「身体は子ども、頭脳は大人なのだろうか」
放課後になった。隣のクラスから駆けつけたゆかりちゃんの一緒に帰ろうという誘いを断り、不機嫌になった彼女から逃げるように、ぼくも気持ち駆け足で昇降口に向かった。
みんなが帰る時間帯が重なり、混み合っている中で、水川さんの姿があった。
ぼくの姿を見つけたのか、水川さんの方から声をかけてくれる。
「おーい、ダーリン! こっちですよー!」
ズッコケた。
ぼくは慌てて駆け寄って、
「水川さん、ぼくのことを言っているようだったら違いますからね! ノーダーリンです!」
全力で訂正する。それはもう周囲にきちんと聞こえる大きな声で。
「やだなぁ、冗談ですよ。そんなに照れちゃってもう、可愛いですねえ。うふふ」
満面の笑みを浮かべる水川さん。ぼくの何を見ているのか知らないけれど、ぼくの表情に浮かぶのは焦りだけだ。
「そういう冗談は勘弁してくださいよ。クラスの連中に聞かれてからかわれたらどうするんですか」
「えー、でもそういうのを楽しめるのは学生のうちの特権ですよ」
「楽しめないです。楽しくないです」
それに、視点が小学生とは思えなかった。
身体は子ども、頭脳は大人なのだろうか。
「それともそれとも? 誰か特別に聞かれたくない人でも居るのかな?」
「そんなの居な……くはないですね。ゆかりちゃんにはすごく怒られそうです」
「ゆかりちゃん? 彼女?」
「違います違います。家が近くて一緒に登校したりしてる友だちです。ぼくが他の女の子と一緒に遊んでると、その子がすごく不機嫌になってしまって」
「その子、絶対君のこと好きでしょう。嫉妬されてるでしょう」
「そういうのじゃないです。大方、仲のいい友だちが他の友だちと遊んでると意味もなくモヤモヤしてしまう、みたいなことだと思いますけど。小学生で恋愛とかちゃんちゃらおかしいですよ」
「君こそ視点が小学生とは思えないですよ。言い方酷いですよ。そんな可愛い顔してドSなの?」
「ドS」
ドSの意味がわからないけれど、それ以前にぼくは何かおかしなことを言っただろうか。
「うふふ。まあ、雑談はこの辺にして、帰りがてら本題に入りましょうか、雲居夕霧くん」
帰りがてら、と水川さんは言っていたので、てっきり歩きながら話すものと思っていたけれど、実際は違った。
「水川さん、車で通学してるんですか?」
「うん。用事がある時はそのまま出かけられるし便利ですよ」
当たり前のことを話すような気安さでそう言った。
車ーーそれも白塗りの高級車の後部座席で、ぼくと水川さんは会話している。座り心地がとても快適だ。ふっかふか。
財閥のお嬢様が普通の公立小学校に通っている、という噂が流れているけれど、その噂のお嬢様の正体は水川さんだったのだ。
「本当はリムジンもあるんですけどね、私がやめて欲しいってお願いしてあるんです。悪目立ちする、狭い道を通れない、金持ち気取りが逆に卑しいの三重苦なんですよ」
あくまで個人の意見です。
それもごく少数派の。
「あと、夕霧くん。さっきから気になってましたけど、水川さんっていう呼び方はなんだか余所余所しいですね。遠慮なく下の名前で呼んでくださいよ。私も夕霧くんって呼んじゃってますし」
以前にもどこかで呼び方を親しく言い直すように言われたことがある気がする。
「はい。……じゃあ、七海さん、で」
ぼくがそう言うと、七海さんはとても嬉しそうに頬を緩めた。
「良いですねえ。私、普段歳上の方たちに囲まれることが多くて、歳下の子から丁寧語&さん付で名前を呼ばれることが中々ないんですよ。新鮮で良い気分です。このまま私の弟分になっちゃいます?」
「それは……ちょっと考えさせてください」
「すぐに断りを入れないあたりが子どもっぽくないんですよね、君は。まあ、私があまり言えたことじゃないんですけど」
仕切り直すように七海さんは咳払いをして、
「では、君の姉貴分になるのは早々に諦めるとして、君のお姉さんについてのお話を聞かせてください」
改めてぼくに話を振ってくれたーー余計なことばかり話しているようできちんと要所を押さえているので、かなり頭の良い人だと思った。
ぼくは姉さんの話をしたーー優しいけれど距離を取られていること、もっと仲良くなりたいと思っても中々上手くいかないこと、……そして、詳しい事情は知らないけれど実の姉ではないことまで。
込み入った話のはずだけれど、何故か一度誰かに同じことを話しているかのように、スムーズに話すことができた。
「なるほど、そういう事情だったのですね」
ぼくが話し終えると、七海さんは深く頷いた。
「夕霧くんの望みはわかりました。そして、私がどう力になれるのかも」
七海さんは唇だけで笑う。
ぼくは七海さんを頼っている。
でも、よく考えてみれば、彼女にどう助けてもらえば良いのかがわからない。
わからないままに彼女を頼ってしまった理由もまた、わからない。
「わからないのも無理はありません。アレに唆された上で記憶を弄られてしまったら。違和感を持つだけ立派です。えらいえらい」
笑ってぼくの頭を撫でるけれど、……やっぱり七海さんの目は笑っていなかった。
「何故私を頼ったかについては、君はわからなくても大丈夫です。誰かお友達に勧められた、そう認識していれば良い。私も困った下級生を助けるのは吝かではありません。……気に入らないのは、私を散々都合の悪いものとして排除しておきながら、人を使って間接的に私を利用しようとする存在です」
何を言っているかよくわからないけれど、ぼくの知らない事情でぼくの知らない誰か相手に腹を立てているようだった。
わからないなりに、ぼくが関わり合いにならない方が良い事情であることはよくわかる。
「あの、七海さん、」
「話が脱線してしまいましたね。こちらの事情は君にとってはどうでもいいのです。本題は私がどうやって君の力になれるか。私は君のお姉さんのことは全く知りませんし、お姉さんが君と、もっと言えば君とご両親を遠ざける理由はわかりません。それでも、」
七海さんの目は挑戦的な光を帯びている。
「君をお姉さんの過去に連れて行くことはできます」
最初、七海さんが何を言っているのかがわからなかったーー思えば、今日はわからないことだらけだ。何かの比喩だろうか。いや、何を喩えているのかがさっぱり読めないし、実際的なことを言っているのならば荒唐無稽が過ぎる。
過去は場所じゃなくて時間だ。タイムマシンでもない限り、行けるはずがないじゃないか。
「そのタイムマシンがあるのですよ。この私が作ったタイムマシンが!」
ドヤ顔をする七海さん。
「え、冗談ですよね」
「冗談を言うパートはもう終わってますよ。マジで言ってます」
「マジでですか」
いや、確かに状況からして七海さんが冗談を言っていないのはわかる。ただ、タイムマシンなんて物語上にしかないものなんて到底信じられなかった。それを小学生の七海さんが作った事実も含めて。
「疑うのも無理はありませんが、本当です。キテレツ大百科の主人公だって五年生で航時機とか作ってますからね。彼にできて私にできないはずがないでしょう」
「キテレツ大百科は漫画です!」
漫画は漫画、現実は現実だ。
「そもそも、キテレツ大百科って、確かドラえもんの作者が描いた別の漫画でしたっけ。ドラえもんと違って主人公が便利道具を用意する、みたいな。読んだこともアニメで見たこともないので詳しくは知りませんが」
「キテレツ大百科を見てないって、マジで言ってるんですか⁉︎」
途端に、七海さんは頭を抱え出す。なんと嘆かわしい、とか何とかブツブツと呟きながら。
「キテレツ大百科もきちんと押さえておくべき名作ですよ。アニメは結構長いので、一から見るなら漫画をオススメします。漫画の方は実は単行本三冊しか出てませんから」
某アニメ不毛の地である県では、夕方に放映される貴重なアニメでもあったのですよ、と七海さんは言う。
知りませんって。
二つ歳上の七海さんにしたって、世代が違う気がする。
「えーと、話を戻しましょうか。何でしたっけ、コロ助のコロッケ好きの設定はアニメ由来だという話でしたっけ」
「話を戻せてないです。キテレツ大百科から離れてください」
七海さんと話していると、話を戻すという行程が多い気がする。
「あー思い出しました、私が作ったタイムマシンについてですね。そうです。タイムマシンを使って、夕霧くんが知らないお姉さんの過去を見に行きましょう。これからタイムマシンの実物をお見せします」
そう宣言したと同時に、ぼくたちを乗せていた車が停まった。
会話に気を取られて、停まる瞬間まで気づかなかったけれど。
ぼくが招かれたのは、広大なお庭に囲まれた広大なお屋敷だった。
雑談し過ぎてタイムマシンが登場できませんでしたね(汗)
また次回に!




