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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
1stシーズン〜兄妹と愉快な仲間たち編〜
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コラボ特別編・天使は二人に囁く


 東京都新宿の人通りの少ない辺鄙な場所にある不思議なカフェ『エンジェルウィスパー』。職人気質でちょっぴり愛想の悪い店主とお喋り好きで親しみやすい副店主の待つお店に、ある日、不思議な二人の客がやって来た。その二人は仲が良いのか悪いのか。似ているのか似ていないのか。賑やかなのか静かなのか。

 ――――二人はカップルなのか、…………あるいは兄妹なのか。

 一体、どちらなのだろう?



「ご注文が決まりましたら、そちらのベルでお呼びください。ごゆっくりどうぞ」

 店員――副店主兼料理人の白山晴夏(しらやまはるか)は、テーブル席の二人の客に柔らかな笑みを残して、カウンターの内に戻ってきた。

 そこでは店主の天野一颯(あまのいぶき)が黙々と洗い終わった皿を布巾で拭いている。大柄な彼が持っていると皿が小さく見えるのが、晴夏は面白かった。


「ねぇ、天野。あの二人、仲の良さそうな兄妹じゃない?」


 低い所から聞こえてくる晴夏の弾むような声に、


「いや、カップルじゃないのか」


 天野は低い抑揚の欠けた声を返した――怒っているわけではなく、これが彼のデフォルトなのである。


「えー、どう見たって兄妹だって!」


 晴夏はカウンターの下に手元を隠すようにして、二人の客の方を指差した。

 客の一人は、右側に特徴的な癖っ毛のあるショートカットの少女だ。意志の強そうな目をしていて、感情の豊かさがその表情に表れている。綺麗さよりは可愛らしさが目立つ少女である。

 向かいに座るもう一人は、平均的な長さの髪を少しだけ無造作にしたような髪型の少年だ。少女よりも落ち着きのある雰囲気から、彼の方が少女よりも年上であることが窺える。際立って整った顔立ちではないものの、瞳の奥に暖かい光を帯びた不思議な魅力を持った少年である。

 二人の外見は、似ていると言われれば兄妹のように似ているところがあるようで、他人だと言われれば鵜呑みに出来てしまうようだった。


「どちらとも取れそうだ。いや、どちらでも良いんじゃないのか?」

「え〜、つまんないなあ。じゃあさ、兄妹かカップルか、どちらか予想が当てっこしない? 負けた方が勝った方にご褒美を与えるってことで」

「やらない。そんなことをして何になる」

「意味はないよ。だって、」


 晴夏はお世辞にも広いとは言えない店内を見回す。


「今、他にお客さんが居ないんだもん」


 さすがに声を潜めつつ言う晴夏に、天野は苦笑を浮かべた――要するに、暇なんだな。

 天野は残り少ない濡れた食器の数を見て、吐息を一つ。晴夏に向けて、わずかに愛想の少ない表情を崩して言った。


「良いぞ。その勝負、乗った」







 この勝負は、ウェイターを兼ねている晴夏が二人の客に一言「あなた方は兄妹ですか?」と訊けば、瞬く間に決着が着いてしまうのだが、晴夏も天野のどちらもそれを言い出そうとはしなかった。

 また、妹らしき(?)少女が少年に対して「兄」という呼称を用いれば、これでも一瞬で決着がついてしまうのだが、どんな奇遇だろう、少女がそのように少年を呼ぶことはなかなかなかった。

 店員二人がこのように不躾にも聞き耳を立てていることなどつゆ知らず、少年少女は雑談している。


「…………にしても、こんな店よく知ってたな。言っちゃ悪いが、ここって中々見つかりにくい場所にあるのに」

「へっへーん、わたしはアンテナが広いからね。もの知りなのですよ。『何でもは知らないわよ、知ってることだけ』なんだよ」

「お前、そのセリフは『お前は何でも知ってるんだな』っていう振りと、そう言われるぐらいの知識量がないと使えないぞ。天才でもバカでも、知ってることは知ってるよ」

「何それ、わたしがバカだって言いたいの? うわー、傷つくわー。具体的に言うと、ここでのご飯を奢ってくれるぐらいしてくれないと、この損害に賠償できないよ」

「そこまでは言ってねーし、来る前に割り勘だって決めただろうが。自分の分は自分で払え」

「ちぇっ、ケチでやんの」

「やかましいわ。ところで、話を戻すけど、この店は何で見つけたんだ? 雑誌とかか?」

「ん、そうそう。ファッション誌の中に特集があってね。ご飯も美味しそうな店だったから、一度行ってみたかったんだよ」

「なるほどな。その雑誌では、何かオススメしてたメニューはあったのか?」

「あるよぅ。えーっとねぇ、…………」


 二人はメニュー表をじっくりと眺め始めた。







「カップルじゃないのか?」


 あまり乗り気ではなかったようで、その実二人の会話をしっかり聞いていた天野は、晴夏にそう問いかけた。


「え〜。私は聞いててやっぱり、兄妹だと思ったんだけどなあ」


 晴夏は自分の意見を変えるつもりはないらしい。


「ちゃんと聞いてたの? 男の子は女の子に奢るつもりはないらしいし、その辺のシビアさは兄妹っぽくない?」

「彼氏が必ず食事を奢らなければならない訳じゃない。このぐらいは普通だろう」

「そんなもんかな〜?」


 天野は首を縦に振った。

 すると、テーブル席の方ベルが鳴った。件の二人の注文が決まったようだ。

「は〜い、ただいま〜」と、晴夏はメモを持って二人の客の元へ駆けて行った。







「ありがとうございます。今からお作りしますので、もうしばらくお待ちください」


 溌剌とした店員が恭しくお辞儀して、これまた溌剌とカウンター内に戻って行くのを見て、少年はお冷やを口に含んだ。


「あの店員さん、可愛らしい人だね。口説いちゃおっかな」


 そう言ったのは、少女の方である。念押ししておこう、少女の方である。

 少年は呆れたように、


「お前は一体どこに行きたいんだ? 初期とキャラが変わり過ぎだろ」

「何言ってんの、全然変わってないよ。わたしはわたしでわたしなわたしだもん。こういう面は咲良ちゃんが登場したあたりから表れてきたけどね。あと、ここでそんな話をしても大丈夫なの?」

「いや、大丈夫じゃないな。うん、これは僕が悪かった」


 メタフィクションネタは本篇でやりましょう。

 話題転換。


「ところで、お前がカフェでサンドイッチ以外のものを注文するなんて珍しいな。やっぱり、雑誌に載ってたからか」

「うん。雑誌の記事で、この『鶏と茸のホワイトソース』が載ってて美味しそうだったからさ。確か記事には、『あるラジオでメニューの相談に乗ってもらった』とも書いてあったよ」

「へぇ、ラジオで相談か……。あれ、なんかこんな話、前に聞いたことがあるような……」

「あ、やっぱり? わたしもすごく聞き覚え、というか聴き覚えがあるんだけど、何だっけ?」

「うーむ、喉まで出かかってるんだけどな……。まあ良いか。他のことをしてたら思い出すんじゃないか」

「そだね。普通に楽しみに待ってよっか」







「やっぱり、兄妹だよ。間違いないっ!」


 器用なことに、晴夏は調理をしながら天野にそう言ってのけた。天野も付け合わせのサラダを盛りつけながら、晴夏に返す。


「兄妹かカップルか以前に、あの二人の会話の内容は危ない」

「このぐらいは平気でしょ。……だけど、なんでだろ。私もあの二人には初めて会った気がしないんだよね。特に、声に聴き覚えがある」

「ラジオでメニューの相談をしたのか」

「うん、前に一度ね。お気に入りのラジオだったから。まさか、本当にお便りを読んでもらえるとは思わなかったしさ」

「ラジオが役に立ったのなら、良かった」

「まあね」


 そう言って、晴夏は火を止めた。天野の用意した皿に、フライパンの上のものを盛り付ける。天野は晴夏から受け取った料理の皿をトレーの上に並べる。

 この時の二人の脳裏からは、先ほどまでの暇つぶしの勝負のことは一時的であるかもしれないが消え失せていた――――二人の想いはただ一つ。

 お客様に美味しく召し上がってもらえますように。







「お待たせしました」


 低い声の大柄な男の店員が、注文したメニューを持ってきた。少年と少女は、先ほどとは異なる店員に瞬間的には驚いたものの、目の前に置かれた料理を見てすぐに顔を綻ばせた。

「ごゆっくりどうぞ」と、大柄な店員が立ち去ろうとしていたところ、少女が彼を呼び止めた。


「あのー、店員さん、ちょっと良いですか?」


 店員が振り返る。


「何でしょう?」

「ここって、ネイルサロンでもあるんですよね。もし良ければ、食後にネイルをお願い出来ませんか?」

それを少女の向かいで聞いた少年は驚いたように、

「え、ここってそんなこともしてるのか?」

「ええ、やってますよ〜。是非お試しください!」


 少年の問いに答えたのは、先ほどの店員――晴夏だ。

 少女は少年に非難するような視線をぶつけて、


「看板に書いてあったじゃん。見てなかったの?」

「見てなかった。ただ飯を食べるだけだと思ってたからさ」

「ダメだね〜、そんなことじゃ。初歩的なことだよ、ワトソンくん♪」

「僕はワトソンじゃないし、お前がホームズだなんて絶対に認めない」


 また、言い争いを始めそうな気配を感じた晴夏は、


「ささっ、お二人さん。早く食べちゃって。私の自慢の手料理が冷めちゃうよ」


 と、二人を促した。少年はそそくさと二人分のスプーン、フォーク、ナイフを並べる。少女は晴夏の方、ではなく大柄な店員――天野の方を向いて、


「それじゃ、店員のおにーさん。後でネイルをよろしくお願いしますねっ」


 と、にっこり笑った。それを見ていた晴夏は驚いたようで、


「へーっ、あなたなかなか鋭い。よくこの大男がネイリストだって分かったね」


「大男は関係ない」と、呟く天野だが、少女は、


「いえ、おねーさんは料理を作るのに忙しそうだったし。それに、おにーさんの手って結構綺麗ですよね。特に爪が装飾はないけど、綺麗に整ってて」


 少女以外の三人は、なるほど、と感心した。少女は「この観察眼は、大好きな友達の賜物です」と胸を張る。


「じゃあ、そろそろ食べようか」


 少年の言葉を聞いて、少女は少年と同じように手を合わせる。


『いただきます』


 それぞれに料理を食べ始めた二人だが、上がった歓声は同じだった。


『美味しい‼』


 少年と少女は二人揃って食べるペースを早めた。そんな折、少女は再び顔を上げて少年に喜びを漏らした。


「これホントに美味しいよ、兄さん!」







 少年と少女――兄妹の様子を見て、晴夏は天野の方に向き直る。天野は晴夏の浮かべる笑みに、悪戯っぽさが混じっているのを感じた。美味しく召し上がってもらえて嬉しい、だけじゃないようだ。


「負けた。本当に兄妹だったんだな」

「だから、言ったでしょっ。へへっ、私の勝ち〜」


 晴夏は彼女によく似合うピースサインを出した。それを見る天野は、精々肩を竦めて苦笑を浮かべるしかなかった。

 こんなことになるだろうと、初めから分かっていた。







 この後、二人は兄妹の名前を聞いた。

 少年の名は寺井晴輝、その妹は優雨というそうだ。

 天野が優雨にネイルをしてやると彼女は大層喜び、兄の晴輝に目一杯自慢していた。晴輝はそんな優雨の様子に呆れたような表情だったが、目も口許もどこまでも優しげだった。

 兄妹は二人にお礼を言って、店を後にした。彼らは彼らの日常へと帰って行く。けれども、晴夏と天野は何故かこの兄妹にいつかまた会えるような、そんな気がした。

 日が沈みきって閉店時間となり、天野は扉と窓を閉めきって、シャッターを下ろした。裏口から再び店の中に入ると、晴夏が仁王立ちして待ち構えていた。


「ふっふっふ。約束は覚えてるよね?」


 少し震えている彼女の声からは笑いをこらえるような気配がする。


「ああ、覚えてる。何が欲しい? 何をすれば良い?」

「えーっとねー、じゃあシャネルの〜」

「あまり高い買い物は勘弁してくれ」


 言いかけたところで天野からのダメが入った。けれども、晴夏は取り分け残念そうでもない。

 じゃあね、と晴夏は、今日のお客の兄妹には見せることのなかった、艶めいた微笑みを浮かべた。


「――――久しぶりに、私にネイルをしてちょうだい」



大和薫先生の作品とコラボさせていただきました。大和先生、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 1話完結のお話ながらも深くて、とても面白かったです! コラボ作品なのですね、、!! ラジオでメニュー相談をなさったかたの料理を食べられるなんて、優しくて素敵な物語だなぁと感じました♪ カ…
2020/08/17 19:10 退会済み
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