『一年生になったら』
『中学を卒業し、高校生になった。
なまじ地元では進学校と呼ばれているところに入ったせいか、春休みに出された課題の山には辟易させられた。その上、入学後早々に試験があると言う。期待で少しずつ膨らみ始めた胸に早々に針を刺された気分だ。あるいは、高校の勉強は甘っちょろいものじゃないぞと釘を刺されたと言うべきか。
いずれにしても、ワクワクとは程遠い高校生活の始まりだったのだが、それでも少しだけ喜ばしいことがあった。
俺の配属されたクラスは1年5組。さらに、出席番号に合わせて配置された俺の席は窓際の一番後ろ。
俺の大好きな『涼宮ハルヒの憂鬱』を彷彿とさせる場所である。オタクとして少々テンションが上がった。
かと言って、俺のクラスにハルヒが居る訳もなく、SOS団なる組織を結成することもなかったのだが。当たり前だけど。
ただ、文芸部はあった。中学は卓球部で、そのまま高校でも続けようか迷っていたのだけれど、これから小説を書こうというモチベーションのあった俺は、文芸部に入ることにした。
文芸部は二年の女子の先輩が三人のみ。俺を含めた一年の男子三人が入部して六人。実にこじんまりとしている。
部室もプレハブ小屋のような場所を日替わりで囲碁部と共有しているとのことだった。そのおかげで、狭い部室の面積のほとんどを碁盤や石、試合に使うタイマーなどが占めていた。文芸部らしさは片隅の棚に部誌のバックナンバーがいくつかしまわれているのみ。大規模な部活動を期待していた訳ではないが、想像を超える小規模さである。
ただ、それぞれに個性は強いものの部員間の仲は悪くなかった。先輩は良い人たちで、同輩はアクが強くて話していて面白い。
部活動中に執筆をすることはなく、また、創作論について語り合うこともなかったけれど、小説を書く上で良い刺激を貰えたような気がする。
前々から思っていたのだが、会話の多い小説を書いてみたい。活字で個性を表す手段は数多くあるが、会話は物語の潤滑剤にもなってテンポが良くなるような気がする。
ライトノベルに挑戦したい。俺は入部して一週間後くらいに早速一つの短編に取り掛かった。
幼馴染の男女が居て、主人公の男子は、とても可愛いけれどトラブルメーカーな女子に振り回されるが、やっぱり彼女を可愛く思えてしまう、という短い話。起承転結も大きな出来事もないが、良いライトノベル処女作になったような気がする。
なんというか、キャラクターに個性を出せたような感触があるのだ。全編通してボケとツッコミが多く、けれども、互いに想いあっている様子が描けている。キャラクターの人物像は概ね好感触なので、他にも話の広げようがある。
葉山光一と光野姫香、彼らとは長い付き合いになりそうだ。』
「え、葉山光一と光野姫香って、咲良の両親のことじゃないか」
光一おじさんは名前がもうそのままだし、姫香おばさんは旧姓が光野だったと、咲良から聞いたことがある。
「こういう名前の出され方をすると、嫌でも実感せざる
を得ませんね。私たちは“彼に書かれたキャラクター”なのだと」
香純ちゃんが神妙な面持ちで呟く。僕も沈黙をもって同意を示した。
「香純おねーさんにはある程度事情を話していましたけれど、晴輝兄がこのような感覚を味わうのはこれが初めてですかね」
「このような感覚……」
「まだまだ最初の方ですからね、どんどん読み進めていきましょう」
七海はそれが何かを説明しないまま、次のページを開く。
このような感覚、ね。
僕もまだ言語化できない感覚について考えるのを一旦放棄することにした。
『話を広げるにあたって、やはり登場人物を増やさなければなるまい。二人だけで物語を展開するのには限界がある。
まずは、光一と姫香共通の友人を考えることにした。
この二人はいつの間にか美男美女ということになってしまっていたから、友人は完璧過ぎない方が良い。もっと言えば、少し二人にコンプレックスを持っているのもあり得そうだ。それでも尚、二人の良い友人で居られるくらいだから、クセはあっても物凄く良い奴なのだろう。
もう一人、女の子が欲しい。姫香がトラブルメーカーの困ったちゃんなので、新キャラの彼女はすごくしっかりした子が良い。強くあろうとしているけれど、弱いところも持ち合わせていると説得力がある。そこを周りに支えてもらうことで、人間として成長していけるし、物語の展開もしやすくなる。学級委員長にしてみよう。
友人男子は女の子の方に合わせて、チンピラ口調のようになった。喋らせれば誰よりも口が回り、屁理屈を捏ねてばかりだが、本当は優しくて気配りのできる男。
この二人のネーミングは我ながら酷いことになった。
男の方は王子(光一)と姫(姫香)の側にいる爺(寺井)、下の名前は適当の極み。気を“衒う”という意味もあるが、そんなこんなで名前は寺井洋介。
女の子の方は本当に良い名前が思いつかなくて、この当時読んでいた『学校を出よう!』というラノベで好きだったキャラ二人の苗字と名前をそれぞれ拝借して、宮野茉衣子。
実際に書いてみると、この二人は光一&姫香よりもキャラとしてさらに良い動きをしてくれた。……メインを洋介&茉衣子に寄せようかと考えを改めたくなるくらいに。
ついでに、もう一人考えよう。個人的な趣味嗜好から、重厚なSFとまでは行かずとも、「少し不思議」くらいのSFが結構好きなのだ。
ドラえもんのように。
という訳で、そういう展開ができるような発明家キャラが欲しい。丁寧語で物腰穏やかなのに、やっていることが危ない奴が面白い。お金持ちキャラにすれば、そちらの方面でも話が作れるし、口調にも育ちの良さを鑑みた説得力が生まれる。
名前は有名な科学者から取ろうとして、真っ先に浮かんだのが湯川秀樹。湯ではなく、水に変えて苗字は水川に。下の名前は、もう一つ二次元では有名な博士、オーキド博士(本名はオーキド・ユキナリ)から行成に。水川行成なんてのはどうだろう。思いの外、様になっている。
あとはまあ、適宜考えていこう。
彼らと共に、俺はもう一つの青春を送りたい。』




