立って半畳寝て一畳に御座候
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維新は成った。ボ軍の密偵に関しては、現在処分待ちというところだ。
王族……后や姫、第一王子が残っていたが、王位開け渡しの儀式が済んだら、用はなくなる。
ノボルとしては、彼らに罪は無いので生かしておいても構わないのだが、そうすると後々厄介の種になりかねない。残念ながら処分せざるを得ないだろう。現在は幽閉されている。
そして……。
そしてノボルたちはドクセンブルグの城に移り住んでいた。とはいえ、長々と居座るつもりではない。早々にルグル侯と城を交換しなくてはならないからだ。
「それにしてもノボルさま、まさか私がお城に住むとは考えてもいませんでした」
リコが乳飲み子を抱えて微笑む。リコの産んだ子だ。名はコイチロウとした。男児である。
「姉上、城住まいだけで驚いている場合ではないぞえ。なにしろ姉上は、国王の第一夫人なのじゃからのぅ」
第二夫人ではあるが、后の位を辞したアンジェリカが、ツバキのゆりかごを揺らしていた。
「しかし二人とも、俺の玉座などというものも泡沫の夢に過ぎぬ。もっと民を思い国を栄えさせる勇者が現れれば、すぐに席をゆずるつもりだ。あまり贅沢になれぬようにな」
ノボルが言うと、アンジェリカは苦言を呈した。
「それは間違いじゃ、主どの。一度玉座に腰をおろしたなら民の声をよく聞き千代八千代、何代にもわたり安寧を約束するものじゃ。軽々しく玉座を離れることは、許されぬことじゃぞ?」
内心うへぇと、嫌な気分になる。やっぱり俺が国王かよ? というのが本音だ。国王を倒したからには自分が王。その話はヤハラから聞いていたし、事前の準備もあった。それでも、「俺が王族かよ」という気持ちには変わりが無い。
しかし二人の妻に、そんな顔は見せない。ただどっかりと、畳に胡座をかく。
「難しい話はそこまでだ。朝飯にしよう」
つまり国王となっても、ノボルたちは早起き、ということだ。
アンジェリカが飯をよそってくれる。米を麦、粟、豆などでふかした(量を増やした)五穀米である。米といっても、きれいな白米ではない。粗末な玄米だ。それにリコが注いでくれた味噌汁。豆腐とネギのもの。そこに漬物。いつもの朝食だ。なにも変わりは無い。
「殿、失礼します」
ヤハラが入ってきた。書類を抱えている。仕事の顔をしていた。
だがノボルと目が合うと、嫌そうな顔をする。
「おう、ヤハラどの。一緒に飯でもどうだ?」
「いえ、朝は食べない主義ですので」
「それはイカンのぅ、ヤハラどの」
「マユさんは朝御飯を作ってくれないのですか?」
「いや、そのようなことは……というか、殿。それはどうにかなりませぬか?」
ヤハラはさらに苦い顔。
「何か問題があるかね?」
「大ありです!」
ヤハラは声を荒げた。
「どこの世界に、玉座の間に畳三枚敷いて暮らす国王がいるのですかっ!」
そう、ここは玉座の間。ノボルたちは、その片隅に三畳間をしつらえて寝起きしていた。家具も寝具も倉庫に住んでいた頃のもの。食事もリコとアンジェリカが拵えてくれていた。
「ヤハラどの、何か問題でも?」
「激しくあります! これでは王として威厳がたもてません! 第一、来賓が見えた時はどうするんですかっ!」
リコが立ち上がった。アンジェリカも手伝う。二人は三畳間の空間を、粗末な屏風で隠した。
「いや、そういうことではなくてですね……」
「ヤハラどの、ヒノモトにはこのような格言がある。立って半畳寝て一畳、チ〇コ立っても二寸半」
「天下取っても二合半でしょうに。……いえ、仰りたいことはわかりますが……」
いいんだよ、とノボルは遮った。
「国王の自覚はある。ならば生活は民と同じ。それでいいのさ」
ボルザックが無駄遣いしてくれたおかげで、城の金蔵は空っぽに近い。その上イズモに無心してたぬき商会へ委譲した債権も、未払いのままである。とてもではないが、贅沢などする気にもならない。
幸いにして年貢は通常通り集めることができたが、それでも余裕が無いことには変わり無い。
「王族となったヒノモトに斯様な貧困を強いるとは、すべてこのヤハラの不覚」
ヤハラはうつむき、唇を噛み締める。
「真面目じゃのぅ、ヤハラどのは。主どのも少しは見習ってみては、いかがかのう?」
「いやいやアンジェリカ、あれはヤハラどのの策じゃ。今のヤハラどのは、この阿呆引っ掛かってくれんかな、という心境さ」
チッと舌打ちの音が聞こえた。図星かよ、この男。ノボルの方が舌打ちしたい気分だった。
「さあさあ、みなさん。難しい話はそこまでにして、お漬物でも一皿いかがですか?」
「いやですから御后さま! 糠床をかき混ぜないでください!」
「アンジェリカ、昨日ヒノモトから納豆っていう食べ物が届いたの。ヤハラさんにお勧めして」
リコは無邪気に藁束を割る。その中には糸引く御豆が横たわっていた。
「主どの……なんじゃこの、人類に対しあまりにも友好的とは言えぬ、攻撃的かつ好戦的……それをはるかに越えたパグネイシャスな香りは?」
「アンジェリカ、これは納豆という栄養満点な食材だ。炒めると、さらに香しいぞ? ……リコ、たのむ」
はいと言って、リコは大鍋で炒めはじめた。ノボルとしては懐かしい香り。ヤハラとアンジェリカにとっては奇跡の香りが充満した。身悶えている。しかしそこに余った麦飯が放り込まれ、無情な醤油が垂らしこまれた。
ジャンジャンジャンと、鍋を振るうリコ。さらなる飯を心待ちにするノボル。逃げ出そうとするヤハラと、その足を蹴たぐるアンジェリカ。這いつくばって逃げようとするヤハラを、アンジェリカはヒノモト柔術の寝技で引き留める。
「はい、出来ました。召し上がれ!」
皿に盛られた焼き飯は、実に食欲を増すものであり、一日の活力となる糧。もっと分かりやすく言うならば、朝からご馳走であった。
行儀は悪いが、皿を持ち上げてノボルは掻き込む。とにかく頬張って、強靭な歯で噛み砕きたくなる食感。とにかくもう、たまらない味わいだ。
リコは上品に匙ですくいながら。しかしノボルが、「誰も見ていない。大丈夫だ」と言うと、こちらも食の楽しみを存分に堪能し始めた。つまり、がばがばと掻き込んだ。
「……くぅ、姉上が食すならば、妾も口にせん訳にはいかぬのぅ……」
どうにか這い上がったアンジェリカが、納豆焼き飯の皿を持ち上げた。明らかに、鼻で息をしていない。
が。
パラパラにほぐれた焼き飯を口にした途端、まぶたがパカッと開いた。次々口に運び込む。というか、元ドルボンドの姫という身分も忘れて、どんどん口に放り込んだ。
「どうかね、ヤハラどの。納豆焼き飯は……旨いぞ?」
「いえ、私は結構です」
「そうか? ではリコ、マユにレシピを授けてやれ」
「モゴモゴ……ふぁい、ふぁはりふぁひふぁ!」
「お前、まだ食ってたのかよ……」
とても后とは思えないリコ。后の冠を拒んだアンジェリカ。
もちろん王族としては間違っている。
だがしかし、俺はこうとしか生きられない。こんな形でしか、民を愛せない。
「ふひようふぁふぁ、ふぉふぇふぁ」
「殿、口の中のものは飲み込んでから喋ってください」
「ゴックン。……いや、不器用だな俺は、と言ったのさ」
「誰があなたに器用さを求めましたか? 申し出てください。このヤハラが裁いて御覧にいれましょう」
「ではヤハラどのは、俺に器用さを求めていないのか?」
「はるか昔にあきらめました」
それはそれで傷つくねぇ。とノボルは思った。
「殿は不器用上等。その不出来は、このヤハラが引き受けます。ですから殿は、器用さなど覚えないでください」
それが貴方の良いところなのですから。とでも言いたげな雰囲気だ。
「御飯が一層おいしいですねぇ、アンジェリカ?」
「そうじゃの、姉上。今度レシピを妾にも教えてたもれ」
民のこしらえた食糧に感謝をし、その感謝に報いること。ノボルは改めて思う。やはり王族となるのだなと。




