コラボ特別編・空も飛べるはず
「この小説からは恋心を感じるんだ」
学校の休み時間。わたしこと、人気ナンバーワン妹の寺井優雨は、いつものように親友の雲居香純ちゃんにハグしにかかった――椅子に座っている、彼女の後ろから首元を抱えるようにして抱きしめる、いわゆるあすなろ抱きである。
その時、香純ちゃんが読んでいた小説について訊いたところ、彼女はそう答えたのだった。
「恋心? パッと見ラブコメには見えないよ。表紙に戦闘機が描いてあるし」
「戦闘機は戦闘機でも、空を飛んでいるだろう? それがミソなのさ」
へえ、とわたしは分からないなりに感心する。……最近、前よりも砕けた喋り方をしてくれるようになった香純ちゃんは、意外とボーイッシュな喋り方をするのだった。
余計に好きになっちゃうぜ。
「香純ちゃん、その小説ってどんな話?」
更に言えば、どこから恋心を感じるの?
「うぅん……、ネタバレを避けるように説明するのが難しいなぁ……」
「別にネタバレしちゃっても良いよ」
「それはダーメ。いずれ貸すから、自分で読みなさい」
「えー」
話しながら、香純ちゃんは考えがまとまったようで、これからわたしに説明してくれるらしい。
わくわく。
「この小説の作者さん、天宮守人さんは自衛隊の小説をよく書く人なんだよ。軍事小説というのは時に専門的な情報や兵器に重きを置いて、情緒がおざなりになってしまうことがある。ただ、この人の小説は土台となる自衛隊に関する情報をきちんと踏まえた上で、人間がよく描かれている。そして、個人的な見解ではあるけれど、私はとりわけ恋心をこの人の小説から感じるんだよ」
ほほう。香純ちゃんの読書への造詣の深さと読み方の傾向も感じさせられるけれど、それはひとまず置いておこう。
天宮さんが自分の感情を小説に注ぎ込むタイプの作家、という推測ありきで話すけれどね、と香純ちゃんは続ける。
「彼のデビュー作で感じたのは、空への憧れ、空を飛ぶ鳥に追いつきたいという気持ちだった。多少文章に荒削りな部分があるものの、勢いがあって面白かったよ」
人って、小説に対してものを言う時はどうしても上から目線になっちゃうよね、と、わたしは笑った。香純ちゃんにとってはすでに当たり前のことのようで、より深い笑みを浮かべる。
それでそれで?
「そして、次の作品では、航空自衛隊になる夢を叶えた主人公が、仲間と共に生き生きと活躍する姿が描かれていた。読んでいた私も思わず航空自衛隊を目指したくなるほどだったよ」
香純ちゃんの話を聞いている内に、わたしも天宮さんの小説を読みたくなってきた。多分、小説について語る香純ちゃんの生き生きとした顔がかけ算されているんだと思う。
「それでそれで、次の作品はないの?」
わたしがそう訊くと、香純ちゃんは表情を曇らせてしまった。え、わたしまずいこと言った⁉
「いやいや、そんなことはないんだ。……今言った小説には続刊があってね、航空自衛隊の主人公の帰りを待つ人物が登場するんだ。その人物は空を飛ぶ主人公に憧れ、いつも応援している。ただ、その一方でどうしようもない寂しさがあるんだ。自分は主人公にとって必要な存在なのか、とね。メインは航空自衛隊の活躍なんだけど、どうしてもその部分が気になってしまって。それが天宮さん自身を投影している、というのは穿ちすぎかもしれないけれど、どうしても感情移入してしまうんだよ」
「香純ちゃん……」
恋心っていうのは……。
「あー、そして、更なる続刊が今読んでいるこれというわけだよ。楽しみ半面、不安半面のハラハラの本読みだね」
「…………香純ちゃん、嘘吐いてない?」
「…………ハラハラの本読みっていうのは、嘘じゃないよ」
もう休み時間が終わるね、と言って香純ちゃんは本に栞を挟んでバッグにしまった。なんとなく、香純ちゃんから自分の席に戻るように促される気配を感じたので、わたしはずっと抱きしめていた手を更に強く締める(本の話をしていただけで、抱きしめる手を解くと思うてか)。
「優雨ちゃん?」
「ねえ、香純ちゃん。そのシリーズの一作目、もし持ってるなら貸してくんない? わたしも読んでみたいから。だからさ、その最新刊を読み終わったら、感想を教えてよ」
「……うん、分かった」
それから二日後の朝、わたしが愚兄を置いて先に学校に行くと、教室にはすでに香純ちゃんが居た。机に頬杖をついて、窓の外を眺めている。
「香純ちゃ〜ん、おは〜」
わたしは香純ちゃんの机の前にしゃがみ込んで、頭を擦り合わせた。
「ああ、おはよう。優雨ちゃん」
香純ちゃんは頭を起こして、まっすぐに座った。ちぇっ。
「そうだ、優雨ちゃん。昨日貸した、本はどうだい?」
「面白い! まだ途中だけど、ページをめくる手が止まんなくってさ。夜遅くまで読んでたから、ちょっとおねむ」
「はは、それは良かった」
「それはそうと、香純ちゃんの方は、最新刊読み終わったの?」
「うん」
うん?
「えーっ、読み終わったなら言ってよ〜!」
「いや、それはしょうがないだろう。昨日読み終わったんだから」
「で、どうだったのさ?」
わたしが多分犬が尻尾を振るようにして、迫って訊いてみると、香純ちゃんはふふっと笑って、人差し指を唇に当てながら、
「ひ・み・つ♪」
「はあっ⁉」
何それ、約束が違うじゃん!
「はっはー、書面上でない約束事なんて、あってないようなものだよ」
「ひどっ! 友だち相手にひどっ!」
可愛いからって、何でも許されると思うなっ!
「"A secret makes a woman woman ."」
「『女は秘密を着飾って美しくなる』って、お前はベルモットか⁉」
ふふふ、と笑った香純ちゃんは再び頬杖を突いて、窓の外を眺める。そして、機嫌が良いのか、鼻歌を歌い始めた。そのハミングを聴いて、私はなんとなくその曲に聞き覚えがあるような気がした。確か、その歌の名前は、
『空も飛べるはず』
これも間接的ではありますが、大和薫先生とのコラボです。ありがとうございました。




