表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/111

高麗人参に御座候

次の更新は夕方を予定しております。


 しかしそんなノボルでも、少しだけ贅沢をすることがある。

 城の中には許可を受けた屋台が出入りしていた。独身の兵、外まで出るのが面倒という兵が利用している。七日に一度、そこへ飲みに行くのだ。

 飲む酒は決まっていない。時にビール時にヒノモトの酒や焼酎。そして一番多いのは、食後酒とも成りうるウイスキーである。

 この日はおでん、ウイスキーのお湯割りでいこう、と決めていた。

 ロイヤルおでん・小林の暖簾をくぐる。気さくな親父が、「らっしゃい」と声をかけてくれた。

 がんもどきにコンニャク、茹で玉子。そしてホットウイスキーをたのむ。まずはグビリと一口、それから小皿のおでんに箸をつける。

 コップのウイスキーがまだ熱いうちに、次の客がきた。老人だが背広を着こなし、シャンとしている。チラリと顔を盗み見た。高麗人参のようにしなびているが、眼光は鋭い。鼻の下が長く法令線も力強い。さらには耳たぶが豊かであった。

 長者の人相か、とノボルは思った。

「よ、邪魔するぜ」

 老人は言った。

「かまいませぬ」

 ノボルは答えた。

「景気はどうだい、お若いの」

「今は悪いですが、たぬき商会が頑張ってくれてます。景気が上向くのも、時間の問題でしょうな」

 老人はコップ酒。大根と昆布巻きを楽しむ。

「翁は城の者ではありませんね?」

「あぁ、ケチな商いやってらぁ」

 なにがケチなもんかと、毒づいてやりたくなる。すでにノボルは、老人の正体に気づいていた。

「イズモ・タロウどの、ですな?」

「ヒノモト・ノボルたぁ、お前ぇさんのことだろ?」

 肯定も否定もしやがらねぇ。途端に酒が不味くなった。だが顔には出さない。

「翁はどういった御用件で?」

「飲みに来るのに用件もヘッタクレもあるかい。飲みよ、飲み」

 嘘八百とノボルは見た。

「とはいえそうさなぁ、王室倒して自分からわざわざ苦労を背負い込んだ、バカの面は拝んでみたいと常々思ってたな」

「俺はバカ扱いですか」

「初めて知った時ぁ、キョウカのやつ喜んでたぜ。国王からの褒美だってのに、部隊の増設たのんだバカがいる。しかも、国の方で隊の増設はすでに決定してる、ってのによ」

 ……あれか。あれがイズモ・キョウカの気を引いたのか。俺のバカが俺を玉座に座らせたのか。知ってみれば、なんとも奇妙な縁と言えた。

「しかしイズモどの、キョウカどのはあの時点ですでにたぬき商会を立ち上げていたが、何故イズモに残さなかったのですかな?」

 そうだ、何故イズモの競争相手を身内から出したのか? いや、たぬき商会がイズモの肝いりとしてもいい。何故イズモ・キョウカを、元の組織に残しておかなかったのか? そこは難解なところだ。

「お前さんたちと同じよ」

 しなびた人参は、コップ酒をゴクリゴクリ。明らかにアル中の飲み方だ。

「巨大になった王国は、改めなきゃならん。そのための維新だったんだろ? イズモとて同じよ」

 曰く、イズモ・タロウという巨大なカリスマも、そう長くはない。残された時間は少ないのだ。

 だが組織が巨大なまま、カリスマを失ったらどうなるか?

 次の覇権を巡って、組織は乱れる。イズモが乱れたら、世界の経済は混乱を来す。国同士が富を求めて争う。戦さになる。民は飢える。

 そしてそれは長きに渡って続くであろう。イズモ・タロウはそう言った。

「だったらよ、オイラの生きてるうちにイズモを解体しなくちゃならんだろ。バトンタッチの相手をこしらえてな」

「それが、イズモ・キョウカ?」

「べらんめぇ、アレにそんな器量があるかよ」

 組織はもう、巨大にしてはならない。イズモ・タロウは言った。巨大な組織には巨大なカリスマが必要で、巨大なカリスマが死ねば世は乱れる。

「だったら小さい組織をゴロゴロ作ってよ、お互いに連携を取らせりゃいいのよ」

 バトンタッチの相手は、キョウカだけではない。イズモ・タロウの三人の息子と九人の孫が、それぞれ商会を立ち上げているらしい。

「組織は頭の器量にあわせて細分化。いざとなった時にだけ、協力しあえばいい。それ以上とか、もっと上なんざ、手前ぇの器デカくしてからの話ってこった」

「まるで俺に言っているみたいですね」

 コンニャクを頬張る。

 イズモ・タロウは意外そうな顔をしていた。

「なんでぇ、まんざらバカじゃねぇみてぇだな」

「それでもウチの参謀からは、低い評価しか与えられてません」

「それ位ぇでいいのよ」

 人参は昆布巻きにかじりつく。

「頭なんてなぁバカ位ぇで丁度いい。そうでなきゃ部下が働き難くて仕方ねぇや。それにな……」

 噛み砕いていた昆布巻きを飲み込んだ。

「バカでなくっちゃ、国盗りなんざできねぇさ」

 そう言って、またもコップ酒をゴクリゴクリ。

「で、ヒノモトよ。お前ぇさんはどうしたい? この国をよ」

「考えてませんな」

「ほう?」

 人参の目が、ギラリと光った。民に害する愚君ならばこの場で殺すといった、殺気をはらんだ眼光だ。

 だからノボルは言った。

「バカの考え、休むに似たりですからな」

 違ぇねぇと、イズモ・タロウは笑った。

「それに口はばったいですが、いざとなればヒノモト・ノボル。天神一流皆伝の腕、まだまだ鈍ってはおりませぬ」

「物騒な国王もいたもんだな。できるだけ穏便に頼むぜ」

 残りの大根と酒を片付け、イズモ・タロウは立ち上がった。「いつもの通りにな」と言って、勘定を払わずに去ってゆく。

「これからのこたぁよ」

 立ち去るイズモ・タロウは最後に一言。

「お前ぇら若いモンにまかせるぜ」

 飄々とした千鳥足。しかし行く先は決まっているのだろう。財界の巨人は闇に消えてゆく。

 ぬるくなったウイスキーを一口、ノボルは広いのかしなびているのか分からない背中を見送った。

「……あの」

「どうした、親父」

「先ほどの方の、お代を」

「は?」

 親父、何を言っている? ノボルには理解できなかった。

「ですから、先ほどの方のお代を」

「ツケではなかったのか?」

「いえ、うちは現金商売が信条でして」

「だが先ほど……」

「えぇ、おっしゃいましたね。いつもの通りにと。ですからいつもの通りに、相席の方から頂いてるんです」

 タカリかよ、金持ちがっ!

 いやしかし、アレの孫娘は「たぬき」を名乗っているのだ。その上をゆく古狸は、「たぬき」を名乗らぬ狸といえよう。

 などと感心している場合ではない。親父が困っている。勘定を済ませなければならない。

「親父、俺の分をふくめていくらだ?」

「ヘイ、こんだけになります」

 ノボルは袂の小銭を探った。親父の掌にのせる。

「ひぃふぅみのよの……お客さん、ちょっと足りませんな」

「そうか、ではツケておいてくれ」

「困りますよ、お客さん。先ほど申し上げた通り、うちは現金商売なんでさぁ」

「そうか、ならば家から取って来る。しばし待たれよ」

 ノボルは城を指さした。

 親父はニッコリ。

「兵隊さーーん、兵隊さーーん! 食い逃げですよーーっ!」

「ちょ、待てぇっ!」

 闇の中から足音が響く。わらわらと兵隊たちが駆けてきた。

「食い逃げだとっ!」

「ふてぇ野郎めっ! お縄だ、お縄っ!」

「国王の屋台政策に味噌つけるたぁ、手前ぇボルザック派だなっ!」

 いや待て、俺がその国王だから。

 しかしそんなことは言えない。国王が食い逃げの疑いなのだ。ここは逃げるか!

「逃げたぞ! 殺っちまえ!」

「こちとら寒い中、仕事に励んでんだ! 手前ぇみてぇな外道、絶対ぇ許さねぇからなっ!」

 呼び子が鳴る。次から次へと追っ手が増えてきた。ノボルは「ヤハラを呼べ」と叫ぶ。ヤハラなら代金を払ってくれるはずだ。

 困ったときはヤハラに泣きつけ。

 ヒノモト・ノボルという国王は、まだ未熟。

 まだまだ持論を卒業できずにいた。

「ヤハラーーっ! ヤハラーーっ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ