眼福
サブタイ同様、今回は少し短めのお話です。
放課後、私は学校図書館を訪れた。毎日通うほどではないけれど、居心地の良さから自然と足を運ぶことが多い。
入り口の方から窓際の一番奥側の席を見ると、いつも居るはずの雪水さんの姿がなかった。マイペースを自称しつつも真面目な彼女のことだから、今日も律儀にその場所で清川くんを待つための時間潰しをしているものと思っていたのに。少し意外だ。
私は視線を戻して、新刊のコーナーへと向かった。地元の図書館も含めて大体の蔵書は既読のものばかりなので、改めて読みたいものとなると新刊しかない。
私は適当な本を見繕って貸し出し手続きを済ませ、空いている場所を探した。すると、中央側の席に愛する晴輝先輩の姿があるじゃないか。思わず肩がピクリと上がるくらい反応してしまった。そして、お誂え向きに晴輝先輩の向かいの席が空いている。私は気持ち早歩き気味にそちらへ向かい、素早くその席に腰掛けた。
ご機嫌よく「ご機嫌よう」と挨拶しようと思ったら、
「…………」
晴輝先輩は居眠りしていた。寝息も聞こえないほどに静かに眠っている。手元には読んでいる最中であろう本があったけれど(その本は私が以前お薦めしたものだ。嬉しい)、読んでいる間に睡魔に襲われてしまわれたようだ。
「風邪は……引くことはないか。暖房が効いているし」
その心地良さ故に眠ってしまったというのもあるかもしれない。
何か緊急の用事もなさそうなので、ゆっくり寝かせて差し上げよう。
「…………」
それにしても、晴輝先輩の寝顔をじっくりと拝見したのは初めてかもしれない。
流石兄妹というべきか、優雨ちゃんと顔立ちがよく似ている。普段は優雨ちゃんの瞳はぱっちりと開かれ、晴輝先輩はシャープな印象があるけれど、閉じてみればそっくりだ。
あまり似ていないという当人たちの証言は当てにならない。
じっくりと眺めてみると、優雨ちゃんと同様に晴輝先輩の顔立ちも整っている。睫毛も長くて、パーツの配置がお義母さまにも似ているような気がする。
少し前までモテていないどころか友だちがほとんど居られなかったことが信じられない。よく周りがこんな人を放っておいたものだ。
……まあ、ライバルが減るという意味ではそちらの方が都合が良いかもしれないが。自分で言うのも何だが、私もそこそこなスペックを持っていると自負しているので、手強い相手は咲良先輩くらいだろうか。
あの人、すごく良い人ですごく可愛くてすごくおっぱいが大きいものな。
私が男に生まれていたならば絶対に咲良先輩に靡かずにはいられない。
先日、女のままでも私は咲良先輩が好きだということが判明してしまったし。優雨ちゃんから膝枕をしてもらったと聞いた時には、素直に羨ましく思ってしまった。
これまた先日、私が煽り立てて咲良先輩が晴輝先輩に告白を試みようとしたのは、妙な邪魔が入って失敗に終わってしまったらしい。
ただ、それで諦めて欲しくない。せめてクリスマス前には再チャレンジしていただきたい。
自分の立場があっても尚そう思う。
晴輝先輩がそれにどう答えるかはさて置くとしても。
思考の海から目の前の晴輝先輩の寝姿を眺めることに帰還する。
……はぁ、目の保養だな。
私は晴輝先輩の人柄が好きだと思っていたのだけれど、どうやら顔も好きだったらしい。
いや、たった今わかったみたいな言い方は嘘になる。そもそも顔も好きじゃなかったら、ここまでじっくりと眺める行動自体があり得ないだろう。
相手の好きなところの自覚が増えたというのは幸せなことだ。
現に今の私は幸せだ。
流石に公共の場で粗相をする気はないけれど、場所が場所ならわからなかったかもしれない。いや、ウソ、しないよ、しないってば。
晴輝先輩とお喋りする時間は何にも変えがたい楽しいひと時だけれど、こういう静かな時間も悪くない。
いつまででも覚えておきたい一瞬だ。
……おや、私は絶対に忘れることができない能力があるじゃないか。意思に反して忘れられないのと同じくらい、覚えておきたいことを覚えていられるじゃないか。
晴輝先輩の寝顔もその例外じゃない。
お母さん、やったよ。嬉しいことや楽しいことで、私の頭の中がいっぱいになったよ。
※
意識を取り戻しながら、自分が今どこで何をしているのかを思い出す。今は放課後、図書館で本を読んでいたはずなのに、今の今まで意識がなかった。
「寝ちゃってたのか、僕は……。アレ、香純ちゃん?」
気付くと目の前に幸せそうに微笑む香純ちゃんの姿があった。
何があったのかは知らないけれど、ここまで穏やかな彼女の様子は珍しい。
いつからそこに居たのかはわからないが、僕が居眠りしている姿は完全に見られてしまっていたようだ。これは恥ずかしい。
「あはは、ごめん。見苦しいところを見せちゃったね」
僕が照れ笑いを浮かべながら詫びると、香純ちゃんは幸せそうな表情のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ、とっても眼福でした」




