神様の日記帳
パート2開始です!
前回のあらすじ。
“井坂文弥の部屋”を訪れたら、17歳の七海が現れたのだった。
……いや、何でだよ。
「演出って大事ですよね。いかに記憶に残る登場ができるかが、その後の活躍の鍵にもなるのです。ジョジョのキャラが初登場時に奇行をしがちなのもそうです。ブチャラティの汗を舐めて嘘を見分ける特技しかり」
「それはどちらかというと黒歴史なんじゃないか」
5部のエンディング直後にあの汗舐めをしていたと思うと、キャラとしての印象が繋がらないんだよな。
「って、ジョジョの話は良いんだよ。雑談している場合じゃなくて……」
「それにしても若いですねえ、二人とも。特に香純おねーさん! 散々虐げられてきた私ですけど、今の私は香純おねーさんよりも1歳だけとは言え年上なんですよ」
ほぼ香純ちゃんと同じ背丈まで伸びた七海が完全に調子に乗っている。バカ、気付け。僕の隣から放たれている冷気に。
「香純おねーさんもすごい人ですが、天才度で言えば、私も負けていませんからねえ。うふふふん、香純おねーさんも今は私のことを七海おねーさんと呼んでも……」
「で?」
「?」
「私は『この場所の説明と一緒にきちんと自己紹介をしてもらえるんだろうね?』と訊いたんだ。天才の七海おねーさんのことだ、1歳年下の私の質問を聞き逃すことなんてある訳がないだろう。ね?」
ニッコリ微笑みながらそう言う香純ちゃん。だが、その声色には絶対零度の冷たさがあった。
「申し訳ありませんでした! ここは井坂文弥の部屋で間違いありません! 私は貴方たちの知る水川七海からエマージェンシーを受けて助けに駆けつけた、パラレルワールドかつ未来の水川七海です! 詳しい事情もちゃんと説明します! 申し訳ありませんでした!」
悲鳴をあげるような早口と共に、スライディング土下座を決めた17歳の七海。
七海がいくつになろうと、ここの力関係は変わらないらしい。
「パラレルワールド、か。直の未来でないことがネックだな」
「まあまあ、直接的な保証がなくとも、ちゃんと力になりますって」
ここの二人の会話の文脈がよくわからなかった。が、七海はすぐに僕の方へ向き直って、
「説明大好き七海ちゃんがちゃんと説明しますからね。晴輝兄、多層世界……えーと、言い方を変えます。パラレルワールドについてはどのくらいの理解がありますか?」
「パラレルワールドか……。“もしも〇〇だったら”っていう違いで枝分かれした世界のことだよな。並行世界ともいう」
「その理解で大丈夫です。観測者がいる世界を基準として、過去のある時点から分岐し併存する世界をパラレルワールドと呼びます。パラレルワールドは並行世界、つまり横に並び立つ世界とも捉えられますね。私の研究テーマはこの“横の世界”なんです。しかし、あなたたちがよく知る小学生の水川七海は“縦の世界”にご執心だったようですね」
「“縦の世界”というのは……」
「私たちの世界を基準として、私たちを創造した神の世界、私たちを創造した神の世界を創造した神の世界……。という風に縦に重なっていく世界のことです。もっと身近なイメージで言えば、小説と作者の関係ですね」
「ああ」
七海の言いたいことがわかってきた気がする。
作者は小説を書くことで一つの世界を創り、小説世界でキャラクターたちは物語という人生を送る。キャラクターの中にも小説を書くキャラが居たっておかしくない。その彼(あるいは彼女)もまた小説を書くことで新たに世界を創る。
その重なり方はマトリョーシカにも似ている。
「縦と横の構造はお解りいただけたみたいですね。次にこの私の立ち位置なのですが……そうですね……、数学の比例反比例などで使うような、x軸y軸のあるグラフを思い浮かべてみてください」
現役の高校生である僕にとっては想像しやすい。横の線のx軸と、縦の線のy軸。座標で表すと(x,y)。
「そのグラフにおける原点0を私たちの現在の世界、xを並行世界、yを時間と考えてください。なお、yの値が+に増えるごとに先の時系列、つまり未来になるものとします」
「わかった」
「原点0の私は小学5年生の11歳で、研究テーマが“縦の世界”。原点0の座標は(0,0)なんですけど、便宜上(11歳,“縦の世界”に関心あり)としておきます。一方、この私は高校2年生の17歳で、研究テーマは“横の世界”。これを座標にすると、(17歳,“横の世界”に関心あり)となるのです。これが(17歳,“縦の世界”に関心あり)だったら、あなたのよく知る水川七海の直接の未来の姿なのですが、この私と彼女ではx軸が同じでもy軸に入る値が異なります」
「その違いがパラレルワールドの七海ということになるのか」
「その通りです。流石晴輝兄、理解が早いですね」
香純ちゃんはここまで懇切丁寧な説明を受けなくても全てを理解しているようなので、それと比べると、自分の理解がそう早くは感じられないんだけどな。
「香純おねーさんとはその辺の議論はとうにしていたのでしょう、わかってて当然ですよ。ちなみにこの考え方は実は『ドラえもん』の有名エピソードの一つである“ドラえもんだらけ”にも適用できるんですよ」
並行世界だろうと、藤子・F・不二雄先生の作品大好きなのかよ。
「のび太くんに押し付けられた大量の学校の宿題を終わらせるべく、ドラえもんがタイムマシンで2時間後、4時間後、6時間後、8時間後の自分を連れてきて手伝わせるという話です。この話も多くの矛盾を孕んでいるのですが、その一つが2〜8時間後のドラえもんたちが当初はピンピンしていたことなんです」
七海に言われて、前に読んだ“ドラえもんだらけ”の話の記憶を紐解く。確かに、呼び出された未来のドラえもんたちに疲れている様子はなかったな。
「現在のドラえもんが宿題を続けていれば、2〜8時間後にはそれぞれ相応の疲れがあるはず。しかし、2〜8時間後のドラえもんたちはさも呼び出された時点から宿題を始めるかのような振る舞いを見せている。ここで同時存在の問題も生じますけれど、それ以前に呼び出された時点で既に矛盾が生じているんです」
なるほど確かに。
「ただ、その矛盾への回答が『ドラえもんは未来かつパラレルワールドのドラえもんを呼び出したから』なんです。そのパラレルワールドの内容は単純です、“のび太くんから宿題を押し付けられていないドラえもん”です。x軸は単純に時間を当てはめるとして、y軸には“宿題を押し付けられていない世界”という要素が入ります」
そうすれば、原点0のドラえもんが呼び出した未来のドラえもんたちの振る舞いにきちんと説明がつく訳だ。
雑談に見せかけて、目の前の七海の立ち位置がよりわかりやすくなった気がする。
「この私の話に戻しますが、私の座標のy軸の値には“横の世界への関心あり”以外の別の数値を入れることができますね。それは何だと思いますか?」
ここまで説明してもらって、その問いに答えられない訳がない。そもそもx軸ーーつまり、17歳の未来の七海の存在自体が答えだ。
「“11歳の時に世界が改変されていない”だな?」
「イェース、流石です晴輝兄。そもそも、私が11歳の時に世界の改変があったーー私が消えることになっていたなら、未来の私なんてものは存在し得ないのです」
さっきの香純ちゃんと七海の会話の文脈も、これでやっとわかった気がする。
もしもこの七海が僕たちの直接の未来の姿だったならば、七海に未来があるーーつまり事態の解決が確定しているという保証に繋がる。が、この七海がパラレルワールドの人物だと、その保証がないという訳だ。
ややこしいがそういうことらしい。
「ただ、私の登場にそこまでガッカリして欲しくないんですけどね。結構すごいことやってるんですからね、私は未来かつパラレルワールドから晴輝兄たちのサポートに駆けつけたんですよ。この私が“横の世界”のオーソリティじゃなければできないことです。天才七海ちゃんですから」
この七海はやけに天才を推してくるな。事実、天才であることに間違いはないんだろうけれど。
「七海、君の立ち位置と世界の構造の解釈はこれでわかった。次に、この部屋が何なのか、そしてここで私たちが何を為せば良いのかを説明してくれるかい?」
「お任せください! エマージェンシーと一緒にそのあたりも聞いていますから、晴輝兄と香純おねーさんをしっかりガイドしますとも」
七海は張り切りつつそう言うと、不意に部屋の勉強机の方を何やらガサゴソと漁り始めた。「えーと、JS私が言うには確かこの辺に……ああ、ありましたありました!」独り言の後に、僕たちの前にノートを突き出した。
「これは……ただの学習ノートじゃないのか? 僕らも使っているような」
「物としてはその通りです。しかし、ここに書かれている内容こそが、私たちがこの場所に来た目的なんです」
七海は深呼吸してから、こう続けた。
「これはいわば『神様の日記帳』です。これを読んで“彼”のことを理解し、世界を元に戻すよう説得しましょう!」
ややこしい部分は実際にグラフを書いてみるとわかりやすくなるかもしれません。すみません、本当にややこしくて。




