かすみディテクティブ(3)
突然ですが、ミステリ始まります。
「……香純! 起きなさい! 香純!」
名前を呼ばれ、肩を揺すられて、私は目を覚ました。
目を覚ました? 眠っていたのか、私は?
私を起こしに来たらしい師匠のことはさておき、まずは眠る前までの行動の記憶を整理する。
夕飯を食べ終えた私は、晴輝先輩、優雨ちゃんと共に晴輝先輩の部屋へ行った。師匠の方へ顔を出せば良いのに、という兄妹の申し出をのらりくらりと躱しながら、二時間近くお喋りしていた。
その後、優雨ちゃんから今日は泊まっていくように誘われた。たまに泊まることはあるけれど、当然の礼儀としてご両親に迷惑がかからないかと訊いたのだが、既に許可を得ているようだった。もう遅い時間だから、と晴輝先輩からの後押しもあり、私はお言葉に甘えて泊まることにした。
一応家に連絡を手短に入れてから、私はご両親に声をかけに行こうとしたが優雨ちゃんに制され、私が泊まる旨を伝えがてらそのままお風呂に入ってくる、と部屋を出て行った。
晴輝先輩と二人きりになり、楽しく、楽しく、それはもう楽しくお喋りしたりアプローチをかけたりしていた。そして、およそ30分後にパジャマ姿の優雨ちゃんが髪を拭きながら戻ってきた。
次に優雨ちゃんと入れ替わるようにして、晴輝先輩が部屋から出て行く。
優雨ちゃんともしばらくイチャイチャしていると、晴輝先輩ではなくお義父様がノックをして部屋にやって来た。
お義父様はお皿とティーカップをお盆に載せて持ってきてくれたのだ。カップの数は二つ。三つではない理由を訊ねたところ、晴輝先輩の分は晴輝先輩がお風呂から上がった時に下の階で渡すとおっしゃっていた。
ーーーー予感がある。ここから先のことは更に細かく思い出す。
「お母さんの焼いてくれたクッキー好きなんだよね。わたしも同じやり方で作ったことがあるんだけど、なーんかお母さんのクッキーほどは美味しくないんだよ。何でだろ?」
そう言って優雨ちゃんは真っ先にクッキーを食べた。
「同じ方法を取れているのなら、クッキーの美味しさは変わらないはずだ。人が作ってくれたからかもしれないよ」
続いて私もクッキーを一枚いただいた。
お母さんのクッキーが好きだという言葉通り、優雨ちゃんは続けて二枚のクッキーを美味しそうに食べる。
私は一枚めのクッキーをいただいてすぐに、お義母様が淹れてくださったハーブティーを口に含む。お義母様のクッキーはとても美味しいのだけれど、クッキーが口の中の水分を持っていってしまうから、つい飲み物を口に含みたくなるのだ。
続いて、優雨ちゃんもハーブティーを飲んだ。熱いにもかかわらず一口が多かった。優雨ちゃんはクッキーを続けて食べていた上、そもそも風呂上がり。喉が渇いて当然だ。
私ももう一口ハーブティーを飲んでから、クッキーをまた一枚いただく。
「香純ちゃん、紗奈おばさんと本当にお話して来なくて良いの?」
優雨ちゃんはあくび交じりに言った。
家達紗奈ーー私の師匠についての話を再び振ってくる。
「あの人もあの人で私とは関係なくご両親に用事があったんだろう。邪魔をする気はない」
「そうでもなさそうだったよ。三人もお茶飲みながら雑談してるみたいだったし」
「用事があってもなくても、積もる話もあると思う。特にお義母様はあの人と会うのは久しぶりのようだったし」
「積もる話があるのは香純ちゃんもでしょ。言いたいことあるんじゃない」
「でもね、」
「デモもストもないの!」
何故か昭和の香りを漂わせるようなことを言いながら、優雨ちゃんは続けるーー真剣な優雨ちゃんには悪いけれど、私は欠伸を堪えることができない。
「やらない言い訳ばっかり並べてどうすんのさっ! 大好きだなんて言わなくても良い。身のある話じゃなくったって良い。ただ向き合って今の香純ちゃんを見せてあげなよ。わかってるんだからね、香純ちゃんは本当は……」
ここで私の記憶は途切れた。
そして、師匠に起こされた今に至るーー次に現状の把握だ。
私の今いる場所は晴輝先輩の部屋だ。私はどうやらベッドに仰向けにもたれかかるようにして眠っていたようだ。スマホの時計によると、現在の時刻は午前0時33分。この部屋には私と、私を起こしに来た師匠しか居ない。
これはーー、
「師匠。晴輝先輩と優雨ちゃん……いや、私たち以外の四人は今どこに居ますか?」
「わかりません」
師匠は首を横に振ってから、現状を決定づける一言を付け足した。
「私たち以外の四人が、私たちを残してこの家から姿を消しましたわ」
“名探偵”である師匠が呼び込んだのか、はたまた別の誰かの悪意の結果なのか。
私たちの日常に“名探偵”が必要な事件が舞い込んだのだった。
意味のない行動だと思いながらも、私たちはそれぞれ優雨ちゃんたちに電話を入れたりメッセージを送ったりした。が、やはり、相手の携帯の電源は切れていて、メッセージにも既読はつかない。
「警察への連絡は……」
「まだ早いですわ。まずはこの意味不明な現状を把握することを優先すべきね」
確かにそうだ。現状で取る行動のメリットとリスクすらわからない今、迂闊なことはできない。しかし、その上で情報を集める必要がある。
「師匠、貴女も私と同じように眠っていたのですか?」
「ええ。あたくしはリビングでしたけれど。寺井さんたちと話をしていましたわ。途中で二階から降りてきた優雨に絡まれたこともありましたが。風呂上がりの優雨と入れ替わるようにして晴輝も降りてきましたわね」
師匠の口から慣れ親しんだ名前を聞くと、どこかこそばゆい感じがある。
「そのあたりで師匠も眠ってしまったということですか」
「ええ、それ程明瞭ではありませんが、あたくしが覚えているのはここまで。香純、アナタも眠る前までの行動を教えなさい。周辺の情報も併せて」
私は先ほど記憶の整理のために思い出したことをそのまま師匠に伝えた。
「なるほど。あたくしの記憶とも繋がりますわね。あたくしたちが眠る前までの四人の行動はおよそあたくしたちの認識通りでしょう」
「そうですね。わからないことは多いですが」
「香純、現状の疑問を整理なさい。謎を解く前提はまずそこからですわ」
「はっはー、……懐かしいですね、これ」
師事していた時によく言われていたことだ。が、今はノスタルジーを覚えている場合ではないので、言われた通りに整理してみる。
行方不明になった四人は何故、どのようにして、どこへ消えたのか。
私と師匠の二人はどのようにして眠らされたのか。そして、何故私たちはこの家に残されたのか。
そして、ーー犯人は誰なのか。
「ザックリとですが、このようになるでしょうか」
「65点。まあ、今後の大まかな行動の指針にはなるでしょう」
感に触る言い方をされた。まあ、この人に関してはいつものことなのだけれど。
「師匠は見当の付いていることはありますか?」
「まだ思考段階ですわ。問いに対する仮説はそれぞれおよそ二択に分けられますが、その二択が不愉快なことに半端に成り立ちますので」
「二択ですか。例えば?」
「四人の行方不明について、拉致なのか失踪なのか。拉致されたとすれば、四人が全員携帯を持っているのは不自然。しかし、失踪だとすると、四人の靴が全て残されているのが不自然。両方とも半端に成り立ち、それでいて違和感がありますわ」
確かに。私たちはすぐに彼らに連絡を入れようとしたけれど、拉致されたのなら、四人は携帯を持つ余裕などなかったはずだ。携帯電話は家の中でまで常に携帯しているとは限らず、基本的には彼らの手元にないことが予想できる。にもかかわらず、この家からは四人と一緒に彼らの携帯電話がなくなっている。
そこで、四人が自身の意思で失踪した線を考えてみても、靴を履いて外に出て行かなかったのはおかしい。その点を踏まえると、靴を残したまま行方不明になり得る拉致の線も否定できない。
「もう一つ。あたくしたちが眠らされたのは睡眠薬のようなもののせいだとして、あたくしたちが口にしたものから考えるに、恐らく睡眠薬が混入していたのはハーブティーの中」
「師匠たちは三人の中で何番目にハーブティーを飲みましたか?」
「あたくしは寺井さんと茉衣子さんが飲んだ後でいただきましたわ。あたくしの場合だけ考えるのであれば、二人が睡眠薬入りのハーブティーを避けて飲み、あたくしに睡眠薬入りのハーブティーを飲ませることができますわ」
「お二人が犯人だと仮定するなら、そうですね。しかし、私の場合、私が先にハーブティーを飲んでしまっています。これでは私ではなく優雨ちゃんが睡眠薬入りのハーブティーを飲んでしまう可能性があります。私だけを眠らせることができませんね」
これもまた両方とも成り立ち、それでいて違和感がある。
「そして、犯人は誰なのか。あたくしたちだけを眠らせこの場に残す、という状況を作り出した人間を犯人だとするのなら、それができる可能性が最も高いのは、寺井さんと茉衣子さんですわね。再確認しますけれど、アナタたちにクッキーとハーブティーを運んできたのは、寺井さんだったのですね?」
「はい。私と優雨ちゃんの二人分のハーブティーとクッキーを持って来ていただきました。晴輝先輩の分は後で渡す、と言っていました」
「しかし、あたくしは寺井さんと茉衣子さんがハーブティーを飲んでいるところは見ましたが、晴輝が飲んでいるところは見ていません。あたくしの意識があった時点ではまだ晴輝は入浴中でしたから」
私たちは共通して晴輝先輩がハーブティーを飲んでいるところを見ていないーー可能性の上では、晴輝先輩だけがハーブティーを飲んでいない。
例えば全てのハーブティーに睡眠薬が入っていたとしたら、晴輝先輩だけが眠らずに済んだということになる。
唯一動けた、晴輝先輩が犯人?
いや、それはあり得ない。私たちと一緒に部屋に居た晴輝先輩にはハーブティーとクッキーを用意できない。その上、大人二人と少女一人の姿を、少年たった一人で消させることなんて不可能だ。そして、何よりも動機がない。
動機。
「この事態は、犯人が誰かはさておき、どのような動機で何が目的で引き起こされたのでしょう?」
「ええ、あたくしもそれが謎を解く鍵になると思っていますわ」
寺井家の人間のみを拉致するだけあって、この家の人間に目的を持つ人物の犯行なのか。それとも、私たちだけを残して四人は出て行っただけなのか。いや、繰り返しになるが、それだと靴が残っているのがおかしい。靴もなしにそう遠くへは行けないだろうし、先ほど確認したが、車は残されている。
思考の中で試行を繰り返しながらも、なかなか答えにたどり着かない。
同様に思考を巡らせていた師匠は、しかし集中するために閉じていた目を突然開いた。
「香純、お風呂に入りませんか?」




