天誅に御座候
実はその頃、すでにボルザックは発見されていた。捕獲に手間取っていたのである。
なぜなら半裸の情夫レオが、ボルザックを脱出させようと奮戦していたからだ。情夫に身を落としたとはいえ、なかなかにやる男。階下の騒ぎに目を覚ますやボルザックに異変を知らせ、まずは秘密の抜け穴、脱出経路へとボルザックを押し込む。その上で自身はワインの栓を抜き、悠々とくつろいだポーズで雑兵隊を出迎えた。
「何事ですかな、この雨上がりに照らす月を、楽しんでいる時刻に」
第一声がそれであったという。
「維新のための決起である。ボルザック閣下はどちらにおられるか」
「さて? 閣下は風流人。維新だ決起だなどという血生臭い話は、お嫌いでしょうからなぁ」
その場面に、ボルザックが戻ってきてしまったのだ。脱出路はすでに、ライゾウによってふさがれていたのだ。
それ敵の首魁だと雑兵隊が飛びかかれば、閣下の御部屋に土足で上がり込むとは無礼なりと、レオも手槍を振りかざす。その間にボルザックは、再び閉ざされた脱出口へ。それしか退路は無いのだから、これはもう仕方がない。
レオの奮闘も天晴れなもの。広いとはいえ室内でありながら、手槍を隆々としごいて雑兵隊の行く手をはばむ。雑兵隊からすれば、突入口は一ヶ所のみ。レオからすれば、その一ヶ所に集中していれば、敵は幾万あろうとも、である。
しかし、奮闘の時は終了を迎える。
「……俺が行く」
ノボルの子分にして、今は弟子。隊内においても屈指の剣士、テライモが前に出た。
テライモが中段にかまえれば、風を切っていた槍がピタリと止まる。レオもそのかまえから、ただ者ではないと踏んだらしい。中段で槍を止めていた。
剣と槍。明らかに槍に分があるのだが、天神一流の気迫に攻め口が見つからない。テライモの正中線を奪おうと、必死に剣へ挑んでいた。
これに対しテライモは、隙あらば棟で槍先を押さえつけてやろうと、こちらも必殺の機会をねらっている。
この均衡が崩れたのは、巨漢テライモが槍の下へもぐり込んだからだ。刀の棟で槍を持ち上げる形である。
そうはさせるかとレオも槍を働かせようとするが、どうにも攻め込むことができない。槍先がテライモの刀と糊付けされたように、離れてくれないのだ。
テライモが踏み込んできた。巨漢の大きな一足だ。すでに剣の間合いである。槍を捨てて剣で応じるしかない。しかしテライモの刀が、槍を強く押し込んでくる。手から槍が離れてくれない。
つばぜり合いの間。テライモは片手で脇差しを抜き、突いた。レオの肉体から生命力が抜けてゆく。そのまま片手斬り、力任せに首をはねた。
障害はなくなった。ロウ入道の指揮で、秘密の抜け穴に捜索隊が突入。
ほどなくして、ボルザックらしき人物を捕獲。
「ま、待ってくれ! 人違いだ、話せばわかる!」
ボルザックらしき人物は小者か使用人のように、靴を舐めるような勢いで命乞いを始めた。
「あたしゃ閣下の靴磨きで、今夜はここで寝るように命じられたんでさぁ!」
入道はテライモと顔を見合わせた。どちらもボルザックの名を知ってはいても、顔など知らなかったのだ。
「嘘つきゃぁがれ! そんな上等な絹の寝間着、ボルザック以外に誰が着るってんだ!」
「こ、これもさっきの男が、無理矢理に着せたんだ! あたしゃ影武者に使われた、哀れな靴磨きなんですよ」
「……どうする?」
テライモの問いに、入道はあごひげをひとつ撫でて考える。
「とりあえずしょっ捕まえて、師匠のとこに連れていくか」
ボルザックらしき男の腕を捻り上げ、ロウとテライモで護送する。先に使いを一人、同士討ちにならぬよう先振れとして走らせた。
残りの人数には、さらに城内の捜索を命じておく。




