わたしのお父さん
「父の日」のおまけエピソードです。
わたしのお父さんの話。
寺井兄妹の父親、寺井洋介のお話。
えーと、何から話そうかな? 無難に職業からかな?
いつも忙しそうにしているお父さんは、それもそのはず、超売れっ子の弁護士なのである。個人事務所を持っているけど前の主任弁護士からそのまま引き継いだから、事務所は自宅と繋がっているなんてことはなくって、だから、お父さんは電車で三十分かけて通勤しなくちゃいけないの。大変だよね。その辺りの詳しい経緯は教えてくれないからよくわからないんだけど、一つはっきりわかるのは、よっぽど大変な仕事じゃない限り、必ずお父さんはうちに帰ってくるということだ。愛されてるねえ、わたしたちーーーーとりわけ、お母さんか。
うちの両親は仲が良い。特に、お父さんからお母さんへの愛が強いんだよね。ノロケっぷりがまるで二十代のカップルみたい。お母さん曰く、昔はもっとツンデレな感じだったんだけど、大学生になって「デレ期に入った」とか言って、今みたいな感じになっちゃったらしい。さすがにそこまでのスピンオフは書かれないだろうから具体的なことはよくわからないにしても、デレ期の方が長いよね、明らかに。
閑話休題。とにかく、兄さんはそんな両親の様子に若干辟易してるようなんだけど、わたしは良いと思うよ。
仲良きことは良きことかな。
簡単にだけど、わたしのお父さんの紹介はこれでおしまい。
ここからは、わたしとお父さんがリビングでお話してるだけ。ぶっちゃけ、リビングから一歩も動かない。
血湧き肉躍る冒険も、鬼気迫る頭脳戦も、涙なしでは読めないハートフルなストーリーもない。そういうのが読みたかったら、本屋や図書館にでも行ってくれば良いよ。
…………よし、大丈夫だね? もう、ここには特に生産性もない雑談を聞いてくれる人の好い読者さんしか居ないね?
オーケーオーケー。じゃあ、そういう訳だから、お父さんよろしく!
「いや、どういう訳なんだ?」
わたしがこれ以上ない完璧な前フリをしたにも関わらず、お父さんはそんなツッコミしかしてくれなかった。
「そりゃ、そうだろうよ。微妙に話のネタになりそうなことも、お前が先に話しちまうし。もっと、やり方を考えろ、優雨」
「ちぇー」
改めて、今日は父の日。お母さんにご馳走を作ってもらって、わたしたちからプレゼントを貰って、お父さんはすっかりご満悦。夕食後に、わたしの対面のソファにもたれかかってる。ネクタイも取って、ワイシャツとズボンだけの格好で片手に缶ビールを持って、なんかもう親父っていう感じ。その割に、おじんくさくないというかスマートな人ではあるんだけどね。
「まあ、今は実に気分が良いからな。愉悦って感じだぜ。あれ、そういや晴輝はどうした?」
「ごはんの片づけを手伝ってるよ〜」
「そうかそうか〜…………いやいや、お前も手伝えよ。なんで、ここに居んだよ」
「人手は多ければ良いってものじゃないの。手伝わないこともまた、手伝いになるんだよ、お父さま♪」
「なーにが、お父さま♪ だ。無駄に口が回るようになりやがって。親の顔が見てみたいもんだ」
「えー、だって、お父さんの娘だもん。しかも、わたし、お父さん似ってよく言われるよ」
「マジか……。俺の全てを見習えとは言わんぞ。時には、反面教師にしてくれて良い」
「えー、わたし結構そんけーしてるのに」
「本当に尊敬してるなら、漢字を使って言え」
ところでさあ、とわたしは話題を切り換える。酔ってはいなくても、お父さんはお酒のおかげか普段以上によく喋ってくれる。普段あまり話してくれなさそうなことを話してもらえるチャンスと見て良いんじゃないかな?
「お父さんがわたしくらいの歳の頃って、どんな感じだったの?」
と、訊くと、お父さんは缶ビールをテーブルに置いて、唸りながら思い出すように、
「高校生の時か…………、今と大して変わらねーよ。よく屁理屈を並べるわボケもツッコミもやってたわで、……茉衣子をよくイジって遊んでたしな」
「わー、いじめっ子なんだー」
茉衣子っていうのは、わたしたちのお母さんのことね。わたし、お母さんも大好き。
「可愛いからいじめたくなる、みたいな感じですかい、お父さま?」
「そう! それよ! 可愛いから、さらに構いたくなるんだよ。いじめるっつったって、本当に傷つけないようにはしていたし、フォローする時はフォローしてたからな。そこらへん誤解すんなよ?」
「わかってるよぅ。だから、今と大して変わらないんでしょ」
「そういうことだ。……あー、ただ、昔はもっと卑屈だったな。アイツと較べて俺なんか、みたいな風に」
「へー、傲岸不遜なお父さんが!」
「今も昔も傲岸不遜じゃねーよ。ただ、今ほどは自分に自信が持てなかったんだよな。その点、お前は大丈夫そうな気がする」
「うん、わたしはわたしがだーいすき♪」
「それで良い。結局のところ、自分の人生は自分ありきでやって行かなきゃなんねーんだ。適度な自己愛は大切にしろよ」
「うん!」
「だが、ないものねだりで悩むこともそう悪いことじゃないんだ。向上心の現れだからな。さらなる成長への肥やしに出来るなら、無駄にはならないぜ。…………優雨、お前も悩みゼロって訳でもないんだろ?」
「………………」
「話したいんなら聞くが、そうじゃないなら干渉しない。『悩みがあるなら聞くよ?』っていうのも、強制するのはある意味暴力的でもあるしな。どうする?」
「…………うーん、お父さんの力は借りなくても良いかな。わたしががんばる」
「ん、なら、がんばれ。俺は口も手も出さない。ただ、ちゃんと見てるよ。お前のことも、…………晴輝のことも。だから、頼りたい時はいつでも頼れ」
「うん」
「あと、あまりに見兼ねたら、その時は容赦なく口も手も出させてもらうからな。覚えとけ」
「へいへい」
「『へい』は十二回だ」
「ヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイヘイ‼︎ ……って、わたしは一体何にノリノリなの⁉︎」
あと、珍しくわたしがツッコミをやらされている⁉︎
「ははっ、お前とは踏んできた場数が違うんだよ」
「…………くすん、そうだよね、最近近くも見えなくなってきたとか言ってたもんね。老眼になりつつあるんだもんね」
「ちげーよ。俺はまだギリギリアラフォーだよ」
キッチンの方の、食器を洗う水音が止まった。お母さんと兄さんの片づけが終わったらしい。お父さん、そろそろ締めの一言をもらえる?
「なんで、茉衣子と晴輝が来たら、話をやめなきゃなんねーんだよ。ったく、」
そう言いながらも、お父さんはわたしの癖っ毛を指で挟んで髪を撫でながら続けた。
「父の日っつー感謝される機会があって、とても嬉しいぜ。ただ、そういうのがなくても、お前らが生まれた時から俺はお前らの父親であることに変わりはない。ちゃんと見守っててやるから、正しいことができる大人になれーーこれは弁護士だからとか関係なく、一人の人間として言ってる。……そんな大人になったお前たちを、俺は死ぬまで子ども扱いしてやるよ」