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おまけ 前編


おまけ


 居城移転も済み首都移転の手続きをしている、まだ冬の寒さ残るある日の出来事。


 いつものように文机で書類の確認をしていると、ヤハラが来た。正座でにじり寄り、一礼。

「殿、お茶をお持ちしました」

「うむ、ありがとう」

 ヤハラはかたわらの茶机に湯飲みを置いて、自分の机へと戻ってゆく。

 茶を一口。口を湿らせる。……旨い茶だった。葉が違うのかと思ったが、どうやらそうではない。煎れ方が違うようだ。

 しかしそれにしても、ヤハラが茶を煎れてくれるとは珍しい。

 槍でも降ってくるのではないか?

 思わず窓の外を見る。

 晴天だった。

 珍しいというならば、今日のヤハラはいつの間にか娘のような洋服に着替えていた。

 ひらひらのついた白いブラウス。細い紐タイ。ハイウェストのスカートに黒いニーソックス。顔つきも丸みを帯び、いつもの険が和らいでいる。もともと線の細い男ではあったが、今日は一段と細く見える。

 そして何より不思議なことは、今日のヤハラは背が縮んでいた。ノボルより小柄なのは確かなのはもともとだ。しかし、さらに縮んでいる。

 世の中には不思議なこともあるものだ。

 ノボルは茶を、もう一口。仕事を再開する。

「殿?」

「なにかね、ヤハラどの」

「今日の私、いつもと違いませんか?」

「ふむ、服装が違うな」

「殿に見てもらいたくて、おしゃれしてきましたから」

 うれしそうに微笑み、何か期待するような上目遣い。他には、と訊いてくる。

「声色が少し、細くなったか」

「殿のために頑張りました。……他には?」

「いつもより、小さくなったか?」

「恋の力です! 恋は女の子を変えるんです!」

 その恋の相手というのは、恐るべき魔法を使うようだな。気をつけよう。ノボルは心に誓った。

「そして殿! 私の恋焦がれる相手は、殿なんです!」

「いきなり胸に飛び込んで来るとは、遠慮が無いな」

「好きです、殿! 愛してます! だから私を……メチャクチャにして!」

 と叫ばれた時、ポカリと音がした。リトル・ヤハラが頭を抱えてうずくまっている。そしてその向こうには、ヤハラが立っていた。

 インテリやくざのような眼差し。いつもの背丈。なじみのある性格が悪そうな顔つき。

 こちらが本物のヤハラだな、と判断する。

「失礼しました、殿。コレにはよく言い聞かせておきますのて、一切合切をお忘れ下さい」

「それはかまわぬが、血縁かね?」

「殿、お忘れ下さい」

 するとリトルが復活。勢いよく立ち上がった。

「兄がいつもお世話になっております! 妹のマキで〜〜す!」

「マキではなくマサキだろ! それに妹ではなく、弟だ!」

 珍しくヤハラが声を荒げている。それに……。

「弟なのかね?」

 信じられない思いだ。可憐すぎるから。

「それには深い事情がございまして」

 いつの間にかマキは兄を押し退けて、ノボルの目の前に正座していた。

「深い事情かね? うかがおう」

「はい」

 あ、こらヤメレというヤハラの声も聞かず、マキはズバリと言った。

「実は殿、私マキは両方ついているのです!」

「両方? ……つまり、ふたなり」

「両性具有、アンドロギュヌスとも言います」

 そのマキは実家にいたのだが、兄からの文でノボルの武勇を聞き及び、嗚呼この方に抱かれたいという一身で、都まで旅してきたということだ。

「ということですので、殿!」

「なにかね?」

「ぜひともこのマキを抱いて下さい!」

「でも俺、奥さんいるから」

「そこをお妾あたりで、もう一丁」

「可愛い女房が二人もいるからな」

「せめて先っちょくらいは」

「熱心だね、君は」

「恋する女の子ですから」

 ヤハラがまたぶった。

 ぐったりしたマキを引きずる。

「すみません、殿。なにとぞコレのことは、すべてお忘れ下さい」

「兄上のイケズ! せめて殿をひと舐めくらいよろしいではありませんか!」

「何をひと舐めするつもりだ、バカ! 田舎へ帰れ!」

「何をひと舐めって……殿の二寸竿」

「俺のは二寸半はあるぞ」

「いえ殿、そういう生々しい話は結構ですから」

 ということで、マキ・ヤハラは兄とともにノボルに仕えることとなった。

 が。

 使ってみればさすがヤハラの血族。頭の回転が早い。特に暗算を得意としていて、沼や池の容積、変形田畑からの穀高など、計算用紙も使わずひと呼吸の間に終わらせてしまう。

「優秀だな、自慢の妹であろう、ヤハラどの」

「いえ、あれは弟にございます」

「どちらにせよ、兄として鼻が高いな」

「なのですが……」

 ヤハラは顔を曇らせた。なぜなら……。

「きゃっ」

 声がした。マキの声だ。そちらに目をやると、マキが書類をバラ撒いて尻餅をついている。

「いった〜〜い……」

 とか言って、なかなか立ち上がろうとしない。妙にモジモジと、ひざをすり合わせている。

 何をしているのか?

 見ていると、絶妙な角度でスカートの中が目に入る。

 頬を染めたマキは、あわててスカートを押さえた。

「……見ました?」

「……ふむ」

「殿のエッチ!」

 耳まで赤い。書類を集めると、逃げ出してしまった。が、立ち止まって。

「……でも、見られたのが殿なら……嬉しいかも」

 やっぱり逃げ出す。

「……………………」

「……………………」

「ヤハラどの」

「訊かないで下さい」

「何かね、いまのは?」

「茶番にございます。お気になさらぬよう」

 ものすごく渋い顔だ。この男にこのような「困った顔」ができるとは、ノボルにとっては意外なことだった。

「しかし殿、お気をたしかに」

「ん?」

「……あれには、ついております」

「うむ、黒いハイレグビキニ越しに聖なるセバスチャンのささやかな盛り上がりが、この目で確認できたぞ」

 黒いハイレグビキニ……そう呟くとヤハラは、ガックリと膝をついた。

 ヤハラには誕生日がある。アンジェリカにもある。しかしリコやノボル、他の兵士たちにはない。つまりヤハラ家というのは、名門という証拠である。

 その名門の一員が、扇情的な黒いハイレグビキニ。なるほど、ヤハラの胸の裡を考えれば、膝をつくのも無理はない。

「だがヤハラどの、俺は今ふと思ったのだが」

「なんでしょう?」

「そんな、またロクでもないことを考えたな、という顔をするものではない」

「ではまともなことを考えたのですか?」

 うむ、とうなずいて。

「もしかしてマキの奴、下履きを見せて俺を誘ったのかな?」

 ヤハラはどっとため息をつく。

「どうしたのかね、ヤハラどの」

「いえ、殿はそのままの殿でいて下さい」

 今にして思えば床の中ならいざ知らず、リコもアンジェリカも日頃はあのような誘い方はして来ない。幼い頃ならまだしも、リコもすっかり和服になれた。コケることは無い。アンジェリカにいたっては幼少からの教育の賜物か、最初から何も問題なかった。

 そういう意味では。

「まあ新鮮ではあったな」

 などとノンキなことを言っていたら、稽古のあとには唸らされることになった。

 いまや国王、つまりノボルの親衛隊とまで昇格した、雑兵第二中隊。その面々に稽古をつけた後のこと。

 兵士たちは風呂に走る。ノボルは一人井戸で汗を流していた。これはノボルの習慣。たとえ井戸に氷の張る季節となっても、全裸で水をかぶるのだ。

 先王から冠を戴くイラストの、たぬき商会謹製手拭いで髪や体を拭いていると、マキが茶を捧げながら現れた。

 新しい襦袢とふんどしを身につけ、着流しに袖を通している時に、「殿、あたたかな茶にございます」と差し出された。

 うむと応えて熱い茶を飲み干す。悪くない気遣いだ。しかし俺は国王となっても、ツワモノである。この気遣いは必要ない。

 ……しかし、本当にそうだろうか?

 例えばノボルが「身体を甘やかす!」と言って茶を拒めば、夜営の中で寒さをものともせず眠りにふければ、ヤハラは暖など取らぬであろう。

 ノボルの懐刀が、その能力のすべてを発揮できなくなるのだ。それは国家の損失であり、ひいては民を飢えさせる元となる。

 湯飲みを返して、マキの頭を撫でた。

 マキは意外という顔をする。

「……どうなされたのですか、殿?」

「うむ、お前の気遣いにひとつ勉強させられた。礼を言うぞ」

「いえ、そんな……殿のお身体は殿お一人のものでなく、兄や家臣のみなさまのものでもあり、ひいては私のものでもあるので、遠慮なくいただきま〜〜す!」

 もう、なれていた。

 手刀をマキの脳天に降り下ろす。

「これこれ、この二寸半は妻たちのものだと、何度言えばわかる」

 頭から煙を吹いて倒れたマキを尻目に、ノボルは悠々と背中を向けた。

 明るく朗らかな性格は、誰からも愛されたようだ。

 ある夜のこと、リコがヒノモト・ハープと呼ばれる、琴を持ち出してきた。それに合わせるように、アンジェリカもバイオリンの音を調べている。

 二人そろって「春の海」。正月でもないのに、春の海だった。

 何かたくらんでいるな?

 ノボルはこっそり手刀を作る。ツッコミの準備というやつだ。

 フスマが音も無く、それでいて素早く開いた。

 振り袖姿のマキである。尺八を響かせる。首の振り方も堂々とした、立派なものだ。

「あけまして、おめでとうございます! 殿、今年もよろしくお願いいたします!」

「うむ」

 さて、リコとアンジェリカをも巻き込んで、どのように出てくるかな?

「それでは殿、年始の挨拶も済みましたところで、早速姫始めを」

「直球かよ」

 脳天チョップはカウンターで炸裂した。

 が、なんとも憎めないところがある。なんと言っても周囲が明るくなる。

 ふたなりという他者とは違いところがあるが、その苦しみや不安、悩みというものを一切見せない。

 これもツワモノのひとつの姿。実に天晴れな在り方と、ノボルも感心していた。


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