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入隊初日に御座候


 夜はリコとともに、リコの部屋で。当たり前のように小娘は、ベッドに座るノボルの隣に座る。

 昨夜のじゃれつく姿とは違い、なにやら大人びた雰囲気をかもしていた。その理由を聞くと、「男の人を知った気分だから」とつぶやいた。子供が何を言う、などと茶化す気にはなれない。本当に、憂いを横顔に漂わせているのだ。


「なにか、心配事でもあるのか?」

「……うん。将来の不安がね……」

「俺もお前も、若い。若い者には先への不安が付き物だ」

「お兄ちゃんも、不安はあるの?」


 もちろんある、と答えた。


「俺も心ひそかに、天下へ出ることを望んでいる。だが何をすれば良いか、わからん。ごく普通の兵士として埋もれ、勤めを果たし昇進をひとつでもすることに、喜びを見出だすことも良いかもしれん。だが、それだけのために、剣を磨いてきた訳ではない」

「よくないの? 普通の兵隊さんじゃ」


 不安そうに見上げてくる。ノボルの腕に、すがりついてきた。あるや無しやの胸乳が、和服の生地を通して感じられた。

 腰に腕を回してやると、身をあずけてきた。そのまま身体をすくい、あぐらをかいた脚の中におさめる。

 向かい合わせの体勢だ。


「そのように改めて訊かれると、やはり不安になる。本当にそれでは駄目なのか? 普通に生きられはしないのか? とな……」

「できないの?」

「普通の生活をできる人間なら、剣士になろうとはしないだろうな」


 ポッスリと、胸の中に顔をうずめてきた。


「あきらめるの、早すぎ」


 頭をなでてやる。昨日はこれで、眠りに落ちたはずだ。

 じゃれついてきたと思えば、人をダメ人間扱いしたり。外出のたびに飯を食いに来いとか、憂いを見せるとか。

 リコは忙しいな、とノボルは思う。

 不安定な年頃なのだから、仕方がないとノボルは判断した。

 この国の国王は、なかなかの人物と聞いている。城下町も、昨日のヨタ者みたいのもいるが、治安は良い。

 店も傾いたりしてなさそうなので、リコに不安の要素があるとすれば、それは年齢からくる不安定さしかない。ノボルは自分の判断に、確証を持っていた。


「……………………」


 リコは眠りに落ちていた。そっと布団の中に入れてやる。

 ノボルはベッドから降りて、床にあぐらをかく。背中をもたれさせると、リコの甘い体臭がただよってきた。

 やはり、子供だな。ノボルは目をつぶって、眠りの旅に出た。


 朝、ゴンとともに宿を出る。リコの「いってらっしゃい」の声に、「うむ、いって参る」とノボルは答えた。

 いよいよ今日から、職業剣士。雑兵隊の一員ではあるが、それでも一応職業剣士だ。春の日差しに若葉が萌え出るように、ノボルの胸も期待にふくらむ。


 通りを渡って稽古場へ。ノボルたちが一番乗りだったが、ほかの合格者六名もすぐに集まった。

 互いに名乗りあっていると、兵士たちが武具を抱えて入ってきた。装備品のようだ。そして士官と思われる男たちも入ってきた。


「入隊おめでとう、私が諸君らの指揮をとる、マック・ゴメスだ」


 マック・ゴメスは金髪を左から分けていて、整髪料で固めた男だった。あまり武官とか猛将とかいう雰囲気はない。どちらかというと、役人の方が似合うかもしれない。


「私はゴメス隊長の補佐をする、副長のサリ・トレイル。厳しくいくから、覚悟しておけ」


 こちらは肌の若々しい、お坊っちゃんといった風情だ。

 隊長と副長の顔を見ただけで、「大丈夫だろうか」とノボルは思った。チラリとゴンを見ると、巨漢も渋面を作っている。ノボルと同じ心境なのだろう。


「まずは装備品を貸与する。それぞれ過不足がないか確認せよ」


 装備品は木板に薄い鉄板を張った盾。弓に空の矢筒。四尺槍にナイフ。他の者が支給されている、鉄兜などの防具は無い。昨日断りを入れておいたからだ。そして剣も。ノボルには大小があれば充分なのだ。


 まずは盾を改めた。腰をおろしたノボルが、すっぽり隠れるサイズだ。矢を射るときに立てるのだろう、脚がついている。普段は袈裟懸けに吊れというのか、革紐がついている。

 しかし。盾というのならもっと縦長に、全身を隠して移動できるような、そんなサイズが欲しい。そして首や肩にかけるのではなく、取っ手をつけて手持ちにしてもらいたい。……できれば取っ手はふたつで。


 弓を改めると、これはサイズが小さすぎる。弦の張りも頼りない、いわゆる弱弓だ。

 雑兵隊が機動力を活かした部隊として運用されるなら、さまざまな場面に対応する必要があるのなら、この弓は必然がある。しかし、前線で盾に隠れて矢を放つというのなら、これでは話にならない。甲冑を着込んだ騎士相手に、盾をかまえた兵士相手に、この弓では矢を通せないだろう。


 槍に関しては、実は少し気に入っている。通常槍は六メートルほどあるが、それは最前線で敵の陣形を崩すための槍兵が使うものだ。しかし、ノボルにとってあの長さは、無駄でしかない。長槍隊は長大な間合いを確保できるが、反面で部隊運用が難しくなる。簡単にいうと、全員一斉に反転することが難しい。移動の際にお互いを傷つけかねないなど、小回りが効かないのだ。

 槍兵の運用は、そういうものなのだ。それはわかるし、正しいと思う。ただ単に、ノボルの好みではないのだ。

 それに、四尺もあれば長槍を制するに、充分である。案外長得物というものは、取り回しに苦労するというか、扱いが難しいのだ。

 そしてこの長さは、剣より間合いがとれる。剣より長く長槍ほど面倒がない。なかなかに便利な長さだと、ノボルは考えている。


 ナイフは問題なし。どうせ小太刀で削れるような鉄質だろうけど。それはそれで良いのだ。転倒した騎士の、鎧の隙間から刃を突き刺すことができれば、それで良いのだ。


 全員、装備品の確認が済んだようだ。副長の話がはじまる。


「すでに知っているかと思うが、我が雑兵隊は新設部隊で実績が無い。よって装備品もこれで決まり、という訳ではない。むしろ諸君の方から、この装備をこうしてくれ、あの装備が欲しいなどという意見を出してもらいたいくらいなのだ」


 ノボルは手を挙げた。


「副長、雑兵隊というのは、戦場においてどのような使われ方をするのでしょうか?」


 副長は誇らしげに胸を張る。


「敵陣にむかい、正面から突撃するのが正規軍ならば、我々は奇兵である。時には敵の側面や後方から攻撃を仕掛け、自軍を有利に導き、時には市街戦で先行し敵を制圧してゆく。場合によっては、真っ先に敵陣深く突入し、陣幕へ斬り込みをかけることもある。まあ、必要とされたら何でもこなさなければならん、ということだ」


 ……要約すると、何も決まっていないのと同じである。いや、ひどい場合には無謀な突撃や、無茶な斬り込みもやらされかねないということか。

 別な者が手を挙げた。


「雑兵隊は何人編成なのでしょうか?」

「現在は戦時編成で、一〇〇人を予定している。先日の試験で五人抜きをした者は、五人組の長である班長に任ずる。一〇人を抜いた者は、ふた班一〇人をまとめる分隊長。二〇人抜いた者は、ふた分隊二〇人を指揮する小隊長となる」

「そして五個小隊一〇〇人の隊長が、私になる」


 役人面の隊長さまが、ふんぞり反った。威厳もなにも感じられない姿に、不安さえ覚えてしまう。

 ノボルとゴンは小隊長ということになる。もしかしたらこの雑兵隊、たよりになるのは自分の隊とゴンの隊、あわせて四〇人だけかもしれない。

 昨夜のリコではないが、憂鬱に飲み込まれそうになった。


「とりあえず編成の話も出たので、それぞれの役職を発表しておく」


 ノボルは第二小隊長、ゴンは第四小隊長に任命された。その他、第一、第三、第五小隊長は剣士隊から人事移動してくるらしい。

 分隊長二名、班長四名が、第三、第五小隊の配属になる。こちらも不足は剣士隊などから選抜されるらしい。

 で、肝心の兵隊はというと剣士隊がほとんどそのまま移動してくるということで、三日までの間に揃うということだ。

 生活の基盤は、東練兵場の宿舎。ここで三ヶ月の訓練をおこない、終業後は本格的な任務に就くという。

 荷物をまとめて、宿舎へ移動する。とりあえず大部屋で荷を置くと、みんなで早速武具の試しに出る。表の野戦訓練場が空いていた。

 まず武器防具を手にした感想、意見を交換した。弓に対する不満は、意外なほど出てこない。志願兵出身者八人は、雑兵隊の運用をすでに理解していたのだ。

 槍は個人的な意見があり、身体の大きな者や身長の高い者は、あと二寸三寸長くても良いのではないか、とあった。ノボルも同意する。

 盾も同じような話になったが、ここではノボルも発言した。


「防具である盾を、そのまま攻め込むための武器として使いたい」

「どのようにですかな?」

「できればもっと大きな盾にして、かつ取っ手もふたつくらいつけてだな……」


 存在しないエア盾を手に、状況を演じてみる。槍を三人並べ、盾三人で押し込み、敵の突きを上に受け流す。


「そして盾の下部にナイフでも仕込んでおいて……」


 敵の下腿を突く、斬るというものだ。


「脚攻めか、これは剣士相手に手槍でもいけそうだな」

「剣対剣でも面白い発想だぞ。案外使えるかもしれん」


 早速、新しい一手の研究が始まった。


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