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兄妹シリーズ  作者: モンブラン
Finalシーズン〜Part.1 リスタート〜
171/250

扉を開けて

ちょっと遅くなってすみません。

「簡潔に説明しますとね、優雨ちゃんに私も咲良先輩もお呼ばれしたという訳です」

「なるほど、わからん」


 トースト片手に簡潔に説明する香純ちゃんだけれど、簡潔過ぎて疑問は尽きない。ただ、サラッと主犯を明かしてくれたので、今度は優雨に話を振ることにする。


「優雨、なんで咲良と香純ちゃんを呼んだんだ?」

「んー、兄さん今日は大事な用事があるんでしょう? こう、最終決戦的な」

「言い方も解釈も緩いわ」


 美味そうにコーヒーを飲みながら言われてもな。美味しいけどさ。


「闘うならやっぱりパーティーを引き連れなきゃ。一人旅なんて初代ドラクエじゃないんだから」

「……倒しに行くのが竜王くらいわかりやすかったら良いんだけどな」

「ま、何するのかはわかんないけどさ、可愛い女の子が集まったらテンション上がるでしょ。実際、わたしはめっちゃアガってる」

「言いたいことはわからんでもないが、私利私欲が混じってるだろ」

「だからなに? 可愛い女の子を侍らせて、わたしは超ハッピーよ?」

「……ハッピーで良かったな」


 いつも楽しそうで羨ましいよ、この妹は。


「まあ、実際壮行会としては良く機能しているんじゃないですか」と香純ちゃんが横からフォローを入れる。


「この時点での咲良先輩も見目麗しいですし、素敵なおっぱいをお持ちですし」

「あなた、さっきから私のことをずっとおっぱいと絡めてしか話してなくない?」

「そうかもしれませんね。大好きな先輩の胸に対する想いを胸三寸に納めるのは難しいですから」

「このタイミングで『胸』の慣用句を使うのやめてくれるかな?」

「胸に一物抱えるよりも印象は悪くないかと」

「やめてって言ったの聞こえなかった?」

「おや、てっきりフリなのかと。後輩に対して先輩としてコミュニケーションの基本を示してくださるのかと思って、私は胸を借りる思いでいたのですが」

「やめて。ノー。ストップ」

「そのご忠告、胸に刻みますよ」


 僕の彼女が僕の幼馴染を生き生きといじめていた。

 昨夜、咲良とは結構シリアスな雰囲気で電話をしていたのに、一晩経っただけで色々と台無しになっている。


「晴輝、この子何なの⁉︎」

「んー……まあ、良いんじゃないか。懐いているだけなんだから」

「懐いてるの? これが?」

「そうですよー、咲良先輩。あの校内一の美少女との誉高き咲良先輩と朝食をご一緒できるなんて。もみもみ。とても光栄ですよ、私」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、今無視できない擬音が混じってなかった?」


 咲良の背後からすぐに離れて、香純ちゃんは何事もなかったかのように話を本題に戻していく。


「ただ、やはり当事者でない優雨ちゃんと咲良先輩を同行させるのは賛成できませんね。気持ちはありがたいのですが、この世界の影響下にある二人を連れて行くにはリスクがあるでしょう」

「リスク?」

「例えば、記憶です。私は、自分で言うのもなんですが頭の造りが特殊なので、半年どころか16年分の記憶の改竄にも耐えられた訳ですが、普通の人間が半年の記憶の書き換えに耐えられるはずがありません。そして、それが行った先の結果次第では起こり得る訳です」

「……そうか」


 香純ちゃんの言いたいことがわかってきた気がする。僕以外のみんなが世界の異変に、つまり元の世界の記憶との齟齬に耐えられたのは、個人ではなく世界ごと変わっていたから。

 もしも、世界を元に戻した時に、記憶が世界ごとα化している2人は世界の再改変に耐えられるのだろうか?


「つまり、2人にはこのまま変化の影響を受け続けた方が負担が少ないということだな」

「その通りです。……ということで、優雨ちゃん、気持ちは嬉しいんだけど……」

「うん。よくわかんないけどわかった。できないことはできないからさ、兄さんと香純ちゃんで頑張っておいで」

「優雨……」

「兄さんはどうでも良いけど、マイスイートエンジェル香純ちゃんのことは頼んだよ。…………兄さんにもまあ、『おかえり』くらいは言ってあげるからさ」

「ははっ」


 本当可愛くないな、この妹は。窘める代わりに僕は優雨の髪をぐしゃぐしゃに掻き撫でてやった。


「僕に任せろ」








 僕と香純ちゃんは水川邸にやって来た。短期間にここまで頻繁に通ったことはなかったが、改めて大きな屋敷だと感じる。

 いよいよα化した世界を元に戻すべく、事態が進展する訳だ。思えば、この家の人たちが一番α化した影響を受けているような気がするーー翠さんの死がなかったことになり、引き換えに七海の存在がなかったことにされている。後者の結果の副産物として、翠さんが生きているという考え方はあまりしたくないが、いずれにせよ、命の有無は大きい。


「お待ちしておりました、晴輝様。……香純様もいらしていたのですね」


 いつものように、晶さんが玄関で出迎えてくれる。


「……。こんにちは、晶さん」

「こんにちは。……今の世界の状態では私と晶さんは面識がないはずですが、やはり私のことを知っているんですね」


 隣の香純ちゃんが口元だけで笑いながら言うが、


「“時”に関してのみ、私は世界の枠組みから外れておりますから。故に、七海お嬢様のご友人である香純様に接した歴史の記憶はきちんとございます」

「初対面の挨拶から始めなくて、手間が省けますよ」

「ええ、まったく」


 晶さんと香純ちゃんとの間に流れる奇妙な空気感は何だろう。香純ちゃんと七海の交流の中で、この家に来たことがあるということは、晶さんとも面識があるということ。険悪さはないものの、ただの歳下の友人の家のメイドさんというだけではないような……。いや、そもそも香純ちゃんは晶さんの“年齢”について知っていたのか。


「旦那様と奥様がお待ちです。中へどうぞ」


 今気にするようなことでもないな。目的は行成さんが作ってくれた“井坂文弥の部屋”に通じる機械にある。下手なツッコミはするべきではないだろう。

 ……晶さんの目元が赤く腫れていることについても。





「晴輝くん、何度も足を運ばせてすまないね」


 場所は元の世界では七海の使っていたラボーー地下室だ。そこには行成さんがいつものキチッとしたスーツ姿で立っていた。傍には翠さんも居る。今日は翠さんも体調が悪くないようで、むしろ行成さんの方が少し顔色が良くない風に見える。夜遅くまで作業をしていて睡眠不足なのだろうか。


「こちらこそ、行成さんには大変面倒をおかけしてしまって」

「構いませんよ。久しぶりに発明に勤しめたのは悪くなかった。……ええと、晴輝くんの隣に居るのは、事前に聞いていた、」

「雲居香純です。今回の件の事情を知る者として、そして、七海の友人として同伴させていただきます」


 香純ちゃんが話を引き取って、そのまま丁寧に礼をして挨拶する。


「水川行成です。おっと、雲居さんは僕のことを知っているのでしょうから、余計だったかな。ただ、あなたにも誠意を持ってお願いしたい。どうか、七海を、娘をよろしく頼みます」


 行成さんの方も香純ちゃんに丁寧に礼をしたーーこちらはどう言い表せば良いのだろう、相応しい言葉が見つからないけれど、とにかく重みと深みがあった。

 翠さんは……。静かに穏やかな表情を浮かべる彼女に、どう挨拶をすれば良いかは未だにわからない。翠さんの意思は聞いていても、これからやろうとしていることの意味を考えると、割り切れない部分もある訳で。

 そんな僕の気まずさを見透かしてか、翠さんはクスクス笑いながら、


「ふふっ、晴輝くんは本当に優しい子。人のために心を砕くことのできる、本当に素敵な子。だから、私も行成さんも、それに晶も、七海のことをあなたに任せられるのよ。私は犠牲にならないし、死にもしない。心も思い出もあなたたちが居る限り、決して消えはしないもの」


 何も言えなかった。けれど、そこに気まずさはもうない。胸の内が大きく揺さぶられた後で、篝火を灯されたように感じる。そして、翠さんの言葉は僕だけに向けられたものではない。

 翠さんを喪うことを恐れた行成さん。一度翠さんを喪った経験と記憶のある晶さん。

 全てを理解できるとはとても言えないけれど、汲み取れるだけ汲み取るならば、僕のすべきことは前に進むことだけ。


「難しい操作は何も要りません。調整は既に済ませてありますから、この扉を潜れば指定の空間座標の場所へ行けます」


 行成さんがそう言って指したのは、部屋の真ん中に置かれたピンク色の扉だった。


「…………」


 真面目な空気に水を刺したくはないんだけれど、ツッコミを入れずにはいられない。そういう性だから。


「これ、どこでもドアですか?」

「違いますよ」

「どこでもドアですよね、どこからどう見ても」

「10光年以内の距離なら指定した空間座標への移動は可能ですし、しずかちゃんの家の風呂場にも行けますけれど、違いますよ」

「いや、それ十分過ぎるほどにどこでもドアでしょう」


 このどこでもドアもどきと言い、七海のもしもボックスを模したタイムマシンと言い、この親子は本当に……。


「藤子・F・不二雄先生へのリスペクトはさておき、向かう場所までの安全は保証しましょう。さあ、行っておいで」


 ……。調子が狂ったけれど、案外このくらいが普段の僕たちらしい。

 真面目に、それでいてユーモラスに。


「はい、行ってきます」


 何ら大したことはない、ただ目の前の部屋に入るためにするように、僕は扉を開いた。ついて来る香純ちゃんの気配を感じながら、僕は扉の先へと進み出る。















「……ここは?」


 一瞬視界が全て真っ白になって、思わず目をすがめてしまう。それからゆっくりと開いていくと、


「部屋、ですね。これは、確かに」


 戸惑うような口調で言う香純ちゃん。僕も同じ感想だ。

 ベッド、テーブル、収納ダンスにクローゼット。薄緑色のカーテンがかかった窓と、部屋の奥にある勉強机。そして、部屋の中で一番大きく面積を取っている本棚。

 何より、人の家に来た時のような匂い。


「あまりに普通の部屋過ぎる……」


 僕が真っ先に得た感覚は、同級生の家に遊びに来たようなものだった。


「ここが、井坂文弥の部屋なのか?」

「その通りですよ」


 背後から聞こえてきた返事に、僕は慌てて振り返るーー香純ちゃんも。

 陽気な声で僕に返答したのは香純ちゃんではない、僕と香純ちゃん以外の第三者。“彼女”はノックもなしに、僕たちの後からガチャリと扉を開けて入ってきた。

 “彼女”の見た目は僕たちと変わらない年頃、どころか僕たちと同じ高校の制服を着ている。しかし、学校では一度も見たことがない女子だ。

 ぱっちりとした目の上にかけられた丸眼鏡。長い髪をサイドテールにしてゴムで括っている。……いや、そんな表面的な特徴よりも、違和感と懐かしさが混在する、この感覚は何だ。

 香純ちゃんの方を見ると、彼女は“彼女”のことを見つめる目元だけ険しく、口元だけで笑う器用な表情を浮かべていた。


「君の正体は大方予想がつくんだけど、この場所の説明と一緒にきちんと自己紹介をしてもらえるんだろうね、七海?」

「七海⁉︎」


 言われて、“彼女”を再び見ると、驚きと共に不思議と腑に落ちた。そして、やっぱり疑問が湧くのだけれど。


「付き合いの長い晴輝兄に真っ先に気づいて欲しかったんですけれどね、まあ、蛹から蝶へと羽化するように変貌を遂げる年頃ですから、それも致し方なしですか」


 “彼女”はそう言うと、顔の横で両手でピースしながら陽気に自己紹介した。


「私は水川七海、17歳バージョンです。いえい!」

次回からfinalシーズンpart2をお送りします!

乞うご期待!

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― 新着の感想 ―
[良い点] わ〜!!!めちゃめちゃ面白かったです!!!。゜(゜´ω`゜)゜。♡♡♡ とてもシリアスに読み進めていたら、いきなりのどこでもドアの不意打ちがすごくてツボってしまいました笑!! でもやはり、…
2021/02/25 21:06 退会済み
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