さくらドリーム(4)
更新が遅くなって申し訳ありません。デート本番をお楽しみください。
ショッピングモールに来たは良いけれど、その広さのあまり、どこに何があるのかがわからなかった。事前に調べておいた方が良かったのだろうか。
「大丈夫よ、晴輝くん。私が調べてあるから」
「おっ、準備が良いな、咲良」
それだけ楽しみにしていたのかと思うと、僕も張り切らなければなるまい。
「ええ、売場の場所からATMの位置まで、ひと目見て完璧に全て覚えてるわ」
「楽しみにし過ぎだろう! ……咲良って、そこまで記憶力良かったっけ?」
「はっはー、変なことを言うね。私は昔から記憶力は良かったでしょう?」
「そうだったっけな」
僕の方にはそんな覚えはなかったのだけれど、まあ現に見せつけられてしまっては、咲良の言うことに違いはない。
「それで、咲良の行きたい店はどの方向にあるんだ? そっちを目指しながら色々見て行こう」
「そうね、一階はスーパーマーケットやレストランが主だから、先に二階に上がりましょう。二階に色んなショップが並んでいて、そっちを見てからご飯にするのが良いと思うわ」
「僕もそれが良いと思う」
「うん、それじゃあ私に付いて来てね」
咲良が繋いでいた手をそのままに僕の手を引いて、エスカレーターまで先導して行く。いつの間に、咲良はこんなに頼もしい娘になっていたのだろうか。
二階まで上がってみると、咲良の言う通り、様々なジャンルのショップが並んでいた。数と広さから余計に自分が迷子であるかのような感覚が増していくのだけれど、
「さあ、来て。こっちよこっち!」
はしゃぐ咲良の歩みに迷いはない。情けないが、ここは大人しく咲良について行くことにしよう。
そうしてまず僕たちがたどり着いたのはブティックだった。店の名前が英語らしいが、フォントが凝った形をしていてよく読み取れない。
中を見てみると、こういう店は季節に敏感なのだろう、秋物の服が並んでいた。しかもセールをやっているらしい。奥の方には冬物の服も置いてあり、流石にせっかち過ぎやしないだろうか。
……うん、服の内容への感想がないあたり、僕って服への関心がないのだなぁと思う。
おまけに、並ぶ服を見ていても、自分の中で大きく区別がつかない。咲良に言ったら猛抗議されそうだけれど。
現に、彼女は嬉々として服を物色している最中だった。衣装持ちの咲良はきっと違いもわかるのだろう。僕はその後ろに続いて様子を見守る。
すると、咲良はいくつかの服を手にとって、僕の方へ振り返った。
「ねえ、こっちとこっちだとどっちが良いと思う?」
そう問われててっきり似たような二択を選ぶことになると思っていたのだが、違った。しかも、上下が揃っている。
右手に持っているのは、暖色系の色のシャツと丈の長いスカート。色合い的に春にも着られそうな気がする。
左手に持っているのは、セーターのような生地の白いワンピースーー名前がわからないがふわふわしていて可愛らしい印象がある。
なるほど、これはつまりコーデごと選べということか。ファッションへの関心が薄いことを自ら明らかにしてしまった、この僕に。
しかし、そんな僕だからこそ、より一般的な感想を言えるのかもしれない。誰も彼もが他人のコーデを注視する訳でもないし、直感的に良いと思ったものが良い、ということになるだろう。
僕は数秒間悩むフリをしてから、左手に持つセーター生地のワンピースに決めた。何となく咲良が着てみて可愛いだろうと思ったからだ。ただ、何となく。
「わかった! お兄ちゃんが選んでくれたから、こっちにするね」
いつの間にかまた「お兄ちゃん」呼びに戻っている。敢えてツッコミは入れないけれど。
「本当に良かったのか、それで」
「うん。……あーでも、なんでお兄ちゃんがケーブルニットワンピにしたのかわかる気がする」
それ、そういう名前だったのか。というか、何となくで選んでしまったのがバレたか。
「膝上丈だし見たいんでしょう、…………下から覗く生脚を」
「待て待て待て。そんな理由で選んだんじゃない」
「皆まで言わなくて良いわ。男の子だもんね」
「からかうな。違うって言ってるだろ」
「そんなことよりもさ、こういうところのショップ店員のお姉さんってみんな垢抜けてるよね」
「そんなこと扱いに大いに不満があるが、まあそうだな。商売柄オシャレで居た方が良いだろうし」
「声かけてきちゃおっかな」
「声かけるって、どうした? サイズでも合わないのか?」
「いや、普通に口説きに行くんだけど」
「普通に口説きに行くな!」
驚きのあまり、公衆の面前でエクスクラメーションマークを伴ったツッコミを入れてしまった。
「えー、良いじゃない。減るもんじゃなし」
「減るんだよ! 人として減らしちゃいけない何かが!」
僕は咲良の左手から引ったくるようにして、ケーブルニットワンピースを引き取った。
「ほら、他に見たい服がないなら会計してくるぞ。これは僕が買ってやるから」
「え、本当に? ありがとう!」
唇を尖らしていた咲良が途端に笑顔になった。やれやれ、さっきのおかしなテンションは何だったのだろう。舞い上がってしまっていただろうか、とか色々思うところはあるけれど。楽しそうな咲良を見ていると安心するので良いとしよう。
井坂から貰ったチケットや父さんから貰った援助金のお陰で、あまり僕の懐を痛めずに済んだ。今度二人には何らかの形でお礼やお返しをしようと思う。
こんな感じに服を見てまわったり、雑貨屋を覗いてみて意外にも興味を引かれるものが多くて結構な時間を割いていたりして、あっという間にお昼になっていた。むしろ、これからご飯に行こうというにはやや遅い時間になっていた。
僕たちは一階に降りて、たまたま目についたパスタ屋に行くことにした。高校生だけの食事にしては少々高めだが、その分質が良く美味しそうなメニューが揃っている。ランチタイムをまだ過ぎていないので、席に案内された僕たちは二人ともドリンクとサラダのついたランチセットを注文した。
メインに先んじて出されたサラダをつまみながら、僕は言う。
「なんだかあっという間だったな。お腹が空いたのを忘れるくらい、時間も忘れてしまってた」
「ふふ、私もよ。でも、ごめんなさい。荷物を持たせたまま、あちこち歩かせてしまって」
「良いよ、このくらい」
見栄を張ったのではなく、これは本当だ。ここに来る前は、もっとマンガ的アニメ的な大荷物を持たされる男性の絵面を自分に当て嵌めて想像していたのだけれど、実際はそうでもない。店に入ったからといって必ずそこで何かを買う訳ではないし、よく考えて商品を選んでいた咲良の買ったものは、まわった店の数の割にはそう多くないのだった。
「だから、僕がついて行く意味はあったのかな。荷物持ちと言えるほど荷物は持ってないしな」
「そんなことないわ。むしろ、私、心配になったのよ。晴輝くんはただ付き合わされただけでちっとも楽しくなかったんじゃないかって」
「そんなことない。一人では行かないようなところばかりだったが、予想以上に楽しかった。楽しくないと、時間も飯時も忘れられないよ」
「それなら良かったわ。私も楽しかった。私が発した何かに反応してくれて、一緒に会話をしてくれて、隣を歩いてくれる人が居て、……こんなに幸せなことはないもの」
「それは……良かったよ。本当に」
昼食をとってからもまだウィンドウショッピングは続ける予定だが、それよりも前に今回の目的を果たすことができて本当に良かった。
咲良が喜んでくれる以外の目的などありはしないのだから。
……………。
あれ、ちょっと待てよ。
…………他にもあったよな、目的が。
咲良のデートの練習という目的が。そちらをすっかり忘れてしまっていた。五行前までの自分の恥ずかしいモノローグが恥ずかし過ぎる。
「咲良、僕は大変なことを忘れてしまっていた。そもそも、咲良のデートの練習ということで来たんだったよな。ごめん。練習にはなっていたか?」
僕が謝罪すると、咲良は柔和な笑みを深めた。
「大丈夫よ。私も忘れていたから」
「えっ? でも、練習は咲良のための……」
「問題ないわ。練習じゃなくて本番だもの」
「……本番?」
練習でなく本番。デートの本番。
それはつまり……?
「晴輝くん、さっきの私の言葉は本当はこう言いたかったの。『私が発した何かにあなたが反応してくれて、あなたが一緒に会話をしてくれて、隣を歩いてくれるあなたが居て』、私はとても幸せ」
「…………」
「晴輝くん、小さい頃からずっとあなたのことが好きでした。あなたの妹のようになれたことも嬉しかったけれど、それ以上の特別になりたい。私と付き合ってください」
「……………………」
上手く、言葉が出ない。
ずっと近くで見守ってきた大事な女の子が、ここまで僕のことを好きでいてくれたとは思ってもみなかった。押し殺していた僕の想いは一方通行ではなかったのだ。
僕も自分の想いを彼女に打ち明けたい。きっと喜んでくれるだろう。僕だって嬉しい。けれど。
この想いは僕のものであって、僕のものではない。
終わり始まるこの瞬間に、僕は問わなければならない。問うことで締めなければならない。
僕のことを真っ直ぐに見つめる彼女に、僕は後ろめたくも真っ直ぐに見つめ返す。
そして、問う。
「これは一体、誰の夢なんだ?」
「さくらドリーム」これにて完結です。……というのも少々不親切なので、少しだけ某小学生の話にお付き合いください。




