高麗人参に御座候
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しかしそんなノボルでも、少しだけ贅沢をすることがある。
城の中には許可を受けた屋台が出入りしていた。独身の兵、外まで出るのが面倒という兵が利用している。七日に一度、そこへ飲みに行くのだ。
飲む酒は決まっていない。時にビール時にヒノモトの酒や焼酎。そして一番多いのは、食後酒とも成りうるウイスキーである。
この日はおでん、ウイスキーのお湯割りでいこう、と決めていた。
ロイヤルおでん・小林の暖簾をくぐる。気さくな親父が、「らっしゃい」と声をかけてくれた。
がんもどきにコンニャク、茹で玉子。そしてホットウイスキーをたのむ。まずはグビリと一口、それから小皿のおでんに箸をつける。
コップのウイスキーがまだ熱いうちに、次の客がきた。老人だが背広を着こなし、シャンとしている。チラリと顔を盗み見た。高麗人参のようにしなびているが、眼光は鋭い。鼻の下が長く法令線も力強い。さらには耳たぶが豊かであった。
長者の人相か、とノボルは思った。
「よ、邪魔するぜ」
老人は言った。
「かまいませぬ」
ノボルは答えた。
「景気はどうだい、お若いの」
「今は悪いですが、たぬき商会が頑張ってくれてます。景気が上向くのも、時間の問題でしょうな」
老人はコップ酒。大根と昆布巻きを楽しむ。
「翁は城の者ではありませんね?」
「あぁ、ケチな商いやってらぁ」
なにがケチなもんかと、毒づいてやりたくなる。すでにノボルは、老人の正体に気づいていた。
「イズモ・タロウどの、ですな?」
「ヒノモト・ノボルたぁ、お前ぇさんのことだろ?」
肯定も否定もしやがらねぇ。途端に酒が不味くなった。だが顔には出さない。
「翁はどういった御用件で?」
「飲みに来るのに用件もヘッタクレもあるかい。飲みよ、飲み」
嘘八百とノボルは見た。
「とはいえそうさなぁ、王室倒して自分からわざわざ苦労を背負い込んだ、バカの面は拝んでみたいと常々思ってたな」
「俺はバカ扱いですか」
「初めて知った時ぁ、キョウカのやつ喜んでたぜ。国王からの褒美だってのに、部隊の増設たのんだバカがいる。しかも、国の方で隊の増設はすでに決定してる、ってのによ」
……あれか。あれがイズモ・キョウカの気を引いたのか。俺のバカが俺を玉座に座らせたのか。知ってみれば、なんとも奇妙な縁と言えた。
「しかしイズモどの、キョウカどのはあの時点ですでにたぬき商会を立ち上げていたが、何故イズモに残さなかったのですかな?」
そうだ、何故イズモの競争相手を身内から出したのか? いや、たぬき商会がイズモの肝いりとしてもいい。何故イズモ・キョウカを、元の組織に残しておかなかったのか? そこは難解なところだ。
「お前さんたちと同じよ」
しなびた人参は、コップ酒をゴクリゴクリ。明らかにアル中の飲み方だ。
「巨大になった王国は、改めなきゃならん。そのための維新だったんだろ? イズモとて同じよ」
曰く、イズモ・タロウという巨大なカリスマも、そう長くはない。残された時間は少ないのだ。
だが組織が巨大なまま、カリスマを失ったらどうなるか?
次の覇権を巡って、組織は乱れる。イズモが乱れたら、世界の経済は混乱を来す。国同士が富を求めて争う。戦さになる。民は飢える。
そしてそれは長きに渡って続くであろう。イズモ・タロウはそう言った。
「だったらよ、オイラの生きてるうちにイズモを解体しなくちゃならんだろ。バトンタッチの相手をこしらえてな」
「それが、イズモ・キョウカ?」
「べらんめぇ、アレにそんな器量があるかよ」
組織はもう、巨大にしてはならない。イズモ・タロウは言った。巨大な組織には巨大なカリスマが必要で、巨大なカリスマが死ねば世は乱れる。
「だったら小さい組織をゴロゴロ作ってよ、お互いに連携を取らせりゃいいのよ」
バトンタッチの相手は、キョウカだけではない。イズモ・タロウの三人の息子と九人の孫が、それぞれ商会を立ち上げているらしい。
「組織は頭の器量にあわせて細分化。いざとなった時にだけ、協力しあえばいい。それ以上とか、もっと上なんざ、手前ぇの器デカくしてからの話ってこった」
「まるで俺に言っているみたいですね」
コンニャクを頬張る。
イズモ・タロウは意外そうな顔をしていた。
「なんでぇ、まんざらバカじゃねぇみてぇだな」
「それでもウチの参謀からは、低い評価しか与えられてません」
「それ位ぇでいいのよ」
人参は昆布巻きにかじりつく。
「頭なんてなぁバカ位ぇで丁度いい。そうでなきゃ部下が働き難くて仕方ねぇや。それにな……」
噛み砕いていた昆布巻きを飲み込んだ。
「バカでなくっちゃ、国盗りなんざできねぇさ」
そう言って、またもコップ酒をゴクリゴクリ。
「で、ヒノモトよ。お前ぇさんはどうしたい? この国をよ」
「考えてませんな」
「ほう?」
人参の目が、ギラリと光った。民に害する愚君ならばこの場で殺すといった、殺気をはらんだ眼光だ。
だからノボルは言った。
「バカの考え、休むに似たりですからな」
違ぇねぇと、イズモ・タロウは笑った。
「それに口はばったいですが、いざとなればヒノモト・ノボル。天神一流皆伝の腕、まだまだ鈍ってはおりませぬ」
「物騒な国王もいたもんだな。できるだけ穏便に頼むぜ」
残りの大根と酒を片付け、イズモ・タロウは立ち上がった。「いつもの通りにな」と言って、勘定を払わずに去ってゆく。
「これからのこたぁよ」
立ち去るイズモ・タロウは最後に一言。
「お前ぇら若いモンにまかせるぜ」
飄々とした千鳥足。しかし行く先は決まっているのだろう。財界の巨人は闇に消えてゆく。
ぬるくなったウイスキーを一口、ノボルは広いのかしなびているのか分からない背中を見送った。
「……あの」
「どうした、親父」
「先ほどの方の、お代を」
「は?」
親父、何を言っている? ノボルには理解できなかった。
「ですから、先ほどの方のお代を」
「ツケではなかったのか?」
「いえ、うちは現金商売が信条でして」
「だが先ほど……」
「えぇ、おっしゃいましたね。いつもの通りにと。ですからいつもの通りに、相席の方から頂いてるんです」
タカリかよ、金持ちがっ!
いやしかし、アレの孫娘は「たぬき」を名乗っているのだ。その上をゆく古狸は、「たぬき」を名乗らぬ狸といえよう。
などと感心している場合ではない。親父が困っている。勘定を済ませなければならない。
「親父、俺の分をふくめていくらだ?」
「ヘイ、こんだけになります」
ノボルは袂の小銭を探った。親父の掌にのせる。
「ひぃふぅみのよの……お客さん、ちょっと足りませんな」
「そうか、ではツケておいてくれ」
「困りますよ、お客さん。先ほど申し上げた通り、うちは現金商売なんでさぁ」
「そうか、ならば家から取って来る。しばし待たれよ」
ノボルは城を指さした。
親父はニッコリ。
「兵隊さーーん、兵隊さーーん! 食い逃げですよーーっ!」
「ちょ、待てぇっ!」
闇の中から足音が響く。わらわらと兵隊たちが駆けてきた。
「食い逃げだとっ!」
「ふてぇ野郎めっ! お縄だ、お縄っ!」
「国王の屋台政策に味噌つけるたぁ、手前ぇボルザック派だなっ!」
いや待て、俺がその国王だから。
しかしそんなことは言えない。国王が食い逃げの疑いなのだ。ここは逃げるか!
「逃げたぞ! 殺っちまえ!」
「こちとら寒い中、仕事に励んでんだ! 手前ぇみてぇな外道、絶対ぇ許さねぇからなっ!」
呼び子が鳴る。次から次へと追っ手が増えてきた。ノボルは「ヤハラを呼べ」と叫ぶ。ヤハラなら代金を払ってくれるはずだ。
困ったときはヤハラに泣きつけ。
ヒノモト・ノボルという国王は、まだ未熟。
まだまだ持論を卒業できずにいた。
「ヤハラーーっ! ヤハラーーっ!」




