敵城の中に送り込むこと。
自軍の期待を背負い、城内に突入する雑兵隊。先鋒は小弓、続いて槍。最後に控えるは抜刀隊。
遠間で弓が威力を発揮、残存の兵を蹴散らすのが槍。占領するは剣士隊なり。
手早い行動に一階はたちまち制圧。階段をのぼり、いざ二階へ。途中、槍を突きかける敵兵がいても、倒れるころには針ネズミ。
部屋改めも手際よく、扉を開ける者と矢を射かける者。槍で突く者とで戦果をわけあう。
そしてついに、敵軍の玉座を占拠。
「なんだか簡単に事が運びすぎて、面白くないのぉ」
「無理言わないでください。私だって即興の話作りなんですから」
ひとしきり笑うと、ドラゴ中将はポンポンと手を叩いた。
「よしよし、お前ぇさん方の士気の高さ、この俺さまが見て取った! どんな困難にみまわれても、どんなに楽な戦場に入っても、その雑兵隊魂を忘れんじゃねぇぞ!」
ハイ、とノボルたちは答えた。
そして全員で、訓練の方法はアレを試してみようか? これはどうだろうと、再び議論に熱中する。
ドラゴ中将の退室にも気づかないまま……。




