飾らぬ想い
なるべく早く続きを書きます。がんばります。
クリスマスツリーの飾り付けは我が家の毎年の恒例行事である。
玄関を上がってすぐのスペースに、優雨の肩くらいの高さのもみの木……の模型が置かれる。僕たちがほとんど物心つくかつかないかくらいの時にこの家に引っ越してきて以来、ずっとこの場所が定位置だ。
二、三年前から僕と優雨だけで飾り付けをすることになっているので、
「それじゃあ、あとはよろしくね」
「わかった」「おっけー」
母さんに全権を委ねられた僕たちは、早速作業に取り掛かったのだった。
既にツリーの枝は開いてあるから、まずはライトだ。
コードを斜めに角度をつけて巻きつけていく。
「斜めにしないとウン……」
「ソフトクリームみたいになるからな!」
妹の下ネタをツッコミでインターセプトした。
お食事中に読んでいる人が居たらどうするつもりなんだ。
「その反応速度からして、やっぱり兄さんもウン……」
「よーし、いよいよオーナメントだな!」
オーナメントの飾り付けのコツとしては、大きくて数の少ないオーナメントを等間隔に飾ってから、その間を縫うようにして小さなオーナメントを取り付けていくのが王道だ。
ライトを斜めに巻きつけているため、大きなオーナメントはジグザグに飾るとバランスが良くなる。大きくて丸いからポイントにしやすいんだよな。
僕が大きなオーナメントを飾ってからすぐに、優雨が装飾が細かなオーナメントを取り付け始めた。僕が飾っているのを見ていたからか、手際良くかつちょうど良いものを見繕っていく。慣れたもので、こういった作業は相談なしに進められる。
「よーし、可愛いっ!」
優雨の方も終わったようだ。あとは、モールやリボンを取り付けて完成だ。
二人でそれぞれモールを巻きつけ、リボンを添えていく。
「兄さん、リボンとバンダナならどっち派?」
「リボンだな。というか何の話だ?」
「りぼんとちゃおだったら?」
「ちゃおかな、アニメの世代的に。だから何の話なんだって」
「リボンとレース」
「ノーコメント」
「ちっ」
かように毒にも薬にもならない雑談を繰り広げながら、僕たちは手付きだけは丁寧にツリーを飾り付けていき……。
「「完成!」」
無事に今年のクリスマスツリーが出来上がった。互いに健闘を称えて、軽くハイタッチする。
ちなみに、ツリーの足元の飾り付けはしない。移動のしやすさと片付けやすさを重視しているからだ。
「あとは、クリスマス当日を迎えるだけだな」
「兄さんは香純ちゃんとデートでしょ?」
「……ああ、まあな」
「兄さんがちゃあんとエスコートしてあげるんだよ? 少なくとも、香純ちゃんにエスコートされ過ぎないように」
「そうだな。……うん、確かにその通りだ」
かなり楽しみにしてくれていた香純ちゃんの様子からして、相当な準備をしているはずだ。正直、準備と根回しに関しては一生彼女に勝てる気がしないけれど、それでも頼るだけではなくて頼られる存在でありたいと思う。
僕にだって良いところを見せたいという小さな見栄はあるのだから。
「うんうん、それならよろしい。らしさが出てきて良い感じじゃない?」
「らしさって何だ?」
「さーねー?」
優雨はケラケラ笑いながら、ダイニングも抜けて二階へ上がって行ってしまった。
……まあ、優雨の言いたかったことの半分近くはわかるような気がしたから、それ以上の言及はやめておく。
悪い気はしなかった。
部屋に戻ってスマホを開くとLINEの通知が来ていた。咲良からだ。
『もしも用事がなければウチに来てくれる?』
僕は『すぐに行く』と返事を書いて、スマホを手に取ったまま母さんに一声かけて家を出た。
この時期は19時を過ぎると、もう辺りは暗くなる。街灯に照らされた夜道を歩く……と言ってもそう長い距離じゃない。
家を出てすぐの角を右に曲がった先に川がある。そこに架かった橋を渡ってすぐの左側の角が咲良の家だ。
チャイムを押すと、すぐに咲良が応対してくれた。
「こんばんは。ごめんね、急に来てもらって」
部屋着にしては妙に着飾った格好で出迎えてくれた咲良が、僕が入った後で玄関の鍵を閉めた。鍵を閉めた?
「え、なんで鍵閉めるの?」
「気にしないで」
「あ、ああ……」
そこまで防犯意識を徹底するほどこの辺りは治安は悪くないんだけどな。不思議に思いながらも、上がらせてもらった僕はリビングに入る。
電気は点いているけれど、咲良の他には今誰も居ないようだ。
「おじさんとおばさんは?」
「お父さんとお母さんはちょっと出かけてるの。今ウチに居るのは私と晴輝だけよ」
「へえ」
「今ウチに居るのは私と晴輝だけよ」
「何故敢えて繰り返す?」
何故強調するように繰り返す。それは香純ちゃんの芸風じゃなかったか?
「これで二人っきりだね……えへ、えへへへへ……」
「なんか怖いんだけど⁉︎」
顔の陰を濃くして笑う咲良さんが怖い。
これが噂に聞く黒咲良ちゃんなのか⁉︎ 実際に目にしたのはこれが初めてだけれど、幼馴染からこれほどの危機感を覚えるのは初めてだ。
これから僕の身に何が起こるというのか。
覚悟を決めて、恐る恐る僕は訊ねる。
「で、僕を呼んだのは一体どんな用事なんだ?」
「この前できなかった大事な話の続きをしたくて」
咲良の黒いオーラは幻覚だったかのようにあっさりと引っ込んで、いつもの淡い笑みを浮かべた。
大事な話と言われて、僕も思い出した。この前、公園で咲良から海外留学の話を聞いた時のことだ。あの時に中断せざるを得なかったけれど、咲良は確かにもう一つ大事な話をしようとしていたようだった。
「わかったよ。聞かせてくれ。どんな話なんだ?」
海外留学と並び立つような大事な話題とは何なのか。
咲良は緊張を落ち着かせるように、胸に手を当てて深呼吸をした。そして、改めて僕の方へ真っすぐに向き直る。
「晴輝との付き合いって本当に長いよね」
「? ああ、そうだな」
話題の切り出し方が謎だけれど、とりあえず相槌を打った。確かに咲良との付き合いはかなり長い。
「両親たちがこの辺りに引っ越してきたのは優雨が生まれた後だったから、一緒に遊ぶようになったのはそれからだけど、生まれたばかりの時から顔を合わせてたらしいしな」
「うん、私も覚えてないくらい昔から。家が近いから、両親同士の仲が良いからというのはあるけれど、それだけじゃ今でもこうして仲良くしている理由には足りないと思わない?」
「それは……うん、確かにそうだ」
例えば、進学先が分かれて交友関係が変わってしまって、それまでの関係が途切れてしまうというのはよくある話だ。いや、それ以前に、気が合わなかったり、咲良が一緒に居たくないほど嫌な子だったりしたら、自分から関係を絶っていた可能性だってある。
「咲良が咲良だったから、今に至るまで仲良くできているのかもな」
改めて思う。咲良が幼馴染で良かった。幼馴染が咲良で良かった。
咲良が咲良で良かった。
思わぬ再発見に小さくない感動を覚えていると、咲良は顔を逸らしてしまった。覗く横顔はほんのり赤くなっている。
「あ、ありがとう」
「……。ああ」
間違いのないことでも、正面切って言うのは少し恥ずかしいな。言った僕自身も照れる。
「でもね、」と、咲良が切り出した。
「私の方がきっと晴輝よりも強くそう思ってるよ」
「?」
咲良の赤みが差したはにかみに、その意味を探る。
「確かに、私と晴輝が出会ったのはお父さんたちの縁があったから。でも、その縁を続けられたのは私たちの意思。私が一緒に居たいと思ったから。貴方が一緒に居たいと思えるような人だから」
「咲良……」
「いつも一生懸命で、困った時にはいつでも助けてくれて、本当に優しい人だから……」
胸の前で手を組んで、咲良は上目遣いに僕だけを見つめて続けた。
「貴方のことが大好きです。私と付き合ってください」




