討ち入りに御座候
そして陣地をたたみ、携行食での昼食となった。乾パンにコップ一杯の水という、戦場らしく味気ない昼食だった。
軽い食休みのすませて胃袋を落ち着けたら、いよいよ出発である。
「ワイマール維新軍、出撃っ!」
ノボルの号令で、部隊が動き出した。先頭はノボルたち……ではない。よその部隊である。
「ヤハラどの、大将は先駆けを尊ぶものではないのか?」
と主張したのだが、ヤハラに睨みつけられてしまった。他部隊先頭の行軍は、ヤハラの発案なのだ。
我らが軍師ヤハラによると、行軍の際大将は隊の中央にあり、前後を親衛隊に護らせるべきである。というのだ。だからノボルは隊の中央で雑兵第二中隊に囲まれ、前をロウ入道の隊、後ろをテライモの隊に護られていた。
剣におぼえ有り、のノボルとしては面白くない布陣だ。実につまらない。安全地帯でのほほんとしているなど、男子の振る舞いではないと恥じ入りたい気分だ。
だがヤハラの視線に、「あなたまだそんなこと言ってるんですか?」という意味合いを読み取ると、「はい、すみません」と肩をすぼめるしかなかった。
部下を先に立たせてふんぞり返ってる大将なんぞ、どれだけの価値があるもんだか……。
ノボルはビラモア砦の戦いを思い出した。
あの時、俺たちは隊長と副長を殺した。彼らは自ら戦場に立とうとせず保身のみを考え、なおかつ俺たちを死地に送ろうとしたからだ。
その行為は軍規を乱す。あちこちの隊でそのような卑劣な行為を許せば、前線は保てなくなり軍の敗北を招く。だから俺たちは、隊長と副長を殺した。
この二人を殺すことにより、俺たちは決意したのだ。己の保身を考えて軍規を乱す真似はするまいと。
突撃の号令あらば誰より先に戦場を駆けて、死地に飛び込まんと。
それがどうだ。
いまやふんぞり返って、兵の後塵を拝しているではないか。
大将なんぞになるもんじゃないなぁと、ノボルは思った。もちろんヤハラの言い分はわかる。いま現在、ワイマール王国の中で絶対に死んではならない人物がいるとしたら、それはヒノモト・ノボルだと自覚している。俺が死んだら、たぬきも担ぐ神輿がなくなってしまう。そうなると、イズモ・キョウカはワイマールから撤退するかも知れない。
となると、この国は動乱の時代に突入し、民は不況と不安定に襲われるだろう。
そうならないためにも、ノボルは死ぬことができなかった。剣士であるというのにだ。
剣士であると言えば、最近は剣士らしい働きをしていない。これは良いことなのだが、ノボルは近頃人を斬っていない。いつから斬っていないだろうかと、思い出すのも面倒なくらい、戦いの場から遠ざかっていた。
チラリとヤハラの横顔を盗み見た。
きっとこの軍師は、俺に戦いの場へ出るなと言うんだろうなぁ……。
「……殿?」
「なにかな?」
いきなり話しかけられて、内心焦りがあった。しかしそのようなことは、おくびにも出さない。
「殿、いま良からぬことを考えていませんでしたか?」
読心術でも使うのかよ、お前。
舌打ちしたい気分だったが、もちろん態度には出さない。
「まさか、何を言っているのかね、ヤハラどの」
「あ、考えていましたね」
「それは決めつけに御座る」
「本当に良からぬことを考えていなかったら、殿は『なんの話じゃ?』とか言いますからね」
相変わらず嫌な奴だ。
その嫌な奴と知り合って、もうずいぶんになる。そして今ヤハラは、ノボルを玉座に座らせようとしていた。出会った頃には、考えつかない境遇だ。
「どこまで行くのかねぇ」
思わず口にした。
「ドクセンブルグですが?」
ヤハラは答えた。
「いや、そういう意味じゃないさ」
そう答えて、独り言の説明はしない。
夕刻。
旧国境へとむかう峠を前にして、農村で夜営。宿らしい宿に入るのは、ビラモア砦を通過してからだ。
ルグル侯領地に放った伝令が帰還する。侯の領地では補給と宿の体制が整い、増援となるルグル軍の準備もできている、ということだ。
そしてルグル侯によると、ヒノモト州からの軍はすでに出発しており、行軍予定によるとドクセンブルグ手前で合流できる、ということだ。
翌朝から峠越え。昼はビラモア砦で休息。日が落ちる前にルグル侯領地に入る。
ここでノボルは侯と再開を果たした。かつてビラモア砦の作戦会議では、ドラゴ中将の肝煎りというだけで末席にくわえてもらったノボルだが、今回は上座を用意されていた。地元の将軍が上座にあるべきだと遠慮したが、侯の方が許さない。
そこでノボルはヤハラ案である、維新後の首都移転について説明する。つまり、ルグル侯領地を首都として侯にはドクセンブルグへ移動してもらいたい、ということだ。この土地を首都にしなければ、旧ドルボンドとワイマール本土の両方統治が面倒になるのだ。
先の決起、さらに今回二度目の決起があるのは、ズバリ土地の位置……ワイマール首都がドルボンドから離れすぎているからだ。とヤハラは指摘していた。
先祖代々の領地を離れるのは、侯としても胸の痛むところがあっただろう。しかしそこを、ニッコリと笑って引き受けてくれた。会食の席だというのに、家老にあたる重職を一人呼びつけ、早速手続きに移った。
翌朝、ルグル侯の勢力も加えてドクセンブルグへ進軍。出発間もなく、ノボルたちのもとへ来たあの使者と一〇〇人の兵について、新たな情報が入る。各領地で不当とも言える年貢の請求をし、追い出されまくっているらしい。おそらくは、まだ刈り入れの済んでいない田畑を目にしているだろうに、正当な年貢の請求すらできず、各地を逃げ回るようにしてドクセンブルグを目指しているということだ。
「使者のおとっつぁんも、さっさとドクセンブルグへ入ってくれんかなぁ? 俺たちが先に都入りしたら、格好悪いだろうに」
「さすがにそれは無いでしょう。我々も各地で参加する将軍たちと打ち合わせをしなければなりません。それよりも……」
「それよりも?」
「は、ヒノモトの軍が勢いに乗ったまま進軍し、我々の存在を忘れて追い越してしまわないかと」
「ヤハラどの、貴君ヒノモト衆に偏見を持っているのではないか? 例えば、あそこの連中はみんな頭が悪い、とか」
「……………………」
ヤハラは無言だった。無言ではあったが、ノボルを見詰めている。そしてその眼差しは、非常に雄弁であった。
ノボルは目を逸らした。そしてこの話題はこれきりとした。そうでなければ、ナイフのように胸をえぐる言葉をもらいそうだったからだ。
次の領地で、使者の情報が入る。ようやくドクセンブルグに入ったらしい。ボルザックはどのように出てくるだろうか? ヤハラに問うと、兵を集めて新領地に圧力をかけてくるだろう、ということだ。
「金も無いのに、ご苦労なことだ」
「でしたら殿、このような策略はいかがでしょう?」
おそらくボルザックは近隣諸侯に檄をとばし、兵を募るとヤハラは読んだ。ならばそれに呼応したふりをして入城し、内側から城を落とすというのだ。
「なんだかんだと言っても、やはり城攻め。時間と労力、そして死傷者が出ます。後々のことを考えましたら、消耗は少ない方が良しと思われますが」
「ふむ、ではそのように支度をするか」
ノボルは新領地の旗と、たぬき商会の服装、その他諸々を改めた。ただし、ヒノモト装束は換えがなかったのでそのままだ。
ただし、困ったのは雑兵隊の装備である。槍に刀は槍兵にありえる装備だ。弓に刀も、よくある装備である。盾に刀……ギリギリ有りか。
しかし、弓に槍。槍に盾は雑兵隊以外にあり得ない装備だった。完全にアウト、一発で雑兵隊……つまり決起軍だとバレてしまう。
「では荷車に、弓も槍も片付けてしまいましょう」
ヤハラは意外なことを言い出した。
「今回は奇襲です。相手が手を出すどころか、立ち上がる暇も与えず一気に勝負を決めます」
「どのようにかな?」
まずヤハラは斥候を飛ばした。かなりの数だ。それによりボルザックの動きをさぐるようだ。
「まずこの作戦で重要なのは、相手の隙に乗じるということ。それゆえに敵情を知らなければなりません」
ヤハラの策はこうだ。可能な限り早急に、各領地へ檄文を届ける使者を捕らえたい、という。その檄文に呼応した兵を演じて入城したいらしい。ノボルたち決起軍より後発のボルザック派など、士気が低いので問題ではない。万が一士気が高かったところで、所詮いち地域の兵力。数の決起軍には到底およばない。
「入城後は敵の兵力を削減……といいますか、まともに相手にせずに削減したいですね」
ということで、室内で待機している兵は出て来られないように、扉を封殺する。
ノボルたちの行動は短時間。その間、軟禁状態にするのだ。
「そう上手くいくかね?」
「行くかどうかではありません! やるんです!」
「それは俺の台詞だろう」
「その台詞がどれだけ理不尽か、実演したまでですが」
「どこが理不尽だったのかな? 俺には理解できなかったが……」
「そういうと思いました。少し試してみただけです」
くわしくは、宿営地に入ってからとなった。




