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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
Finalシーズン〜Part.2 少年Iの物語〜
189/250

命のバランス

「日記でも明言されていましたよね。私が告白したせいで、物語の流れが変わってしまったと。あとは、七海のヤンチャもありますが」


 香純ちゃんが苦笑を浮かべつつ、視線を七海に向ける。何故かドヤ顔をする七海。ドヤるところじゃないからな、今は。


「つまり、この作品は本来ラブコメにするつもりはなく、基本コメディーの青春成長譚にするはずだったんです。それが流れが変わり、恋愛要素と成長譚が歪に混ざり、さらには物語としての終着点が曖昧になってしまった。そこで、1stシーズンで予備の駒として使っていた“井坂文弥”をラスボスに、倒すべき敵というゴールにすることで、物語を終えようとした。これが貴方の真の目的ですよね、井坂さん」

「ああ、その通りだ。……俺、ミステリはかなり嗜んでいる方なんだが、自分の企みが悉く暴かれていくのはあまり良い気分じゃねえな」


 そう言って、肩を竦める井坂。もう敵役ぶった物言いはやめたらしい。こちらの方が似合ってる。


「けど、お前たちがこうして暴露してくれたせいで、俺が敵役として機能しなくなっちまったよ。どうやってオチを付けてくれるつもりなんだ? ん?」


 前言撤回。敵役というか、普通に自分の計画を邪魔されて怒っている。怒られている。

 ただ、僕たちも考えなしに井坂の目的を暴いた訳じゃない。


「それなら、安心して欲しい。代案は考えてある」

「代案だと?」


 井坂はわずかに目を見開いた。


「うん。こういうのはどうかな?」


 僕は井坂のもとに近づいて、耳元でその代案の内容を話した。

 誰にも聞こえないように、誰にも知られないように、ヒソヒソと。

 ナイショの話だ。


「……なるほどな。面白い。自分でもすっかり忘れてたんだが、俺の好きな漫画にもそういう終わらせ方をした話があった」


 そう言って、井坂は満足そうに頷く。これは好感触そうだ。


「どうですか、晴輝先輩の提案は? まあ、私と2人の合作ではあるのですが」


 僕も香純ちゃんもほぼ同じことを考えていたので、それを擦り合わせて纏めたというのが正確なところだ。

 真相を暴いただけでは事態は前進しない。それに、井坂だって受け入れ難いだろう。だから、僕たちなりに考えた提案を添えた上でお願いをしたい。


「だから、終わりまでの物語をまた僕たちに任せてくれないか?」


 作者にここまで手を焼かせる僕たちではあるけれど、それでももう一度信じて欲しい。

 信じて託して欲しい。

 井坂は腕を組んで考え込むようなポーズを取っていたが、これは明らかに“ポーズ”だとわかった。普段の井坂のように、面白がるようなニヤニヤ笑いを浮かべていたからだ。


「わかったよ。手を引こう。全面的にお前たちの要求を受け入れる」

「え、本当に! 良いのか⁉︎」

「第一、お前の言う通り柄じゃねーんだよな、ラスボスなんて。ほら、俺って良い奴じゃんか」

「「「…………」」」

「……俺も冗談で言ったつもりだったが、3人揃って沈黙するのは流石に酷くないか?」


 やれやれ、と。肩を竦めながら、井坂はゆっくりと歩いて七海の前に立った。


「お前には散々手を焼かされたが、お前が俺に反発するのは無理からぬことだ。……今まで悪かったな」


 井坂は七海の視線まで屈んで詫びの言葉を口にした。当の七海は「フンっ」とそっぽを向きながらも、


「あなたには文句が山ほどありますが、そもそもあなたが書かなければ私たちは生まれなかった。それだけは感謝しないこともないです」


 ……。まあ、今はこのくらいが精一杯だろう。以前までのわだかまりを思えば、七海は相当努力している方だ。


「これまでの借りもあるし、実質的には俺に勝った訳だからな。何か褒美をやるよ。何が良い?」

「母様が死んだのをなかったことにしてください」


 それも、七海が生まれた上で。

 即答した七海からは、それほどの願いの強さが窺える。行成さんが居て、晶さんが居て、今居る家族に不満があるのではなく、母親を求める感情に何の不思議もない。

 だが、井坂は眉間に皺を寄せながら、


「そうしてやりたいのは山々だがな。死んだ人間を生き返らせるのは大きなエネルギーが要る。もっと言えば、命のバランスだな」

「命のバランス?」


 井坂の言葉を継いだのは香純ちゃんだった。


「生と死のバランスと言った方がわかりやすいと思います。命が生まれる一方で必ず別の命が死ぬ。生と死は両方なくてはならないもので、どちらかに偏れば生と死の概念を超えて、生き物という存在は滅びるでしょう。死に過ぎるのが良くないのは勿論のこと、生まれ過ぎも良くないのです」


 なるほど、言いたいことがわかってきた。

 1人の人間を生き返らせるということは、1人の生者を増やし、1人の死者を減らすこと。それが約70億人分の1人だとしても……。


「生と死のバランスが崩れる、ということか」

「そうだ。俺の心情としては水川翠を生き返らせてやりたいんだがな……」


 井坂が苦い表情でそう言うと、「そんな!」と七海が悲鳴と非難を混じらせた声で言う。


「あなたはこの世界の神様でしょう! そのくらい何とかしてくださいよ!」

「言ったろう、俺は全知には近くとも、全能とは程遠いと。ああいや、これを言ったのは葉山咲良が相手だったか。とにかく、水川翠を生き返らせる為には誰かの命を引き算しないといけない。そんな人殺しに等しいことを出来る訳がないだろう」


 井坂の言うことは尤もだった。僕たちだって七海に母親を取り戻させてあげたいけれど、文字通り命を賭けることまではできない。そして、人の命を奪うようなことをしたくない井坂の気持ちもよくわかる。

 七海のこの願いばかりは叶えることができないのか。


『皆様、命を持て余している者が居るのをお忘れですか?』


 突然、どこからか声がした。この場に居る誰のものでもない。辺りを見回すと、七海が首に掛けていた、ペンダントが眩しく輝いていた。


『やはり保険をかけておいて良かった。もう1人のお嬢様に頼んでおいて正解でしたね』


 ペンダントから再び声がしたかと思うと、さらに光を増し、光は人型が作るとペンダントから飛び出して、七海の前に着地する。

 その光の輪郭が顕になっていくにつれて、エプロンドレスの女性が姿を現した。


「皆様ご機嫌よう。メイドの晶でございます」

次回でFinalシーズンパート2終わります! 予定です!

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