プロローグ
あにはからんや、セカンドシーズンの始まりです。これがファイナルシーズンにもなってくれるとありがたいんですけどね。
色々あって、色々終わり、色々始まった後で、僕と香純ちゃんはこんな会話を交わしていた。
「人は何かを褒める時、…………例えば、描かれた絵などを褒める時に『~みたいに素晴らしい。~みたいに美しい』などと言うことがありますよね」
「ああ、そうだね。意識的にそういう表現を使っているつもりはないんだけど、僕もよく言うと思う」
「ですよね、私もよく言うことがあります。……しかし、『~みたい』というのは、受け取る人によっては褒め言葉にならないことがあるんですよ」
「褒め言葉にならない……。逆? 侮辱されているように聞こえる人も居るってことか?」
「その通りです。もちろん言う方は褒めているつもりで言っているんでしょうが、そのように受け取れない人も一定数居るんですよ。何故だと思いますか?」
「何故か…………うーん……」
「がーんばれ♪ がーんばれ♪」
「いや、応援はしなくて良い! ……『~みたい』を不快に感じるのは何故か……。他のものと同じように、……類似品と評価されるのが嫌だからか?」
「はっはー、さすが晴輝先輩。そうなんですよ。『~みたい』というのは、他の素晴らしいものや美しいものと同格に扱われるのと同時に、オリジナリティーを否定する言葉でもあるんです。自分や自分の作ったものなどを『~みたいに素晴らしい』と言われれば、すでに素晴らしさを保障されたものと同格に扱われるのですから、つまり、自分や自分の作ったものなどもそれらと同じように保障されたような気分になれるんです」
「けれど、その逆もあり得そうだな。自分や自分の作ったものなどに独自の魅力や価値があると思っていたところへ、『~みたい』なんて言われたら溜まったものじゃないな」
「そうですね。そういう方々は『~みたいに素晴らしい』ではなく『~が素晴らしい』という言葉を求めているんです。優れたレプリカではなく、優れたオリジナルと思ってもらいたいんですよ」
「ただ、本人にいくらそんな自負があったとしても、他人に独自の魅力を見つけてもらえないようなものじゃあ、どうしようもないけどな」
「はは、それを言ったらおしまいですよ。ただ、その他人となる私たちも使う言葉に気をつけなければならない。安易に『~みたい』という言葉に頼るのではなく、私たちがオリジナリティーを見出し、言葉にする誠意が必要だと思うんです。遠い将来を見据えた努力ではなく、日頃からの心がけとして、ね」
僕が今回語りたいことと直接関わりはないけれど、何となく頭の中で同じ引き出しに入り得るような内容であった。
個性がどこから来るものなのか。
人と人との関わりはどれほどのものなのか。
それから、思わぬ再会の話を始めたいと思う。
だいぶ短めでしたが、セカンドシーズンのプロローグでした。改めて、よろしくお願いします。




