晴れて輝いて
わたしの名前は優雨。
今をときめく可愛い女子高生である。
美少女である。
季節は夏。長かった梅雨は終わり、空はスッキリサッパリ晴れていて、さえぎる雲がないのを良いことに、太陽がジリジリと地上に熱を放っていた。
暑いよ。暑いって。
夏が暑いのは当たり前であっても、こう、いい具合に加減をしてもらいたい。地球さん、アンタ地球歴何年よ、億単位でしょ、そんだけ長いこと地球をやってるなら良い塩梅を覚えてほしいよね、なんてことを思ってみたり。
愚痴も文句も積もって山を成しそうなほどあるのだけれど、どれもこれも一小市民に過ぎない私が思ったところでどうしようもないことはわかっている。
なので、わたしはエアコンをつけたリビングでソファに寝そべり、ファッション誌を読んでいた。
至福の時間だよぅ、今。
いくら夏とて、冷房の効いた部屋ならば快適に過ごせるのだ。
実に実に。
しかし、あまりエアコンを使いすぎていると空気が乾燥してくる。喉が渇いた。
今こそ、兄の出番である。
「兄さん、麦茶持ってきて~」
「兄をパシるな」
畏れ多くもわたしのお願いに逆らったのは、向かいのソファで怠惰に寝っ転がる、わたしの兄である。
「畏れ多くもって、妹が兄に使う言葉じゃないだろ」
「勝手に地の文を読まないでよ。それに考えてもみて、兄さん。兄という存在はいったい何のためにあるのか」
「少なくとも、妹のパシリのために存在するとは思わん」
とか言うけれど、
「けどまあ、僕もちょうど何か飲みたいと思っていたところだ。良いよ、持ってきてやる。お前は麦茶で良いんだな」
兄さんは気だるげにソファから起き上がって、冷蔵庫の方へのそのそと歩いて行った。
素直じゃないなあ、このツンデレめ。
しばらくして、兄さんはふたつのコップを持って戻ってきた。一つの中身は麦茶のようだが、もうひとつは何だろう。透明だから、水? いや、表面に泡があるから炭酸水? スプライトだ!
「ほら、持ってきたぞ」
と言って、麦茶の方のコップを渡そうとする兄を無視して、わたしはもう一方のコップを引っ手繰った。
「やっぱり、わたしこっち飲む」
「だと思った」
予想通りだったのか、何の抵抗もなく兄さんは残った麦茶を口に含んだ。
麦茶を飲み干した兄さんは、コップをテーブルの上において、先ほどまで寝っ転がっていたソファに姿勢良く座った。
姿勢良く? 何か改まった話でもするつもりだろうか。
「なあ、優雨。ちょっと話があるんだ」
正解かな?
「僕って、どうしてモテないんだと思う?」
いや、残念だった。
正直、ドン引きである。
「はあ⁉ 兄さん、普通そんなこと妹に訊く?」
「お前くらいしか相談相手がいないんだよ」
「ああ、兄さんボッチだもんね」
「やかましいわ」
いやもう全く。
兄さんがモテない理由は火を見るよりも明らかなんだけれど、ひとつ気になるのは、「どうして突然そんなことを考え始めたの?」である。
兄さんはソファに深くもたれかかりながら、
「いや、別に何かしらのきっかけがあった訳ではないんだが、今って夏だろう。リア充共がひと夏のアバンチュールを楽しむ時だろう」
「そうねえ。例外である非リア充共の圧倒的多数の生息を無視すればだけど」
「そこで、ふと思ったんだ。どうして僕はその仲間に加わることができなかったんだろうと。そして、モテないんだろうと」
「悩むタイミングが遅すぎやしないかい、お兄様」
「いつ悩むかじゃない、今ある悩みをどう解決するかが問題なんだ」
「うっわー、なんか名言っぽく言って、その実、ただ現実逃避してるだけの愚か者がいるよ」
「そこまで言うこと無いだろう。とにかく僕はお前の意見を聞きたいんだよ。なぁ、優雨、僕はどうしてモテなくて、友達が少ないんだろうか」
どうやら、本気で悩んでいるらしい。しょうがないなあ、ここは心を鬼にしてありのままを伝えよう。
「休み時間に本を読んでるかスマホをいじってるかで、周りの誰とも会話しないから」
「え?」
「話を向けられても、反応が素っ気ないから」
「あ、あの……」
「なまじ成績優秀なせいで、付け入るスキが無いから」
「いや、でもそれは……」
「わたしか咲良ちゃん以外の同年代の女子とは照れちゃって、リアクションがおかしくなるから」
「…………」
皆さん。これが、やれやれ系主人公を気取った私の兄の正体です。
わたしが身内びいき抜きで理由を答え申し上げたたため、兄さんはポカンと口を開けて、魂が抜けた状態になってしまった。
……少し言い過ぎたかな。
でも、全部事実だからな、あまりフォローのしようがないし。
仕方ない。ここは、応援ゲストを呼ぶことにしよう。
「こんにちは、優雨ちゃん」
「いらっしゃい、咲良ちゃん。ささっ、上がって上がって」
わたしは、先ほど電話で呼んだ咲良ちゃんを玄関で出迎えた。
咲良ちゃん――葉山咲良は私たち兄妹の幼馴染である。
お互いの両親たちが高校からの友達であり家が近いこともあって、子供のわたしたちも小さい頃からずっと仲良しなのだ。
咲良ちゃんは兄さんと同い年だから、わたしよりも一つ年上なのだけれど、全く気にならないくらいに彼女は滅茶苦茶可愛いのである。
咲良ちゃんマジ天使、である。
てか兄さん、咲良ちゃんと付き合えば良いのに。
何はともあれ、咲良ちゃんなら生ける屍状態の兄を蘇生させることができるだろう。
わたしは、咲良ちゃんを連れてリビングに戻ってきた。
「こんにちは、晴輝」
咲良ちゃんは春の陽気のような穏やかな笑みを浮かべた。可愛い。
そして、このタイミングでやっと本名が明かされる兄。憐れだ。
「おお、咲良。何の用だ」
今の兄さんを例えるならば、見舞い客を迎えた入院患者のようだ。面会謝絶寸前レベルの。
「何の用だ、じゃないでしょう。優雨ちゃんが心配して、わたしを呼んだんじゃないの」
兄さんが睨むでもない微妙な視線を私に向けてくるが、わたしはそっぽ向いて口笛を吹く。曲は、春よこいだ。今は夏なんだけどね。
「優雨に何を吹き込まれたのか知らないが、僕は大丈夫だ。ちょっと絶望していただけで」
「ぜ、絶望って?」
現状を掴めていない(しょうがないけど)咲良ちゃんに、わたしは先ほどまでの会話の内容を説明した。
「そ、そんなことでそんなに悩んでたんだね……」
「うぐっ」
呆れと憐れみを混ぜたような苦情を浮かべる咲良ちゃんに、兄はダメージを受けたようだ。
そういや、わたしぐらいしか相談相手がいないからって言われてたんだった。
いっけね♪
でも、咲良ちゃんに相談しようとしなかったのは、ははん、そういうことか。
「確かに晴輝は人付き合いが悪くなったよね。中学まではそんなことなかったのに」
「高校デビューに失敗したんだよ」
「え、わたし知らない。どんな失敗を?」
「言うと思うか?」
「思わないかな?」
「ないよ」
「ないの?」
「ないね」
「少しも?」
「少しも」
「全く?」
「ああ、全く」
出た! このふたりの名物、弾幕会話!
お互いに意思が通じ合っているあまり、会話の中の言葉がどんどん簡略化されていくという。
というか、あれ? 何だかさっきから、恋人未満の二人のいちゃつきを見せつけられているような、わたしが二人のおまけ的存在にさせられているような。
「なら、訊かない。でもね、確かに友達は多い方が良いと思うし、その、モテるか持てないかで言ったら、モテた方が良いと思うよ。だから、そのための努力や反省は必要ね。けどそれ以上に、決して多くはなくても今まで大事にしてきた人にさらに向き合ってみるのはどうかしら?」
「向き合うっていうと?」
「う~ん、例えば身近な人でも意外な発見があったり」
「ああ、咲良、前髪少し切ったのか? とかそういうことか」
「なんだ、気づいてたの。言ってくれれば良いのに」
「特に話題に出すようなことでもないと思ってな。でも良いんじゃないか、それ」
「ありがと。でも、そういうことは口に出して伝えた方が、女の子には喜ばれるものよ。覚えておいて」
「ん、分かった」
「よろしい」
……別にわたしはこのまま黙っていても良いのだけれど、そろそろこのイチャつきを止めた方が良いのかな?
シスターストップ入れましょうか?
「お二人さん、そろそろそのイチャイチャを止めてもらってもいいかな? 読者の皆さんから白い目で見られてるのを感じるから」
『え、別にイチャついてなんかないけど?』
やれやれだぜ。これを素で言ってるんだからな……、二人とも。ま、そこは妹のわたしが外堀を埋めていくとしよう。
「とりあえず、ありがとね咲良ちゃん。兄さんも愛のパワーで復活したみたいだし。あ、そうだ、何か飲む?麦茶とかあるよ」
「ありがとう、優雨ちゃん。でも私、今から二人を外に誘おうと思ってて。駅前に新しくアイスクリームの店ができたんだけど、今からいっしょに行かない?」
「お、良いなそれ。僕も行くよ。優雨、お前も行くよな?」
咲良ちゃんの一声は、引きこもりも外へ連れ出せるのである。
さて、わたしもついて行きたいところだけれど、少し考えてから、答えた。
「わたしはパス。二人で行って来てよ」
「え、良いのか? お前もアイス好きだろ」
「優雨ちゃん、おなかの調子が悪いの?」
「ううん、ちょっと面倒な兄のお守りに疲れただけ」
「誰が面倒だって?」
「自覚のなさは損するばかりよ、兄さん」
「やっぱりお前は僕をバカにしてるだろ」
「違う。嘆いてるだけ」
とか、そんなことをうだうだ言い合ってから、兄さんと咲良ちゃんは出かけて行った。
クックック。私が落としてからの、咲良ちゃんのフォロー。飴からの鞭、上手く行ったようだ。
世話のかかる兄さんは、これだから退屈しない。二人で仲良くデートを楽しむがいい。
陰謀、もとい善行を終えたわたしはソファに完全に体を投げ出した。ちょっと、昼寝でもしよう。
晴れの日の青空では、ギラギラと太陽が照り付けている。けれど、そんな光に背を向けることも悪くないかもしれない。
たまにならね。