『我儘な親心』
ちょっと間が開いてしまったのに、今回はちょっと短めで申し訳ないです。内容は無駄に重いですが。
『高校生活というものはさほど面白くない。
ライトノベル的なイベントは勿論あり得ないにしても、勉強が難しくなったことと、試験と課題に追われて、思ったよりも課外活動に身を入れづらいのだ。物語の登場人物たちは一体いつ勉強しているのかね。
友人も全く居ないではないが、クラスの陽キャ的雰囲気には辟易とさせられて、一定の距離を置いている。
そんなことだから、自然と執筆が捗るというもの。
俺の書くキャラたちも高校二年になった。……正直、彼らを長く書き続けようという意思はなかったのだが、色々なアプローチを試すうちにすっかり手に馴染んでしまった。
色々なアプローチ……いやもう本当に色々やったな。
名探偵、ヒットマン、忍者、異世界人、エスパー、エトセトラエトセトラ。
同じクラスにミステリ、SF、ファンタジーなど様々なジャンルの担当を一挙に集めたら、結果何でも書けるようになってしまった。
俺はこの一連の小説たちを『日常シリーズ』と名付け、存外忙しい自分の高校生活の合間に書き進めていったのだった。
その過程で気まぐれを起こして、この俺自身を小説に登場させるようになった……一応断りを入れておくが、あくまで脇役としてである。メインは張らなくて良い。大変そうだしな。良い物語の脇役というのも中々美味しいポジションだ。
その程度の旨みを味わうため、作中に“井坂文弥”という人物を登場させるに至ったのである。』
「…………」
小休憩とばかりに三人とも顔を上げたが、誰も何も言わない。最初のうちは、冷酷にダメ出しを入れたり、要は茶化したりする余裕があったけれど、見知った名前が多く出てくると流石にコメントに困る。
特に僕と七海は直接親の名前が出てきているからな。
香純ちゃんはと言うと……。
「何か大きな見落としをしている……違和感……理由……動機……結果……」
小声で呟きながら何かを深く考え込んでいるようだった。日記の内容とはまた別のことのように思えるけれど。
「香純ちゃん、あの、」
「すみません。少々思考を整理したいので、私のことはしばらく放置しておいてくれませんか。日記は2人で読み進めていてくれて構いませんから」
「あ、ああ」
硬質な声色でそう言われてしまうと、僕としてはただ頷くしかない。香純ちゃんのここまで緊張した様子は初めて見る。
「香純おねーさんは文字通り何か考えがあるのでしょう。私たちは日記を読み進めましょうか」
「そうだな」
僕と七海は再びページを覗き込む。
『日記であって日記でない、正確には雑記帳に近いように思えるコレに、たまには日記らしくないことも書くことにする。
俺は小さな頃から誰かのお葬式に行くことが多かった。周りの親戚が高齢だったせいもあり、その分彼らのお迎えの来る日もそう遠くなかったという訳だ。
より親しい人にはお通夜やそれ以前の状態で、遺体と対面することもあった。涼しい部屋に横たわり、白い装束に身を包んだ彼らは、何なら生きている時よりも美しい顔立ちで、安らかに眠っているようだった。後で教えてもらったのだが、これは葬儀屋さんの手によるものらしい。化粧を施したり、俺みたいな素人にはわからないような仕事をしてくれたのだろう。
病気で苦しみ抜いた顔よりも、安らかな表情で居てくれた方が、送る側も送られる側も気持ちが楽になるーー少なくとも送る側のエゴではないと思いたいが。
このように生きていた頃の面影がある内はまだマシだが、火葬の後で遺骨を骨壷に入れる作業は、幼い時分の俺には結構堪えた。
自分に語りかけたり、優しくしてくれたりした記憶のある人が、カラッカラの骨になってしまうのだから。それは水分の抜け切って乾いた枝や、砂浜に遺されて久しい貝殻にも似ている。流石にそこに故人の面影を見出すことはできない。生きていた人が斯様に無機質な“モノ”に変わってしまうことが怖かった。
死にたくないし、死んで欲しくもない。幼心にそう思ったのを覚えている。というか、今でもそうだ。人間いずれは死ぬにしても、死ぬまでにやりたいことはやれるだけ叶えておきたい。そう自覚してからは、我ながら少々強欲になったような気がする。
ここで、自分の書くものに関わることも触れておこうか。
俺は自分の書くキャラに「死ね」とか「殺す」とかいった内容の言葉を絶対に使わせない。例え冗談であっても絶対にだ。むしろ、冗談でそういうことを言うキャラを書かないと言っても良い。
言葉には言霊がある。ただの単語や文章以上のものがある。それは人を動かし、物を動かし、出来事を起こさせ、後でどう取り繕っても消えることはない。故に、軽々しく命の尊厳を蔑めるような言葉を、自分の小説で使う気になんかなれないのだ。
他の人の作品についてどうこう言うつもりはなくて、あくまで自己完結したポリシーではあるが、ブレない軸として確固たる存在感が自分の中である。
もう一つ。……これはポリシーというよりも手癖であるのかもしれないが、重要なキャラが大事な人を亡くしていることが多い。キャラにまでそんな十字架を背負わせることはないんだろうな、本当は。でも、喪失感を知りながらも前に進める人間はとても魅力的だと思う。
かくあるべしとまでは言わない。でも、そうあって欲しいと願うくらいは許して欲しい。
作者としての親心。端的に言って我儘である。』




