謎の老人に御座候
翌日から、続々と兵隊が移ってきた。古参もいれば新参もいる。編成に従って部屋を割り振り、各小隊で自己紹介が始まる。
志願者出身のノボルたちは、みんなに知られていた。それはそうだ、自分たちの試験をしてくれたのが、この兵士たちなのだから。
部屋は、分隊一〇名でひと部屋。二段ベッドとロッカーしかない部屋だ。分隊長一〇名も、まとめてひと部屋。小隊長は五名しかいないが、その分部屋はせまい。隊長、副長は個室。しかし、文机が増えるだけで、せまいことに変わりはない。
一日の日程は、午前は個人の技量を上げるための訓練。午後は隊としての練度を上げる訓練。夕方からは当直を残して外出、翌朝までに帰隊となっている。
ただし、週に一度は夜間の訓練があるので、この日は外出不可。そして月に一度、昼夜通した大がかりな演習も予定されているという。
兵隊の数がそろった頃、ノボルたちの要望が通り、新しい盾が配布された。これで新しい闘い方の研究ができる。
まずは、市街戦における盾対槍を工夫する。
市街戦の特徴として上げられるのは、槍兵が通り一杯に広がり突撃してくることだ。よって、側方に回り込むことができず、正面対正面。数と力押しの勝負になりがちだ。これは古参兵から教わった。
ここで問題は、一定の幅で槍と盾が並んだ場合、数に差が出ることだ。
槍は片手片足をあとに引いてまったくの半身に構える。まったくの半身に構えるのは、相手にさらす面積を少しでも減らすためと、突いた槍が肩幅を入れた分だけ伸びるからだ。
まったくの半身に構えていると、盾兵の倍の数を並べることができる。何故なら盾は槍に向けて、真正面に構えるからだ。まともに正面を向いている人間と、半身に構えた人間。当然のように、槍の方が数を揃えられる。
一定の空間、限定された空間において、数の差は絶対だ。どれだけ盾の操作を工夫しても、最初の時点で不利をこうむっている。
そこで雑兵隊は考えた。
「槍のように、まったくの半身で構えたらどうだろうか?」
雑兵隊は若い部隊だ。ひらめいたら、即実践。
両手でふたつの取っ手を持ち、長槍と正中の奪い合い。
いざ試してみると、これがなかなかに面白い。間合いに差はあるものの、槍は線で攻めてくるが、盾は面で受けることができる。槍の天敵ではないかというくらいに、凶暴な刃を受け流すことができた。
そこでノボルは、もうひと工夫。盾を利用した反撃を考える。
受け流しながら、前に出る。受け流しながら、ただ前に出る。盾を突き出すのではない。腰を入れて、へそから前に出るだけ。構えはひとつも崩さない。
体全体の力よりも弱い腕の力。これで「えいっ」と突くと、盾はヘニョリと明後日の方角に逃げてしまうこともある。しかし、盾と腕と体と脚を一体にして前に出ると、槍に対して力負けしないのだ。
その結果、盾の底辺あるいは仕込んだ刃物で、敵の指を攻めることができる。
「それなら小隊長、こんなのはどうですか」
背中あわせに二人一組。片方は右手右足を前に構える。ちょうど二枚の盾で、矢印を作っている形。
「これなら背中が無防備にならなくて済みますよ」
「狭い場所、限定された空間では、かなり威力を発揮しそうだな」
「逆に広い場所、野戦なんかでは、大きく動いた方がええかもしれんのぉ」
狭い場所では小さく使い、広い場所では大きく使う。兵法の理にはかなっている。
「相手が背中あわせで来たら、どうします?」
「丸い柄を持つ者と、取っ手を持つ者。力負けしないのではないか?」
「それもそうですが小隊長、槍との会敵の前に矢の雨をなんとかしなけりゃなりませんな?」
「それこそ盾を傘にしたらどうじゃい?」
「弓矢から槍に相手が変わるタイミングを、見謝ったら大変なことになりますぞ」
「その頃には矢の雨があがらんかいな?」
議論と実践。そして検証。個人の練度をあげる稽古は、ひたすら続いた。
昼になったが、まだ宿舎は機能していない。つまり食堂は働いていなかった。そのかわり弁当が支給される。
弁当ということで隊長と副長は、事務所で食事を摂った。そういえば午前中の稽古に、二人は顔を出していない。
午後からは槍と盾に別れて、集団での戦闘要領を稽古した。午前中に考案した盾の技術が、隊を組んだ際にどのような効果を出すか? またもや実践と検討である。
あーだこーだと様々な状況を考えながら、ノボルも兵士とともに汗を流していると、長い木槍をかついだ老人が歩いてきた。
誰だろうか? 練兵場は雑兵隊の宿舎になったばかりで、まだ機能していない。つまり他の部隊がここに来ることも無いはずだ。
近づいてきた老人は貫胴衣を着ていた。つまり、これから稽古をするつもりらしい。それにしても、近づきすぎだ。集団の戦闘訓練は、どのような動きになるか、予想がつきにくい。
「失礼ですが」
ノボルは老人に声をかけた。銀髪銀ひげ、上品な笑みを浮かべた老人だった。
「現在集団による戦闘訓練の最中です。危険ですから、少し離れた場所へ移動していただけますか?」
「おぉ、そうですか? そちらさんは、隊長さんですかな?」
「小隊長です。隊長でしたら、宿舎の事務室にいますので……」
「そうですか、小隊長さんですか。実は私も、槍をチョビと使うのですが、一手御指南いただけませんか?」
ちょうど、槍の訓練はしている。しかしノボルは槍の専門家ではない。
「私は槍よりも刀を得意としてますので、槍の稽古でしたら別の者に……」
「刀ですか! これはいい、ぜひとも槍対刀で手解きを!」
「困ったな、槍を相手に刀で闘うのは、愚策なのですが……」
これは師の教えだ。
刀を少々つかえるようになると、どうしても異種試合をしたくなるもの。だが、槍と刀では間合いに差がありすぎる。相手が槍を手にしたならば、槍か弓矢で闘う方が理にかなっている、というものだ。
「老人の戯れですが、どうぞお付き合いを」
頭をさげられては断れない。第一、軍隊の施設の中にいるということは、この老人も軍関係者のはずだ。無下にはできない。
ノボルは兵士たちに声をかけて、訓練を中断させた。
「こちらの方が、槍と刀で稽古をしたいらしい。俺がお相手するので、場所を空けてくれ」
兵士たちの見守る中、ノボルは木刀を合わせた。
さすがは長得物、威圧感がある。しかし肝心の術者はというと。……それほどのものではない。そう判断しなければならない程度の技量と見た。
やあ、とお、と老人は、気合いだけ立派に突いてくる。しかし、ぬるい。いつものように木刀の棟だけで、軽く受け流す。
師の教えに背く訳ではないが、ノボルにとって槍という相手は、与しやすい敵だった。何故なら槍は、「かならず自分を突きに来てくれる」相手だからだ。しかも上手であればあるほど、面、喉、胸、腹の差はあっても、正中を狙ってくれるからだ。
問題は、「いつ突いてくるか?」だけである。それに関しては剣と同じ、身体のこわばりが教えてくれる。
基本に忠実な槍筋ではあったが、さすがに高齢者。姿勢のわずかな崩れを見逃さず、つけこむようにした一足の踏み込み。
そして小手への一刀。
老人は「ほう」と声をあげて、大袈裟に痛がりながら槍を落とした。
「大丈夫ですかな?」
残心。突然の反撃にも対応できるようにして、ノボルは声をかけた。
「いやいや、さすがは小隊長さん。素晴らしい撃ち込みでしたな」
「いえ、まだ未熟です」
頭をさげたが、緊張感は維持している。別の言い方をすれば、この老人に油断は禁物、と思っていた。
これは何者で、何が目的なのか?
緊張感はいつの間にか、警戒心に変わっていた。
「小隊長さん、剣の達者とお見受けしたがもう一手、このジジイにお付き合いいただけませんか?」
そら来た。
思う通りの展開だ。と思ったが、断ることができない展開でもある。兵士たちはノボルの太刀筋をもっと見たいのか、身を乗り出して食い入るように見入っている。
「よろしくお願いいたします」
礼をするしかない。
「それでは少し、助っ人をたのみますか」
老人は兵士たちの品定めを始めた。止める隙も無い。
「君と君と君」
老人が指名したのは、槍の得意な三人だった。
目利きはするどい。ただ者ではないとわかってはいたが、ここまで出来るとは。肝が冷える思いだったが、顔には出さない。しかも兵士三人は、ノボルとの手合わせを喜んで、早速手槍をしごき出している。
面白くない。事が老人の思う通りに進み過ぎている。
肩から戦気が昇るのを、ノボルは止められなかった。
そうか、これは合戦なのだな? それでよろしいかな、御老体。
身体の周りの空気が、戦気に凍りつくのがわかった。




