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中将講話に御座候


 戦さに出てくる人間の大半は、生きて帰らなければならない農民町人だ、と中将は言う。


「そんな連中のタマなんざ、いくら取ったところで誉れなんぞにゃなりゃしねぇ」


 そんなものより、大将首だと言う。開戦壁頭、敵も味方も被害最小限のうちに、一気に勝負を決める奇襲部隊。それが軽快でなんでもできる、雑兵隊なのだという。


 ここでノボルの心に疑問が湧いた。

 味方の被害を最小限、というのはわかる。だが、敵の被害まで最小限とは、どういうことか?

 まさかとは思うが、戦場に人道を持ち込むバカ殿様なのではないだろうな、という疑いだ。

 その疑問は、別の兵士が質問してくれた。


「そうさな、敵の被害最小限なんて、ふつう誰でもおかしいと思うわな」


 中将は笑った。

 そして、そこがうちの陛下の特別なところよ、と語りだす。

 これは中将自身も、戦さ場で経験しているそうだが、大半の兵士というのは嫌々戦争をしているもので、強い武将や恐ろしい部隊が現れると逃げ出してしまうらしい。

 そんな手柄にもならない連中は斬るな、と陛下は仰せだ。生け捕って来いと命ぜられる。

 何故なら捕虜は、飯さえ食わせておけば働いてくれる、貴重な労働力になるからだ。

 徴兵は家に、村に国に負担をかけるものだ。戦後その負担を軽くするためにも、捕虜を必要としているのだ。


 これにはノボルも関心した。殺せ奪え、それができなければ焼いてしまえというのが、戦争である。そう考えてきた。ところが我らが国王陛下は、戦後というものを意識している。国家の財政のみならず、民の生活を考えてくれているのだ。

 それならば、この国王のために頑張ろう、という気になる。兵の士気も高まるというものだ。例え戦さが長引いたとしても、捕虜が自分の家で働いてくれる……家族の負担を減らしてくれるとなれば、後の憂いも残らない。兵役に集中できるのだ。

 逆に敵側からすれば、こちらの労働力や士気が上がるのに反比例して、あらゆるものが低下してゆく。殺さずの戦さは一見疑問符を打ちたくなるものだが、その実、非常に効率の良い戦略だと理解できた。


「その代わりと言っちゃあ何だが、敵も古参兵や下士官以上になると、気合いの入り方が違ってくる。こいつらは手加減無用。大将首なんぞあげようもんなら、しばらく遊んで暮らせるくらいに、褒美が出るぜ。昇進の方も、まかせておきな」


 褒美の言葉に「おぉ」と、どよめきが起きる。ノボルとしては、「昇進」の言葉の方に心が踊った。褒美など飲んで食って遊んでしまえば、それで終いだ。しかし昇進は軍にいる限り、定期的に俸給として与えられる。しかも昇進すれば、さらに大きな軍を率いることができるから、より多くの手柄を立てることが可能だ。


「そのためにも、本丸への奇襲は必須、か……」


 思わずつぶやく。その声が意外に大きく、自習室に響いてしまった。


 中将にヒョイと覗き込まれた。


「なんでぇ、お前さん。いかにも本丸を奇襲されたみてぇなくちぶりじゃねぇか」


 これには部屋中、大笑いだ。なにしろノボルは、本当に本丸を襲われたのだから。


「じゃあよ、具体的に奇襲を成功させるのに、どんな手を使う?」

「夜戦なんてどうでしょう?」


 志願出身の同期が、積極性をみせた。


「うむ、夜間に敵味方を間違えず、しかも的確に大将首を狙う段取りが必要だな。どのように段取りをするか?」

「……やはり、索敵でしょうか?」

「おいおい、急に自信なさげだな。……大きいの、お前さんわかるか?」


 ゴンが指名された。巨漢は巨大なアゴを、巨大な手のひらで撫でながらうなった。


「……やはり、索敵ですかいのぉ」

「同じだろバカ野郎」


 中将が笑い、みんなも笑った。


「同士討ちを避けるには、合言葉などどうでしょう?」

「そいつぁイイ手だな、ヒノモト衆。じゃあ、大将首を狙うのは、どうやるよ?」

「夜間に、わずかな星明かりももらさぬよう……ジッと目を凝らして……」

「お前もデカブツと同じ人種かよ」


 中将には何か、特殊な手段があるのか? 兵士の一人がたずねた。

 中将はあごヒゲを撫でながら答える。


「とりあえず天幕を、片っ端から火をつけて……」

「わりと酷い手ですね」

「で、『出会え出会え』と叫んだ奴、あるいは庇われている奴が大将首だ」


 なるほど、それは手だ。今度使ってみるかと思う。ゴンも納得したようにうなずいていた。


「信じるなよ、バカ野郎!」


 ……ダメな手でしたか? どこがダメなのか、ノボルにはわからなかった。ゴンも不思議顔だ。


「あの、中将。……普通に護衛の多い天幕。広々とした大きな天幕。人の出入りが多い天幕。野営地の真ん中の天幕を狙ってはどうですか?」

「デカブツとポニー・デコよりは、はるかにマシな答えだな」


 もはや自習室は、爆笑に包まれていた。


「それなりにわかってる解答が出たとこで、護衛だらけで野営地の真ん中に立てられた天幕。どうすれば近づけるよ?」

「まず俺なら、当たるを幸いちぎっては投げちぎっては投げ……」

「デカブツ、お前ぇさんは黙ってろ」

「俺なら勢いにまかせて、次から次へと刀の錆にして……」

「お前たちの小隊長、ひでぇデキだな!」


 ならばと上げられたアイディアは、まず音もなく番兵をとらえてから、その甲冑を着込んで天幕に近づくというものだ。


「それだと敵陣深く潜入できるのは、一人か二人にならねぇか?」

「ウチの小隊長たちなら、なんとか」

「ここの部隊はアレか? 脳みそまで筋肉でできてんのか?」


 中将の模範解答は、こう。

 せっかく背負ってきた矢筒、使わない手は無いだろう。ならば可能な限りの手勢で矢を射かけ、潜入班が飛び込むのを助けてやれないだろうか?


「もちろん矢を射るのは、潜入班とはまったく別角度から。ただしこの手は、危険が生じる」

「敵は多数、雑兵隊は少数という点でしょうか?」


 その通り、中将は満足そうにうなずいた。


「敵の天幕が少数、あるいは完全な奇襲じゃないと、本隊である雑兵隊そのものが危険にさらされる、ってことだ」

「ここは完全な奇襲を選択したいところですね」

「そうなると雑兵隊の多数が、敵に気づかれずに接近する必要がある」

「逆に、気づかせてはどうでしょうか? 敵の番兵をおびき寄せ、護衛を手薄にするとか」


 古参兵たちも、議題に参加する。


「声をあげてゆけば、敵も散り散りになって逃げ出すんじゃないのか?」

「さすがにそれは難しいと思います。本陣ともなれば、そこに集うのは一騎当千。さぞや立派な甲冑を着込んでいるでしょう」

「いやしかし、一〇〇人という人数は少なくない。一気に突っ込めば……」

「それは敵に気づかれず接近できたら、の話ですな」


 いつの間にか、議論は熱を帯びていた。これは中将の仕掛けとわかっていたながら、どうしても考えることをやめられないのだ。

 意見の交換を、後半は黙って眺めていた中将だが、ポンポンと手を叩く。


「さまざまな意見が出たが、いま現在のお前さんたちは二人の小隊長を突破口として、いち早く本陣に手をのばすほか無さそうだな」

「ひとつひとつ、敵陣を乗り越えてですか?」

「ひとつひとつ乗り越えた方が、本陣の連中も逃げづらいだろうよ。挨拶も無しに襲いかかったら、大将首だって逃げ出したいだろうしな」


 それは言えるかもしれない。本陣にたどり着くのは、ノボルとゴン。欲を言えばあと二・三名ほしいところだが。それ以外は突入部隊が背後から斬られぬよう、後ろを守ってくれれば良いのだ。

 少人数の斬り込みは、敵の油断を誘うもの。決して逃げ出しはしないだろう。


「まあ、その辺りはお前さんたちが研究しな。なんだったら、本当に奇襲をカマしたっていいんだからよ」

「本当に何も決まってない部隊なんですね」

「方針だけぁ決まってるぜ、短期決戦ってな」


 なんと無茶な部隊だ。そう思ったのは、ノボルだけではなさそうだ。見渡すと、みんな青い顔をしている。


「無茶は承知。だがさっきも言った通り、お前たちは国王陛下の期待を担っている。このことは忘れるな。……作戦行動に必要な情報は、すべてくれてやる。小隊長以上の者は、本陣天幕への出入りも許可するからよ」


 軽快軽装、とにかく走れ。走らなければ戦さにならない。手槍に半弓という中途半端な装備と、器用貧乏な戦力には、そんな理由があったのだ。


 さあ、どう戦う?

 国王陛下は被害最小限を期待しているぞ。


「中将」


 ノボルは挙手。


「それだけの期待がかかっているのはわかりましたが、その手の仕事は騎士がするものなのではありませんか?」

「騎士が出ると、向こうも騎士を出してくるからな。それにこいつぁ単なる愚痴なんだけどよ……最近の騎士は、死にたがらねぇのさ。だから最前線には着きたがらねぇのよ、だらしねぇ話だがな……」


 でしたら、とノボル。


「近々、我々が送られる予定の戦場。そこの情報を教えていただけませんか?」

「よし、わかった。俺さまの知る最新情報をくれてやる」


 中将は自習室を横切り、壁に貼った地図の前に立つ。


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