かすみディテクティブ(1)
遅くなってすみませんでした!
今回のエピソードを書きたいがためにこのインタールードを設けたようなものなので、気合いを入れて頑張らせていただきます。
「よお、俺だ」
『あらご機嫌よう。前回の成功報酬の振り込みなら、もう確認しましたわ』
「金の話じゃねーよ。……けどお前、もうちょっと下げられねーのか。今回の経費もお前に払った人件費が一番かかってるんだぜ」
『あら? むしろ昔のよしみで安くして差し上げてましてよ』
「ちょっとでもヘマをしたら、即お前への仕事を切れるんだけどな」
『あたくしの頭脳は安くありませんので。無敗の弁護士の貴方にも貢献しているじゃないですか』
「そりゃあ俺の地道な商業努力の賜物だ。ドラマでやってるような華やかな稼業でもねーしよ。コツコツ頑張ってんのさ」
『貴方との電話が終わった後の予定ができましたわ。特に半年前と三年前の話をすれば、あの方たちも……』
「悪かったよ。お前にはかなり世話になってるし感謝もしてるよ」
『こちらも感謝してますわ。あたくしも商売柄収入が安定しませんので』
「ちっ」
『で?』
「あん?」
『電話をかけてきたのは何の用ですの? まさか、あたくしへの報酬額に対するクレームのためだけにわざわざ電話してきた訳ではないのでしょう』
「まあな。なあ家達、来週の金曜って空いてるか?」
『少々お待ちなさい…………午前に予定が入ってますわね。午後と翌日の土曜は空いてますが』
「ああ、ちょうど良い。久しぶりにウチに飯食いに来いよ」
『……それはまたどうして?』
「報酬とは別にお礼をしようと思ってな。この前のは本当に助かった。感謝してるよ」
『はんっ、お安い御用ですわ。あたくしにとっては。まあ感謝は受け取りますけれど、食事だったらどこかの料亭やレストランが良いのでは?』
「茉衣子が作るメシ以上に美味いものを知らねえ」
『惚気ですか』
「事実を言ってるだけだ」
『……貴方、他の方にもそんなことを言ってるんじゃないでしょうね?』
「いや、お前みたいな昔馴染みにだけだよ」
『でしょうね。あたくしも久しぶりに茉衣子さんにお会いしたいですし、良いですわ。ご馳走になってあげましょう』
「ははっ、子どもたちにも会ってやってくれ」
『あの貴方の悪影響を受けた子たちに? 特に、優雨は相変わらずですの?』
「相変わらずだな。お前が来たら喜ぶと思うぞ」
『やれやれ。…………ところで、不意に、貴方が出した話題のせいですけれど、“あの子”は元気にしていますの?』
「“あの子”? ……ああ、よくウチにも連れて来てるからな。俺も仕事してるから頻繁に会う訳じゃねーが、元気そうにしてるよ。晴輝と優雨がついてるからな」
『……そう』
「お前、そんなに気にかけてんなら会ってやれば良いじゃねーか」
『なっ、誰があんなクソガキ……!』
「お前が言ったんだろ。時々、“あの子”の様子を教えて欲しいって。……お前が前から気にかけてた子がまさか優雨の友だちになっていたとは驚いたがな」
『狭い世界ですこと』
「全くだ。だからよ、お前と“あの子”の距離もお前が思ってるほど大したことねーんじゃねえの?」
『本当に貴方は無駄に口の回る五月蝿い男ですわね。それに手の施しようのないお節介』
「そりゃお互い様だろーよ」
『フン、言いたいことはそれだけかしら。それではまた来週。茉衣子さんによろしく言っておいてくださいね、寺井さん』
探偵と名探偵は別物である。
別の生き物と言っても良い。
探偵の仕事は主に素行・信用・財政調査ーーイメージしやすいところから言えば、人捜しや浮気調査などが挙げられる。つまり、プライベートアイ、国家的な捜査権のない独立した私立捜査機関、及びその業務に従事する人々を指して、人は探偵と呼ぶ。
一方、名探偵は犯罪者の探索にあたることに関して優れた能力を持つ人間を指す場合が多い。それは昨今の各メディアのミステリによるイメージが強いためであるが、とかく名探偵は名探偵である。観察し、推理し、真実を暴く人間ーーそういう役割を与えられた人物だ。
……私は今「与えられた」と言ったが、これは言葉の綾などではなく、厳然たる事実だ。名探偵は他人から呼ばれることで初めてその価値を持ち、自ら名乗ることほど烏滸がましくて恥ずかしいことはない。
誰かに初めからそう設計されているのなら、ともかくとして……。
名探偵あるところに事件あり、という名探偵を死神扱いした物言いもあるけれど、これはかなりの理不尽だ。殺人事件を解決する物語に、解決する役割を担う名探偵が居なければ、どうしようもないじゃあないか。
事件あるところに名探偵あり、これで良い。逆・裏・対偶など意味がない。
つまり、解決すべき事件に誰からも認められる名探偵が居るのであれば、それで良い。
良くないのは、事件のない日常の中にいたずらに真実を暴き立てる名探偵が居ることだ。
そんな存在は迷惑でしかない。というか、実際に迷惑をかけられた。
昔のこと。ほんの一時期、私は公園である名探偵に出会った。金髪碧眼、険のあるお嬢様口調ーーその人はたったひと言をきっかけにズケズケと人のプライベートに踏み入り、私は出会い頭にひと目で素性を見抜かれてしまった。
それからというもの、私とあの人は公園のベンチで多くの言葉を交わし、あの人が推理する様を見た。残さず総てを記憶した私は、同じように推理することができるようになったーーあの人は私に素養があると言ったが、要は完全記憶能力とそれを処理できる頭脳を指していたのだろう。
あの人の方から物を教える態度はなかったけれど、私が憶えられることを想定した上での振る舞いだったのだろう。
単純に、あの人の性格が悪いだけだったかもしれないが。いやむしろ、その可能性の方が高い。
縁もゆかりもない大人からいじめられていた私。
あまりに救いがなさすぎる。
ーーーーそう、赤の他人でしかなかったのにあの人は…………。
「香純ちゃん、さっきから何考えてるの? 一人百面相になってたよ」
現実に意識が引き戻された。今は学校の昼休みの時間。賑やかな教室。
そして、瞳を鼻よりも前に押し出そうとするかのように、私に近づくのは優雨ちゃん。彼女のこういう距離の縮め方はいつものことなので、私の方も返す態度はいつも通りになる。
「ちょっと昔のことを考えててね。あまり愉快そうな表情はしてなかっただろう」
優雨ちゃんは首を横に振る。
「ううん、なんか顰めっ面の時もあったし、かと思えばそこから表情がなくなって、わたしが話しかけた時にはちょっと緩んでたよ」
ほら、とその時々の私が浮かべていた表情を、スマホの写真フォルダから見せてくれる。
いやいや。
「いつの間に撮ったんだ。ほら貸して」
「やだー。香純ちゃんの指紋でもロック開くから、写真消されちゃうじゃん」
「うん、だから貸して」
優雨ちゃんのスマホは指紋認証でもロックを解除でき、私の指紋も登録されている。私からではなく優雨ちゃんのほうから言い出したことだ。ここまで胸襟も何もかも開くような真似は私にはできない。
しかしまあ、悪用はしないだろうから見逃すか。せっせと画像とフォルダにロックをかけている優雨ちゃんも微笑ましいことだし。
「にしても、優雨ちゃん。私の表情が緩んでいたというのは本当かい?」
「うん、本当本当。だから、てっきり楽しいことでも考えてたのかなーって思って。それとも、思い出してたのかな?」
やはり彼女は無邪気さと冷静な観察眼を共に持ち合わせている。
「思い出してた方。ただ、そう楽しいことでもないよ。昔のことだし」
昔のことーー私の過去の一端を知る優雨ちゃんは気まずそうな表情を浮かべた。失敗したな。私が憐れまれるのは結構だが、気を遣わせてはいけない。大事な友達には、特に。
「昔のことと言うのはね、私に推理することを教えてくれた人とのことだよ。ほんの一時期だけ、言い合いばかりしていたけれど、まあ楽しかったことでもあったかな」
あの人繋がりで、私は巨乳の女が嫌いだ。
葉山先輩に関しては、我ながら歪んだ懐き方をしているだけだけれど。
良い機会なので、優雨ちゃんにあの人とのことを語って聞かせた。
公園での出会い。金髪、巨乳、性格の悪そうな目つき、険のあるお嬢様口調、そしてひと目で対象を看破してしまう推理力。喧嘩。喧嘩。言い合い。性格の悪さ。お節介。唐突な別れ。…………両親以外で私を抱擁した唯一の人。
優雨ちゃんは私の話を聞いて、ウンウンと唸っていた。そして、話し終えた私にこう言った。
「香純ちゃんはその人のことが大好きだったんだね」
「何故そうなる⁉︎」
思わず大声を上げてしまった。
「優雨ちゃん。私の話をどう聞いていた? 性格の悪い大人にいじめられていたんだよ」
「そーお? わたしは、しゃ……その人の前では子どもでいられて、本気でぶつかることができたロリ香純ちゃんの姿が眼に浮かぶよ」
「……想像力たくましいね」
返答に窮することを言わないで欲しいね。
まごつく私に対して、ギラついた目つきの優雨ちゃんは頭上で電球を光らせたーー何か思いついたと言わんばかりに。
「香純ちゃん。今日の放課後は予定変更。カラオケじゃなくて、ウチで遊ぼう」
「え、今日も?」
昨日も優雨ちゃんの家にお邪魔させていただいたのに。何度も行ったことはあるけれど、流石に二日連続は今までにないことだ。
「私は良いけど、ご両親は大丈夫なのかい?」
「ちょっと待って。今確認取るから、……あっ、もしもしお父さん? 可愛い娘の優雨ちゃんだよ。あのさ、今日って確か……」
優雨ちゃんはそそくさとスマホを取り出し、電話をかけながら廊下に出て行く。電話をかけた相手はお義父様(外堀を埋めるためにこういう呼び方をしている)らしい。
少し意外だ。てっきり普段の昼間は仕事で家を空けるお義父様ではなく、お義母様に訊くのかと思っていたけれど。
優雨ちゃんの行動の意図を考えてみた。
アレ、嫌な予感がしてきたぞ。
二分ほどーーただ家に友達を招いて良いかを確認するだけにしては長い時間が経ち、優雨ちゃんは陽気な歩調で戻ってきた。
「オッケーだよ! 今日はご飯も食べて行って良いってさ! おいでおいでよ是非おいで! ねっ! ねっ! ねっ!」
テンションの高さそのままについには抱きつかれた。……ああ、そう言えば優雨ちゃんに出会ってからは頻繁にハグされているのだった。
何やらキナ臭い雰囲気はあるけれど、ここまで機嫌の良い優雨ちゃんの誘いを断るのは良心が痛む。
好んで家に居たい訳でもなしーー私は優雨ちゃんの小柄な肩をポンポンと叩く。
「わかった。行くよ。今日もお邪魔させてもらいます」
優雨ちゃんを引き剥がしながら、すっかり絆された私は答えるのだったーー自分の中で降って湧いたムシの知らせを無視しながら。
そういう類の予感はほとんど外れたことがないというのに。




