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将軍にて御座候


 それでは始めましょうかと、老人はフワリ笑う。

 槍兵たちは決戦の気迫でノボルを取り囲む。右構えに左構え。正面と右左。誘うように槍をしごいている。

 手練れ三人、囲まれた態勢は面倒。

 先手を打って前に出た。まずは右の敵の槍を巻き取った。そのまま宙に飛ばす。その太刀で真ん中の槍を押さえた。左の敵は目で殺す。

 これで三人。残るは老人だけ!

 と、思ったら。


「隙あり」

「ウヒッ」


 脇腹を突かれた。それもくすぐったい程度に。おかげで変な声が出た。


「ぬ……御老人!」

「小隊長、御免!」


 左の兵士も突いてきた、避けられない。さらに一本を取られる。気持ちが揺れた。手の内がゆるみ、押さえていた槍に逃げられて、さらに不覚をとる。

 ノボルたちは戦人。

 どれだけ軽い突き、撃ちであっても、不覚は死につながると心得なければならない。

 それを三本、連続でとられた。ノボルの命は、ここで尽きたと言える。

 だが、落ち込みはしない。こんな敗北は、過去にいやというほど経験している。いや、もっとひどい敗北を経験している、と言った方がいいか。

 苦杯を舐めさせてくれたのは、もちろん師匠なのだが。


 からかうような笑い声が聞こえた。老人の笑い声だ。


「いかがでしたかな、小隊長さん」

「……完敗です」

「なにが原因でしょうな?」

「兵法を用いられました」


 ほ? と老人は目を丸くする。


「どれが兵法かと問われれば、どれもこれもとしか言い様がありませんが……。若輩の目に止まったのは、いきなり本丸を襲う翁の一撃ですね。これは我々も研究しなくては」

「なに、それほど立派なものではありませんよ。年寄りだから他人の力を頼ったまでで」

「……歴戦の方、ですよね?」

「小隊長さんのような有望株に、錆びついた経歴など恥ずかしくて恥ずかしくて」


 歴戦であると、言っているのも同然だ。果たして何者か? 物腰、気品、かなりの身分と見た。

 それではありがとうございました、と頭をさげて老人は立ち去った。

 ノボルとしては、キツネにつままれたように、見送るしかなかった。


「誰か、いまの老人を知ってませんか?」


 我に返って辺りを見回す。兵士たちに問いかけても、首をひねるばかりだ。

 まあ、歴戦の猛者であることは間違いない。ならばいずれ、再開することもあろう。

 どこかの戦場で。

 若いノボルたちは、それまでに少しでも、腕をみがいておかなければならない。

 思いの外、雑兵隊は注目を集めているようだから。


 稽古を再開してしばらく。いかにも走りなれていない、不細工なフォームで副長が駆けてきた。戦闘部隊の副長として、あの姿はいかがなものか? ちょっと表には出したくない、という思いが胸をよぎる。


「訓練中止っ! 訓練中止っ!」


 息を切らせながら、副長が叫ぶ。

 なに言ってやがると、ノボルは口をへの字に曲げた。訓練しない兵隊が、どこの世界にいるか。

 訓練場に顔も出さない上官の言うことなど、聞くつもりは無い。兵士たちも同じ思いなのか、訓練をやめようとしなかった。


「訓練中止っ! 中止っ!」


 とうとう現場に割り込んで来た。仕方なし、兵士たちは動きを止めた。一様に不機嫌な顔をしている。

 だがそんな空気などお構い無し。坊っちゃん面の副長は、瞳をキラキラ輝かせて言った。


「今日はこれで訓練を切り上げて、自習室に移動! ドクセンブルグ軍司令官、ドラゴ中将の講話を拝聴するように!」


 なるほど、お偉いさんがお見えだから張り切っているのか。それはノボルにもわかった。

 しかし、何故このタイミングでか? なんとなくわかるような気もするが……。


 道具を片付け武装をとき、ぞろぞろと宿舎へむかう。

 副長お坊っちゃまだけは、「駆け足っ! 駆け足だ! 将軍をお待たせするな!」と声を荒げていたが、お偉方におもねる上官の言葉など、誰も従いはしない。

 戦場での勝利を目指して一丸となった雑兵隊は、ともに汗を流してくれない者に敬意を払わないという点で、心ひとつに団結していた。


 自習室に入り席に着く。副長は、「そのまま静かに待っているように」と言い残し、部屋を出て行った。


「ドラゴ将軍とは、どのような方ですか?」


 いきなり口を開いたのは、ノボルである。


「何度か式典でみかけましたが、離れた場所だったので」


 古参兵が答えてくれた。


「俺の予想では、銀髪銀ヒゲだと思うのだがね」

「つまりは、先ほどの老人だと?」

「他に考えられないですからね。まだ機能していない、雑兵隊宿舎。そこに現れた謎の老人。そして、突然の将軍講話」

「そんなことになったら、ノボさん。俺は吹き出すのをこらえ切れんぞ」

「ゴンさんが笑うときは、俺も笑ってやる。どっちの声がデカいか、競争だ」

「よし、外出時の酒代をかけるか」

「小隊長がた、それはいくらなんでも、打ち首になりますぜ」

「首だけになったら、酒がいくらでも飲めるのぉ」

「なかなか酔えないだろうがね」


 ノボルの聞きたい話は、古株の小隊長がしてくれた。

 曰く、国王陛下の懐刀。

 曰く、若い頃には「王都の神槍」とうたわれる猛将だった。

 曰く、中将の軍に敗北なし。

 ただし、ワイマール王国はドクセンブルグ軍が出るほどの戦さを、ここ二〇年ほどおこなっていない。あの老人が言ったように、錆びついた経歴とも言える。しかし、中将の軍に敗北なしと言われているが、二〇年前も中将だったのだろうか? 二〇年間も昇進がなかったというのだろうか?

 おかしなところが、気になってしまう。

 入り口に近い新兵が、「来ました」と知らせてくれた。みな自分の席で姿勢を正し、口を閉ざす。

 副長が入ってきた。


「総員起立! おもてを伏せっ!」


 ノボルたちは立ち上がり、頭をさげた。格好のつかない足音がふたつ、教壇を横切る。これは副長と隊長のものだ。それに続いて忍ばせるような足音。

 使い手だ。

 ノボルは感じた。身体をぶらさず、どこも揺らさず。次の動作を気取ることのできぬ、隙のない歩き姿を。

 忍ぶ足音は、教壇の位置で止まった。かすかな衣擦れの音を、ノボルの耳は捕らえる。


「総員、おもてを! 着席っ!」


 副長の号令で顔をあげ、椅子に座る。直接、将軍クラスの顔を見るのは、控える。顔をあげても視線は伏せていた。それが将軍に対する礼儀だ。それは子供でも知っている。

 ノボルたち小隊長は、最前列の席。左から順番に第一第二と並んで、第五小隊長の次は分隊長。一〇番目には新兵が、日直として座っている。

 そのことが、重要なのかだろう?

 重要なのだ。

 なぜなら前列の小隊長分隊長が全員、笑いをこらえて震えていたからだ。

 教壇に立つドラゴ中将は、あまりに予想通り。銀髪銀ヒゲの老人……つまり、あの老人だったからだ。


 中将は口を開いた。


「はて、何か見知った顔が並んでいるような」


 こらえきれず、ノボルとゴンが吹き出した。他の小隊長たちも笑い出す。つられるように、自習室全体が笑いに包まれた。


「よし、笑ったな雑兵ども!」


 中将も笑った。そして、ズカズカと自習室の真ん中に足を運ぶ。


「それでいい。みんな俺に椅子を向けろ!」


 ゴトゴトとやかましい音を立てて、全員中将を中心に向き直る。

 気さくなようでいて、キッチリと全員に言うことをきかせている。と、ノボルは見た。将というものは、これくらい朝飯前にできなければ勤まらないのだろう。と考えながら、ノボルも中将の言葉に従っていた。


「今日、俺さまほどの将軍がお前たちの前に現れたのは、他でもない。お前たちがどれほど、国王陛下の期待を背負っているかを明らかにして、なえるくらいなプレッシャーをかけるためだ!」


 自習室全体に、緊張感が走る。


「そもそもお前ら、なんで雑兵隊が生まれたか、知ってるか?」


 プレッシャーを感じて緊張することすら、中将は許してくれない。気さくな口調につられて、遠慮なく互いの顔を見合わせる。


「わかる訳ぁ無ぇやな! 誰も語ってねぇんだから!」


 緊張感が高まったり、ゆるんだり。雑兵隊は忙しい。ついつい笑い声をあげてしまう。


「ちょっと確認させてくれ。こん中に志願兵出身は、どれだけいる?」


 ノボルたち八人が手を挙げる。


「よし、それじゃあ兵歴三年以上の者は?」


 志願兵をのぞいた、班長以上の兵士が手を挙げた。


「その他は、徴兵で集められた連中だな?」


 若者たちは、首を縦に振る。

 中将は、あけすけなことを口走った。


「お前ら本当は、農民町人の身分なんだろ? 誰が得するかわからん戦さ場に、命なんざかけたく無いやな」


 ノボルは志願兵だが、農民の出だ。生きて帰って、田んぼの世話をしなければならないという事情は、痛いくらいにわかる。



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