番外編・こどもの日
1時間くらい前に今日がこどもの日であることを思い出して、急ピッチで書いてみました。
晴輝と優雨の子ども時代の番外編です。
5月5日はこどもの日。
端午の節句とも言われるこの日は、子どもの健やかな成長や幸せを祈り、お祝いをする日である。昔はひな祭りと区別されて男の子を祝う日だったが、現代では時代錯誤も甚だしく、戦後あたりから男女問わず子どもを祝う日に変わったらしい。ひな祭りも女の子をチヤホヤしながらひなあられを頬張ってたしな。
さて。この俺、寺井洋介も人の親になったからには、きちんと自分の子どもを祝わねばならねえ。ならないんだが。
「……うぅ、ゴールデンウィーク終わる……」
悲しいかな、社会人としての俺は連休最終日にテンション駄々下がりだった。俺の仕事もゴールデンウィークは何とか休むことができたから、思い切り羽を伸ばしたり家族で出かけたりできたのだが、その反動が重くのしかかっている。
学生の頃から何も変わらねえ。ずっと休みなら良いのに。
「そうも行かないでしょう。洋くんにはバリバリ働いてもらわないと。家のローンもあるんだし」
「今は金の話はやめるんだハニー」
一家4人で暮らすには2人暮らし用のアパートは手狭だったから、晴輝と優雨が大きくなる前にと、去年思い切ってローンを組んで一軒家を買ったのだった。仕事の方が良くも悪くも順調なので、返すのにはそこまで苦労はしないんだけどな。
「悪くもっていうことはないじゃない。あなたが新進気鋭の弁護士として頑張ってくれてるおかげで、私たちが生活できてるんだから」
「そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれて良いんだぜ。俺は褒められて伸びる子だから」
「子じゃないでしょう。もう大人でしょう」
愛妻のツッコミが冷静過ぎて寂しい。
「んじゃ、大人の俺は子どもらと遊んで来るかね」
俺はリビングのテーブルから立ち上がり、2階の子ども部屋の方へと顔を出した。
ノックもそこそこに扉を開ける。
「晴輝ー、優雨ー、お父さんと遊ぼうぜー」
「…………」「…………」
なんの気なしに訪れた子ども部屋には、謎に張り詰めた空気が流れていた。
晴輝と優雨は2人とも新聞紙で作った兜を被り、これまた新聞紙を丸めて作った剣を構えて、互いに向き合っていた。何この緊張感。達人同士の試合か?
「晴輝くーん、優雨ちゃーん……」
恐る恐る再び声をかけると、
「とうさん、ちょっとしずかにしてて」
「しんけんしょうぶのじゃまをしちゃわるいんだよ」
2人から嗜められて、思わず「すみません」と敬語で謝ってしまった。
「なんだ、チャンバラしてんのか。2人とも兜似合ってるぜ」
「チャンバラじゃないよ。しんけんしょうぶだよ」
「おのれのしんねんとほこりをかけたいくさなんだよ」
その真剣さはどこから来てるんだよ。つーか、そんな台詞どこで覚えた。昨夜のテレビで時代劇はやってなかったと思うが。
「そうか、真剣勝負に水を差したのは悪かったな」
「おとうさん、みてみて。ほらがいもつくったの」
優雨がそう言って見せてくれたのは、新聞紙をぐるぐるに丸く固めて作られたもので、言われてみれば確かに法螺貝に見えなくもない。
「おー、法螺貝か。本格的だな。上手に出来てるじゃねえか」
「えへへー。ちゃんとふけるんだよ、ほらがい。ぶおおー。ぶおおおー。」
……見ろよ、ここに超可愛い女の子が居るだろう。
俺の娘なんだぜ。
「って、あれ? 法螺貝吹いたってことは開戦か?」
「うおおおお!」「うおおおお!」
子どもたちが勇ましい雄叫びと共に剣を交え始めた。一応怪我をしないように様子を注視しているが、今のところ心配はなさそうだ。どちらもめちゃくちゃに剣を振り回すことなく、構えがちゃんとしていて、当たっているのは剣同士だから危なくない。それに、よく見ると晴輝は自ら仕掛けるのではなく、優雨の剣を受け止めていなすことに専念しているようだ。元々妹に乱暴する奴じゃないからな、晴輝も良いお兄ちゃんやってるじゃねえか。感心感心。
その後も、2人の戦は続き、続き過ぎて疲れてしまったのか揃って肩で息をしていた。そこまでやるか。つーか、晴輝も優雨に怪我させないように気を遣ってるけど勝ちは譲らねーのな。
「お前ら、そろそろ休憩したらどうだ。疲れただろ」
「で、でたな、だいまおう!」
「⁉︎」
晴輝がそう言うと、2人揃ってこちらに剣を向けてきた。え、何その流れ。お父さん、いつの間に大魔王になってたの?
和風な世界観から洋風ファンタジー的な世界観に移り変わっていたらしい。
ただ、見ているだけなのも飽きてきたところだ。良いだろう、乗ってやろうじゃないか。
「何ゆえもがき生きるのか? 滅びこそ我が喜び。死にゆく者こそ美しい。さあ、我が腕の中で生き絶えるが良い!」
「…………なにいってるかわかんないけど、くらえー!」「くらえー!」
うん、幼稚園児に大魔王ゾーマのセリフが通じる訳ないよな。それはさておき、向かってくる子どもたちを迎え撃ってやるのだった。
いてつくはどうは使わないでおいてやるぜ。
「柏餅の用意ができたわ。みんなで食べましょう……って、何があったの⁉︎」
晴輝と優雨が俺に小脇に抱えられて、3人揃って床に寝転がりケラケラ笑っている。困惑する茉衣子の視界に映ったであろう俺たちの姿だった。
「大魔王が勇者2人に勝ったのさ」
「ひどいよ、だって、とうさんくすぐってくるんだもん!」「あははは!」
勿論生き絶えてもらっては困るので、くすぐり程度にしておいたんじゃないか。お父さん大魔王の手心加えられた攻撃に感謝しやがれ。
「もう、3人とも汗びっしょりじゃない。柏餅を食べる前に、シャワーを浴びて着替えてらっしゃい」
「「「はーい」」」
苦笑を浮かべた茉衣子に見送られながら、俺は晴輝と優雨を抱えたまま脱衣所に向かうのだった。着替えは茉衣子が後で出してくれるだろう。
ーーにしても、2人とも重くなってきたな。来年にはもう2人一遍に抱えるのは出来そうにない。その成長が嬉しくもあり、ほんの少しだけ寂しくもある。が、大きくなったらその時はその時で楽しいこともあるだろうよ。
それまでは、晴輝も優雨も貴重な子ども時代を楽しく幸福に過ごして欲しい。
今はただそれだけを切に願う。




