その2
またもや指が走ってます。
「よ、ダンナ」
闇の中から声がかかった。
「おう、ライゾウか。久しいな」
「ありゃりゃ、こりゃまた派手にやりやしたねぇ」
国王の亡骸を見ているようだ。しかしライゾウは未だ、闇の中にあり姿を見せない。
「なにか動きがあったのか?」
「そうそう、ボルザックが捕まりやしたぜ」
しかしライゾウの話では、本人はボルザックであることを否定をしているという。
「ライゾウ、お前はボルザックを知っているのか?」
「もちろんでさぁ。捕まったのもボルザック本人。オイラが保証しますぜ」
「まったく、舐められたものだな。俺たちが密偵を城に入れてるとは、考えてなかったのか?」
それについては、それどころではなかった、というのが正しいようだ。いかにボルザックの懐に呼び戻されたとはいえ、ボ軍の密偵たちはノボルの動きを察していたらしい。しかし金銭に窮していたのが、ボルザックの判断を誤らせたらしい。ボ軍密偵たちは思うような働きができなかったようだ。
それに、カイたちに面が割れたのも痛かった。未だ城につとめているが、早いうちに処理した方が良いだろう。
それよりボルザック。
本人がボルザックであることを否定しているのなら、首実験というか本人確認が必要となる。
「それでしたら殿、私におまかせいただけませんか?」
ヤハラが名乗りをあげた。
陣幕の中には、ノボル一人。ヤハラは姿を隠してしまった。そこへロウ入道とテライモに引っ立てられ、人相の卑しい男が連れて来られた。
ノボルは折り畳み式の椅子に腰かけたまま、地べたに座らされたボルザック……らしき男に向き直る。
「俺はヒノモト・ノボル。西方決起軍の総大将である」
「これはこれはヒノモトさま。この身分卑しい者にあまりな仕打ち。なにかの手違いかと思われます」
どうか放してくれと、男は懇願する。
「俺たちは国を傾けた大悪党、ボルザックという者を捜している。お主のことではないのか?」
「滅相もございません! 先ほどから家臣の方々にも訴えているのですが、あたしゃただの靴磨きでございます」
なるほどなぁと、アゴを撫でながら。
「ではお主、ボルザックがどこへ逃げたか知らぬか?」
「へい、下男長屋の靴磨きとして、あたしに成り済ましてまさぁ」
なるほど、俺たちがボルザックの顔を知らぬ、と踏んだな?
にわかに怒りがこみ上げた。長屋の靴磨きをボルザックに仕立て上げ、俺たちに殺害させ、自分は逃げ延びようという腹なのだ。
「ならば今ひとつ問う。ボルザックの人相、特徴はどのようなものだ?」
男はスラスラと答えた。ツルツル頭の太っちょらしい。
「よし、それではこの男の身柄は、長屋捜索が終わるまで確保しておこう」
ちらりと盗み見たが、男は安堵の表情を浮かべていた。そしてその瞳には、「かかったな、阿呆めが」という、生ずるいかがやきがある。
「誰か、この男を見張っておけ」
ノボルが命じると、陣幕の外から兵が一人。男の肘を掴んで立ち上がらせた。
「閣下、お久しぶりですな」
兵が声をかける。
男はつい兵に目をむけた。その表情がみるみる青ざめてゆく。恐怖の色、そのものだった。
「あっ、貴様! ……ヤハラっ!」
そしてしまったとばかり顔をゆがめた。
「おや、私を知っている靴磨きがいるとは、なんとも解せませんなぁ」
「お、おのれ謀ったなっ!」
「なにを謀ったというのだ、靴磨き」
しゃあしゃあと、ノボルも訊く。
「お前は靴磨きだろ? それともこのヒノモト・ノボルに、偽りを申したというのか?」
醜く、いやらしく、ボルザックは顔をゆがめた。
「……お、おのれ小童どもが……」
「黙れゲスがっ! 靴磨きをボルザックと偽り我々に殺害させ、己はまんまと逃げ延びようという姑息な魂胆っ! 城にある者として見苦しいにも程があるっ!」
奇声を発して、ボルザックはヤハラの腕を振り払った。
逃げるかっ!
ノボルは抜き打ち。片手でボルザックの右膝を斬りすてた。ケダモノのような叫び声を発して、ボルザックが転がる。膝をかばう手に刃を走らせた。ボルザックの左手は指を失う。もう一太刀、ボルザックの右手が飛んだ。
「苦しめっ! 苦しめ、ボルザック! お前が踏みにじってきた者、民の分まで苦しんで死ねっ!」
のたうつボルザックが仰向けになったところで、その鍛えられていない腹に、ノボルは切っ先を立てる。それも、真ん中ではない。左の端だ。
浅く突き立てた。ボルザックは狂ったように暴れる。しかしその口に足の爪先を突っ込む。
腹を突かれた痛みに、ボルザックは気を失った。しかしそれを許すノボルではない。足に力を込め、下アゴの前歯をへし折った。
ボルザックは意識を取り戻す。しかし声を出せない。ノボルは刀を引いた。腹直筋を断つ。ボルザックの悲鳴は、もはや鳴き声に近い。
ノボルはゆっくり、そして確実に腹を裂いてゆく。腹圧に負けた臓物が、持ち主の顔色と反比例するように生き生きと、傷口から姿を現す。
さらに刃を引く。筋肉の硬直により刃が進み難いが、鋸引きにゴリゴリと繊維を切り裂く。
腹の右端まで、刃がたどり着いた。虚空を掴んでいたボルザックの手が、パタリと落ちる。だがボルザックは、まだ息をしていた。
ノボルは顔と額に浮いた汗を拭った。だが手の甲をべったりと染めたのは、汗ではなく血のりであった。
まだ息をしているボルザックの髪をつかみ、持ち上げる。そのまま刃を喉元に押し当て、再び鋸引きした。一度血潮が飛んで、それっきり出血は止まった。ねらいを誤ったか、頸椎を切り離すのに手間取る。
しかし、ついに肉体から頭部を切り離した。歓喜の声があがる。陣幕の外からだ。
ついに維新が成った。
国を窮地に追い込む逆賊は、討ち果たされたのだ。
東の空が白む。
この国の曙か。
廓清の血は今、社禝の誇りを導いてきた。




