地図を眺めて御座候
仮眠から覚めた。
リコが起こしてくれたのだ。「おぉ、すまんな」と、身をおこす。
「いいのよ、お兄ちゃん。地図買ってきたからね」
卓の上に紙切れが二枚。王都ドクセンブルグと、ワイマール王国の地図だ。
まずは王国の地図を手にしてみる。領地ごとに色分けしているのか、かなりカラフルな地図だ。
最初に探したのは、やはりミズホ村だ。しかし、描かれていない。ヒノモト州までは記されているが、そこから先は詳しくないのだ。
「そりゃそうだ。自分たちの土地をこと細かく、敵に教えてやる義理は無い」
「ん?」
「いや、地形や区画というのは、軍略上大切なことなのでな。簡単に知られないようになってるのさ」
「へぇ〜〜……」
リコも地図を覗き込んでいる。そして、東の方を指でなぞっていた。
「ヒノモト州はここだ」
「……え? ほとんど森……じゃなくて、山?」
「というか、山や森と区別がつかない描き方だよな」
ノボルはヒノモト衆……黒髪人種しか見たことがない。本当はそうでもないのだが、ここはザックリと。黒髪人しか見たことがない。
つまりヒノモト州、あるいはミチノク郷に、よそから人が入って来ないのだ。
基本、農産物の出荷や生活用品の受け入れは、州の西にある「出島郷」でやり取りしていた。このような表現が許されるかわからないが、ヒノモト州は鎖国している、などと言われるほどだ。
そんな説明を、リコにしてやった。
「それで不便は無いの?」
「特に感じたことは無いな。要は慣れなんだろう」
「……お兄ちゃんがそういう性格になった理由、わかる気がする」
そのような排他的な区域だ。地理地形を役人ごときに、調べさせてやる理由は無い。無理に調べようものならば、その役人は生きて帰れなくなるだろう。
少し黒い話になる。
ヒノモトは昔むかし、東の難所である山岳地帯や、山脈を乗り越えて移住してきたとされている。その歴史は古く、ワイマール王国よりも先に郷が拓かれていた、というのが通説だ。
王国としては屈伏させて領地にしたい土地。なにしろ水と土が豊富で、農作物がよく実っているからだ。
水と土地を巡って戦さが始まるが、ワイマールはことごとく返り討ち。ついに講和の席が設けられる。
ヒノモトを王国の領地の一部として、保護させてもらいたい。そのため年貢は取り立てるが、かわりに安定した物資の供給をさせてもらう。
ヒノモトとしても、悪くない条件だった。水はあっても塩は少ない。土は豊かでも物資は少ない。山国ゆえ、生活用品の運搬には苦労していたのだ。
ただし、とヒノモトは条件をつけたという。
家賃は払うが、あまりヒノモトに干渉しないように。という条件だった。最近では閉鎖的鎖国的な考えも薄まったが、それでも無知な役人がくると必ず行方不明になる、という土地柄だった。
「おっかない土地で生まれたんだね、お兄ちゃん」
「そうでもないぞ。賢明な領主ならばきちんと尊敬するし、現国王陛下など、ちゃんと崇拝している。トップを吟味しているだけさ」
だが、ノボルは知っている。近隣の領地からヒノモト人は、東方の荒夷とか呼ばれて、未開の野蛮人あつかいされていることを。
地図に戻る。
はっきりと描かれてないが、ヒノモト州は国内でも広大な領地といえる。だが、大型の領地は他にも三ヶ所。王都を中心に西と南と北を守るような形に散っていた。その隙間を埋めるように、ほどほどの領地や王室の領地が散在。小型の領地は一〇をこえていた。
東を守る大型の領主がいないのは、ヒノモトに刃を向けないというのがひとつ。今ひとつの理由は、踏破不可能と言われる山脈山岳地帯が、ワイマールの城壁となっているからだ。
ワイマール王国の特徴を地図から見るならば、やはり川が多いことをあげなければなるまい。ヒノモトの背後、山脈山岳地帯から、大きな流れが一条。細かな川は三筋。分かれて分かれて合わさり分かれ。国内くまなく流れている。
その流れは川下、領地の西側でひとつになり、隣国へ注いでいる。悪く言うなら隣国ドルボンド国の水は、ワイマール王国が握っていることになるので、毎年多額の水代を受け取っている。
これが面白くないのか、最近ドルボンド国は兵を寄越してきて、国境付近で小競り合いが続いている。
国や領主が徴兵を盛んに行ったり、志願兵を募ったりしているのは、ここに原因があった。……という話も、門人から聞いたものだ。
「いざ地図を手に入れると、さまざまなことが見てきたように、わかるものだな」
「ホントにわかってんの?」
「リコにとって俺という男は、かなり値下がりしたみたいだな」
「そんなことないよ? お兄ちゃん大好き!」
「……だから、瞳の輝きを消してしゃべるな」
次は王都ドクセンブルグの地図だ。こちらも区画ごとに色分けされている。そして、区画を仕切る大きな通りしか描かれていない。
ドクセンブルグは、ワイマール王国を縮小したように、あちこち川が流れていた。そこに架かる橋が多い。ノボルの目は、最初にそこをとらえた。
これは、敵を絶対に城下へ入れられない、と考えた。橋を落とされたら、援軍が届かない。物資が届かない、という事態が発生する。
ただ、前進してきた敵を、足止めできるかもしれないが、その事態そのものが望ましくない。
「ウチのお店、この辺りかな?」
東門のそば、王都の入り口付近をリコが指さす。驚くほど、王都の端っこだ。地図には、大通り東とある。ちなみに大通り西は西門そば、城の向こう側である。
城壁がぐるりと取り巻き、東西南北に門がある。王都は巨大な十字路で分けられているが、橋には兵隊の詰所がある。敵の進行を止める陣地にするためだろう。まだ確認はしていないが、ノボルならこの詰所、城に近づくほど強固で大型のものにする。
敵の視点に立つ。敵ならばこのドクセンブルグ城、どのように攻めるか?
敵からすれば、やはり川がいやらしい。これは天然の掘りである。小さな川を渡るにも、進軍の速度は確実に落ちる。川越えの最中に矢でもかけられたら、反撃もままならないだろう。
橋を渡るならば騎士を先に立てて、一気に攻め込みたいところだが、変な障害物を置かれると骨だ。犠牲を覚悟というのは当たり前だが、それにしても橋の数が多すぎる。
どれだけの犠牲を払えば、城にたどり着くのだろうか。
城はドクセンブルグの中心に、赤く記されていた。もちろん詳しくは描かれていない。そして城そのものにしては、面積が広すぎる。
おそらく城門にたどり着くまでの道のりは、迷路のように入り組んでいるのだろう。もしかしたらノボルたちの兵舎も、この中に組み込まれているかもしれない。
「ん?」
「どしたの、お兄ちゃん?」
「ここに東練兵場とあるな」
店から少し離れた場所だ。
「ここだけじゃないよ。西も南も北もあって、敵が来たら一戦交えるってくらいの兵隊さんが、それぞれに詰めてるんだって」
「東練兵場に詰めたら、外出のたびに飯を食いに来られるな」
「ダ〜メ! 西に詰めても南も北も、外出のたびにウチに来てよね!」
「……結構な距離になるが」
「だってお兄ちゃん、考え無しなところあるから、アタシがついてないと駄目ダメじゃない!」
「ふ……俺の思慮深さを知れば、幼いお前でさえホレ込むからな。ウツケの真似をしているだけよ」
「あ〜〜思慮深い思慮深い……アタシってばもう、お兄ちゃんにメロメロよぉん……」
「だからその顔はやめなさい」
そろそろ夕刻。
オヤジがリコを呼んでいた。ディナーの仕込みを手伝いに、リコは部屋を出てゆく。
「さっきの話、ホンキだからね!」
「?」
ドアからリコが顔だけ出して言う。
「どこにお勤めになっても、御飯食べに来てね!」
そう言い残して、出て行った。
これは……。早駆けの練習を厳しくしなければならないだろうか? とノボルは考えた。いや、帰り道も早駆けならば、あまり大量の飲食はできないな、とも思う。
ゴンが帰ってきた。
隙がある、というのではないが、様子が違う。
「……どうしたゴンさん。なにやら様子が変だぞ?」
「お、そうかね?」
「うむ、なにやらこう……」
強い香りがした。
……香水か?
「これは香水か?」
「おぉ、残り香とは風情じゃの!」
香水の匂いが移るような場所にいた、ということだ。明日からは兵役。いつ命を落とすかわからぬ身。遊ぶのは道理だ。
「ノボさんは何しとった?」
「俺は仮眠と、地図を眺めていた」
「ほう?」
ゴンは地図を覗き込む。
「何か良い軍略は練れましたかな、ヒノモト軍師?」
やはり、そういう目で地図を見る。ゴンという男、やはりできる。
「それがなかなかに難しい。湯を浴びて飯を食ったら、ゴンさんの意見も聞いてみたい」
「ふむ、俺の頭から知恵など出てくるかな?」
「出してもらわないと困る。俺たちはもう、雑兵隊なのだからな」
違いない、とゴンは腹をゆすって笑う。




