エピローグだけどプロローグっぽいもの
日曜日。すっきりと晴れた青空にほんの少し冷えた風が吹いている。夏よりは暑さが引いてきた、というくらいの認識だった秋が、冬の接近を思わせるような時期に移り変わったと肌で感じている。僕と優雨は揃って上着を羽織り、駅の改札の前に居たーーおねーさんの見送りに来たのである。
おねーさんは教育実習のために居候していた僕の家を出て、通う大学の下宿先に帰るのだ。明日からまた大学の授業があるらしく、今日のうちにこちらを出なければならないとおねーさんは言っていた。「大学生に戻りたくないー。うら若き高校生たちともっと戯れてたいー」とも……。僕たちだって遊びで高校生をやっている訳じゃないんだけどな。
そのおねーさんは大きなトランクを重そうに持ちながら、出発前だというのにもう疲れた顔をしている。夜明け近くまでお酒を飲んでいたのが悪い。
服装は柄のついたシャツに薄い上着、青いジーンズが長くすらっとした脚によく似合う。大きな丸眼鏡をかけていて、長い髪は首元で一本に括られている。再会した時と違って、若者らしいキマったスタイルだ。
「ハルくん、優雨ちゃん、わざわざありがとうね、見送りに来てくれて。……茉衣子おばさんはまだ駐車場かな?」
「多分そうですね」
僕は駅の駐車場の方向を振り返った。ウチは駅から割と近いところにあるけれど、おねーさんの大きな荷物に気を使って、母さんが車を出してくれたのだ。しかし、日曜日ということもあってか、駅の小さな駐車場は満車になっており、運転する母さんは今も多分駐車場の空き待ちをしているのだろう。
「さっきも伝えたけど、茉衣子おばさんにはよくお礼を伝えておいて。家に置いてくれたことと、車で駅まで送ってくれたことも。あと、洋介おじさんにもね」
父さんは急に依頼人と会う仕事の予定が入ってしまったため、スーツに着替えて僕たちよりも早い時間に家を出て行ってしまった。「俺も日和ちゃんを見送りに行きたかったのに、チクショウ」と毒づきながら。
「はい。ちゃんと伝えます」
僕は答えた。
「おねーちゃん、大学でも頑張ってね」
スキンシップ過剰な妹はそう言って、おねーさんにハグした。そんな優雨を猫可愛がりしているおねーさんもしっかり抱きしめ返す。手持ち無沙汰な僕だったが、ふと妹を抱くおねーさんと目があった。彼女の目尻は下がり、唇は綺麗な半月を描く。……僕はハグしなくて良いですからね。
アイコンタクトで拒否と落胆を伝え合い、優雨とおねーさんの身体も離れる。
「ハルくん、優雨ちゃん、どんなに離れていても、わたしはあなたたちのことを想っているワ!」
「おねーちゃん、わたし、おねーちゃんと過ごした輝かしい日々をずっと忘れないヨ!」
二人は真剣な声音で思いの丈を伝え合う。
セリフだけウェットな雰囲気を作りながら。
目が笑っているけれど。
「おねーさん、電車の時間大丈夫ですか?」
僕が呆れを視線に込めながらそう言うと、おねーさんはその場で腕時計を見てビクッと跳ねた。
「やっば! そろそろ行かなくちゃ! じゃあ、またね! 向こうに着いたらLINEするよー!」
おねーさんはトランクを担いで、改札からホームへと駆けて行った。僕と優雨はヒラヒラと手を振りながら、その光景を見守っていた。
締まらない別れ方だけど、とても風早日和らしく僕たちらしくもあった。今生の別れでは全くなく、むしろ、通信手段の豊富な現代ではどんなに距離が離れていても繋がりやすい。直接顔を合わせるのは難しくなってしまったけれど、言葉を交わすために乗り越えなければならないハードルはあまりにも低い。
僕たちならばきっと大丈夫。フットワークの軽い妹も居る。僕だって投げられたボケは全てツッコミで打ち返してみせよう。
「兄さん、早く行こう。お母さん、駐車場で待ってるだろうし」
「だな。急ごう」
おねーさんが駆け下りて行ったホームを背に、僕たちも歩き出す。
「なあ、優雨。ここ最近は、おねーさんに振り回されっぱなしだったな」
「ん? 振り回されるって誰がよ?」
「お前を中心に、僕たちみんなだよ」
「えー、別にわたしは普通だったけど」
「ほんの少しだけ濁してやった兄の配慮を素直に受け取れ。お前がおねーさんに振り回されてたんだよ」
「まあ、失礼しちゃうわっ。わたしはわたしだもん」
「そうかい」
「じきにおねーちゃんよりももっと良い女になってやる」
「程々に頑張れ」
あんなエキセントリックな人が何人も居てたまるか。おねーさんはおねーさんで、優雨は優雨。似ているようで全然違う二人を眺める日々から、再びやかましい妹との騒々しい日々に戻ったのだった。
何があっても僕たちは僕たちのまま、緩やかに変わる何かを感じながら、まだ終わらない青春を生きていく。
エンドマークはまだ打たない。
「なるほどなるほど。自分の個性のきっかけになるものがあったとしても、それと比べて自分は本物なのか偽物なのかという問いは間違いで、別物で別々に個性がある、というお話だったのですね。勉強になるなー」
「よくもまあそこまで、僕たちのこれまであったことを纏められたもんだな」
「明言しないとわかりづらい部分もありますからね、プロローグのみならずエピローグまで任せていただく我が身としましては、当然の配慮ですよ」
「メタネタを抑える配慮もしてくれると助かる」
「晴輝先輩、この小説からメタネタを取ったら何が残ると言うのですか?」
「もっと色々あるよ!」
「まあ、ともあれ、優雨ちゃんの悩みが良い形で解決して良かったですよ。……日和さんとはしばらく会いたくないですけど」
「…………ラジオ、お疲れ様」
「疲れました。まあ、少しは楽しかったですけどね」
「ところで、香純ちゃん」
「何でしょう、晴輝先輩?」
「地の文もないままに会話が進んでいるけど、今の僕は君から『会って欲しい子が居る』と聞いて、その子の所に向かっているんだよね?」
「そうですね。それ以外に何の説明もないままに晴輝先輩を連れ出しています」
「いやいや、そろそろ説明をしてくれても良いんじゃないかな?」
「……しないとダメですか?」
「ダメとまでは言わないよ。でも、流石に気になるだろう。会う相手ってのは優雨や咲良じゃないんだろ?」
「ええ、もちろん。晴輝先輩の数少ない知り合いの誰にも当てはまりません」
「数少ないって言う必要あったか?」
「別に会わせるのが後ろめたい訳ではないのですけれどね。ちょっと気恥ずかしいだけです。……良いですよ、ちゃんと直球でお教えします」
「晴輝先輩に会ってもらいたいのは、私の弟です」
セカンドシーズンは今回で終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
シリーズはこの通りまだ終わりませんので、今後の更新をお待ちくださいませ。




