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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
2ndシーズン〜優雨とおねーさん編〜
30/250

おねーさん、来襲

新キャラ登場します!

「そこの少年、危ないよー」


 秋も深まり、吹く風が乾燥してきた今日この頃。

僕が一人で下校しているところで、後ろから女性の間の抜けた声が聞こえてきた。

 あまりに真剣味のない声音だったから、声をかけられたのが本当に僕なのか、危ないとは言いつつそれほど危なくはないのではないか、そんなことを思いながら、僕は後ろをゆっくりと振り返る。

 自転車が僕の目の前にあった。

 うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあ⁉

 それほど危なくないどころか、命の危機だった。

 僕は咄嗟に横にかわして、走ってきた自転車を避けることができた。自転車はそのままのスピードで通り過ぎて行く。乗っている女性が足で直接地面を踏みしめ、履いていたスニーカーが地面に削られるように擦られてから、僕の数メートル先で自転車は止まった。


「もう、危ないって言ったじゃん。気をつけなくちゃダメだよ」

「いや、もっとテンションを上げて言ってくれません⁉ 緊迫感に欠けるでしょう⁉」


 勢いのままにツッコミ、というか正当な主張をぶつけてしまったけれど、今にも僕にぶつかろうとしていた女性は、よくよく考えれば全く知らない人だった。

 知り合いにするようなツッコミは失礼だったかと思う反面、突然の事故未遂に対して憤りを覚えないほどに、僕は人間ができていなかった。

 改めてその女性の出で立ちを見てみると、まるで飾り気がなかった。長い黒髪を下の方で二つにくくっており、利発そうな整った顔立ちには化粧もない。丸い眼鏡を掛けているが、眼鏡の縁から零れんばかりに瞳が大きい。着ている大きめのサイズの白いTシャツには真ん中には『心はフリーダム‼』と堂々とプリントされていて、穿いているショートパンツは長身のためかさらに短く見えるものだから、生足がよく見えてしまうのだけれど、全体的な雰囲気のせいで色気も何も感じられない。


「んー、どうした少年? わたしの美貌に見惚れちゃったのかな? 皆まで言わなくても大丈夫! わたしはちゃあんと分かってるからね。ありがとうございます」


 そう言って、女性は深々と頭を下げた。


「いやいや、言ってないです! 思ってもないです!」


 何を言ってるんだ、この人は⁉ 確かに不躾な視線を向けてしまったかもしれないけれど、ポジティブに自意識過剰だ!

 僕がついついこの女性をじろじろと見てしまったのは、彼女をどこかで見た覚えがあったからだ。見ながら思い出そうとしたのだけれど、彼女のある種奇抜な格好のせいでそちらの方に意識が行ってしまって、思い出すことができない。

 …………いや、それ以前に、自転車でぶつかりそうになったことを、もっとちゃんと謝っていただけませんか? 別の意味で頭を下げてもらえませんか?


「ごめんごめん。それは本当に悪かったよ。駅前のレンタルサイクルで自転車を借りたんだけれど、走ってる途中でブレーキが壊れてしまったの。そのままでも何とかなるかなーって思っていたら、そこの坂で勢いがつき過ぎちゃって、君にぶつかりそうになっちゃったんだよ。故意ではなかったけれど、わたしの過失でもあるからね。ぶつからなくて良かった。本当にごめんなさい」


 そう言って、女性はつむじが見えるほどに深く頭を下げた。なんだかお茶らけた人ではあるが、事情もあったようだし、反省もしているようだし、許しても良い気がしてきた。それに、年上の女性に頭を下げさせるのは事情が何であれ後ろめたさを感じてしまう。


「良いですよ。頭を上げてください。ギリギリでしたけど、実際にはぶつかりませんでしたから」


 僕まで少し腰が低くなりながらそう言うと、女性は「マジか! やったー!」と言って、跳ね起きた。表情だけでなく全身から「喜色満面」という四字熟語が噴出していた。

 僕はこのまま再び帰路につこうとしていたけれど、なぜかおねーさんも自転車を引きながら僕について来た。


「いやー、明るく振る舞って誤魔化していたんだけど、結構罪悪感があったんだよ。これでも」

「誤魔化していたんですか……?」

「うん。でも、許してもらえて良かった! おかげでおねーさん、大人の余裕を取り戻せたよ」

「それは大人のやり口をしてまで取り戻すべきものなんでしょうか?」

「あ、でもねでもね。成人したからといって、大人になったとは限らないの。『大人の~』とか言って、虚勢を張るのが大人のやり口なんだよ」

「ついさっきまで自分で言ってたこと全否定ですか」

「だって、わたしまだ子どもだもん! わたし、今年で二十二歳になるんだけど、学生気分だったところで急に大人扱いされてすっごい困ってる」

「それは……まあ、何となく分かる気がしますが」

「二十二歳は大人じゃないよっ! あと、八年は見守っていただきたい!」

「おねーさんが困った大人であることはよく分かりました」


 というか、僕は一体どうして初対面の困ったおねーさんと小気味良い会話をしているのだろうか。お世辞にもコミュニケーション能力は高くない僕にしては極めて異例な事態だ。妹や周りの人々とのやり取りはこれまでの交流や時間あってのことなのだ。

 このおねーさんとはどこかで会ったことがあるのか。それとも、僕の知り合いの誰かに似ているのか。


「それは当たり前だよ。わたしは君のことを知ってる。けど、流石に君の方は忘れちゃったかな?」


 知り合いだったのか⁉

 おねーさんはあっけらかんと僕を知っていると言ったけれど、僕は動揺せざるを得ない。僕の方にはまるで覚えがないからだ。申し訳ない限りだが、ここは変に見栄を張って嘘をつくよりも、正直に打ち明けた方が良いだろう。


「すいません。僕、おねーさんとは初対面だと思うんですけど。おねーさんは僕のことを知ってるんですか?」

「知ってる知ってる。初対面じゃなくて、ショタの頃から知ってるよ」

「衝撃の事実をダジャレを織り交ぜながら言うのやめてもらえません⁉」


 ショタ……僕が小さい頃から知ってるのか⁉


「え、じゃあ、僕の名前は?」

「寺井晴輝くんでしょう? 妹は優雨ちゃん。癖っ毛が可愛いけれど、あの娘、人見知りだったからなあ」

「合ってますけど、…………優雨が、人見知り?」


 僕の良く見知った妹は、自由奔放、コミュ力最強、美少女大好きで、人見知りなイメージとはまるで結びつかないけれど……。


「あれーっ、そうだったかなあ? …………いや、でも、そうか。だいぶ長い間会ってなかったもんね。情報が古すぎるか」

「…………そういうおねーさんは何者なんですか?」

「うーん。内緒」

「内緒って……⁉」

「秘密って意味だよ。別にどうせすぐに分かるから名乗っても良いんだけどさ、謎めいた大人ってなんかカッコよくない?」

「ただ面倒くさいだけかと」

「せめて、次話くらいまではとぼけていたい」

「アンタ、メタネタまで使えるのか⁉」


 本当に何者なんだ、この人は⁉

 初期の香純ちゃんよりも謎めいている!


「変に仄めかすわけじゃあないけどさ、君自身も無意識的に分かっているんじゃないの? 初対面の人間相手に使う言葉遣いじゃないもの」

「……………………」


 ……まあ、どちらにしろ、つい砕けた口調になってしまうのは確かだ。


「ほら、もう着いたよ。君の家だ」


 本当だ。謎のおねーさんと話すことに意識がかかりきりだったけれど、僕の足はきちんと帰り道を覚えていたらしい。それか、これもまた無意識だろうか?


「おねーさん、僕の家の場所まで知ってるんですか?」

「いや、それはちょっとうろ覚えだった。グーグルマップで確かめても良かったんだけど、せっかく君に会えたから、そのままついて行っちゃって、道を思い出してみるの良いかなーって。縁ってあるものなんだねえ」

「縁と言われても、今のところ、発言がストーカーですよ」

「わたしはストーカーでもメンヘラでもないよぅ。失礼しちゃうなあ。……今日のところはこれでお別れするけど、……そうだね、明日全てのネタ明かしをするよ。約束する。ゆびきりする?」

「…………いや、ゆびきりはしなくて良いです」

「そう……。昔はよくやってたのになあ。おねーちゃん、さみしい」

「おねーちゃん?」

「いや、おねーさん。クラスチェンジをしたんだった」


 すでに家の前だから一刻も早く玄関に這入りたい気もするし、おねーさんから話を引き出したい気もする。

 まだ確信は持てないけれど、古い記憶の断片から、この人の正体がだんだんと掴めてきた。


「明日、会えるんですか?」

「うん。予定を勝手に変えられなければ」


 色々と気になることが多いが、今はもうこの人と別れても良い気がする。さっき、ストーカーと言ったのはほぼ冗談で、僕は確かにこのおねーさんに親しみを感じていた。

 おねーさんは嘘を言っていない。


「それじゃあ、僕はこれで失礼します。また明日……会いましょう」

 自宅のドアのノブを持ちながら、僕はそう言った。それを聞いたおねーさんは、「おねーさん」という呼称に似合わないような……。

 まるで、優雨みたいな笑みを浮かべた。


「また明日ね、ハルくん♪」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに日和おねーさんのお話を拝読して、ノスタルジーを感じていました、、!♪ おねーさんのキャラもさることながら、ファッションもオリジナリティがあって良いなぁと思いました。 モンブランさ…
2020/08/25 19:42 退会済み
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