特別編・アナタとメリークリスマス(後)
ゲームセンターを出た私たちは、お昼を食べに下の階の洋食レストランにやって来ていた(クマは店員にもらった袋に入れて春矢が持ってくれている)。
ピークタイムを過ぎていたおかげか、さほど並ばずに席まで通してもらえた。座って落ち着けたところで、メニューを開く。
フードコートやファミレスを避けてのチョイスだから、値段設定は少しだけ高め。でも、騒がしい中で食べるよりも落ち着けて良い。
春矢は目玉焼きハンバーグとライスとスープのセット、私は和風パスタを注文した。
「アンタ、結構食べるのねぇ」
「まあな。運動部だから」
身体を動かす分カロリー消費が激しいのだろう。
少し待ってから注文した料理が提供された。
いただきます。
……うん、特に期待を裏切ることなく普通に美味しい。
「昔から思ってたけど、雪水って食べ方綺麗だよな」
「そう?」
別段気にしたことは……なくはないな。
「お母さんが結構そういうの厳しくてさ」
「あー、俺も昔おばさんから色々言われた気がする」
昔は春矢と食事を共にすることも多かったからね。懐かしや懐かしや。
でも、そういう春矢も特に行儀悪いこともなく、ボリューミィなメニューを次々と口に運んでいた。
私よりも、こんな風に食べている姿の方が絵になる気がする。
その後は私たちがそれぞれ見たいお店にウィンドウショッピング。
私はブティックで冬物を見たくて。特にワイドパンツを探していた。こういう所にあまり来たことのないらしい春矢がドギマギしながらついてくるのが面白い。探していたパンツと、さらに良い感じのニットも見つけたので試着してみることにした。
「私、今から試着してみるから、感想よろしくね」
「お、おう」
「あー、ただ『似合ってる』とかだけで済ませるのは禁止ね。具体的に細かくよろしく」
「ええっ⁉︎」
たじろぐ春矢を残して、私は試着室で着替えた。着てみた感じだとサイズは良さそうだ。
着替え終わってカーテンを開けた。
「どう?」私が訊くと、春矢は私のことを凝視しながら言葉を絞り出した。
「パンツが雪水の細身の体型によく似合ってる。ニットも温かそうで今の時期にちょうど良いんじゃないか。うん、すごく似合ってる」
「……さ、サンキュ」
何とかそれだけ言い残して、私はカーテンを閉めた。
細かく言えと言ったのは私だったけれど、いざここまで具体的に褒められると恥ずかしくなってきた。あー顔熱。早く着替えよう。
……とりあえず今試着したものは購入決定。
次は春矢が行きたがっていたスポーツ用品店。文学女子の私の興味を唆るものはないと思っていたけれど、意外と見ていて面白かった。
内装がオシャレで、スポーツ用品専門店でありながらカジュアルな雰囲気だ。ショッピングモールの中だとこういう店もオシャレになるのか。……町にある地味な店のイメージを持っていたので、その偏見は撤回した方が良さそうだ。
春矢は、やっぱりというか、サッカーのスパイクが置かれているコーナーに吸い込まれて行った。いくつか目星をつけていたようで、特定の靴の前で足を止めてじっくりと吟味している。
「スパイクの中でもやっぱり違いがあるの?」
「ああ。大きく分けて固定式と取替式の二つがあるんだ。スタッド……足裏についている粒々が取れるか取れないかの違いなんだけど」
「取れるか取れないかで何か変わる?」
「フィールドでの適性かな。固定式は固い地面や短い芝のグラウンド……大体のフィールドで使える。一方取替式はぬかるんだ地面や長い芝のグラウンドに適性があるんだ。後はスタッドの数の違いかな。固定式の方がスタッドの数が多くて、その分足腰への負担が取替式よりも少ないんだよ」
「へーえ」
素直に感心してしまった。スパイクって粒々がついていればみんな同じようなものだと思っていたから。
「で、春矢はどっちのタイプのスパイクがお目当てなの?」
「今日は取替式の方。今度の練習試合先の芝が長めらしいから、この際取替式のスパイクも持っておきたいと思ってさ」
「そっか。良いものが見つかると良いね」
熱心に見比べる春矢にそう声をかけた。
ショッピングモールに居ると、自分たちはここまで買い物好きだったのかと思わされるほど、色々なお店を見て回った。雑貨屋を冷やかしたり、食品コーナーを覗いたり。そこで飲んだ生のフルーツジュースはとても美味しかった。お金も持てる荷物の量にも限りがあるので、一階まで戻ってきたところで私たちはショッピングモールを出た。
時間はまだ夕方だけれど、陽の短い冬のため外はもう暗くなっている。
電車に乗って、再び私たちの町に帰ってきた。
駅の構内から商店街に繋がる歩道橋を歩く。それほど活気のある商店街じゃなくてもイルミネーションだけは気合が入っている。
「綺麗だね」
半ば独り言、半ば語りかけるように言ってみたけれど、春矢からの返事がなかった。
「春矢?」
「雪水、どうしても伝えたいことがあるんだ」
隣を歩く春矢が立ち止まり、私に真剣な眼差しを向けてきた。
「なに?」
茶化して混ぜっ返すような雰囲気ではないことは弁えている。私はそのまま促した。
「今日はすげー楽しかった。雪水はどうだった?」
「私? 楽しかったよ」
出不精な自分がここまで楽しめるのかってくらいに。
「俺、これからも雪水とこういう時間を一緒に過ごしたい」
春矢は頬を真っ赤に染めながら、
「ずっと前から好きだった。俺と付き合ってください」
私にその真っ直ぐな想いを打ち明けてくれたのだった。
…………まあ、予想はできていた。予感がない訳じゃなかった。
ラノベの鈍感主人公じゃないのだ、春矢が私のことを好きなんだろうなぁというのは以前から気づいていた。
交流を再開してから薄々感じていたし、今日一緒に過ごしてみて確信したけれど、春矢は結構良い奴だ。風の噂でそこそこ人気があると聞いていて、なるほど納得できるくらいに。
でも、だからこそ思ってしまう。
「ありがとう。でも、本当に私で良いの?」
自分でもわかっているけど、私って嫌な奴だよ?
マイペースだしノリも悪いし、大前提として性格悪いし。
可愛げなんて持っての他だ。
一緒に居て楽しいと思えない。
「ふはっ」
私がそう言うと、春矢が急に吹き出した。
「何よ?」
「いや、まさか雪水がそんな殊勝なことを思ってるなんて。らしくないよ」
ああ、その通りだとも。らしくないとも。急に笑われてイラつくくらいが私らしい。
でも、春矢はそのままの朗らかさでこう続けた。
「確かに雪水より気配りができて、性格が良くて、可愛げのある女の子は他に居るかもしれない。でも、それじゃダメなんだ。俺は雪水らしい雪水が好きで、それが総てなんだ」
え。どういうことよ?
「なに、アンタ、性格悪い陰キャが好みなの?」
私が言うのも何だけど悪趣味だと思う。
「違うって! 俺が言いたいのは……あー、これはある人に教えてもらったことなんだけど、好きっていうのはもう感情そのものが理由なんだよ。性格が気配りがどうとか性格がどうとか、そういうのは後付けに過ぎない」
好きはそのまま理由になる、か。わかるようかわからないような、でも、優しい考え方だと思う。
「だから、雪水が好きだから、雪水が好きなんだ」
「……ねえ、ところで、さっきから好き好き言ってて恥ずかしくならないの?」
「照れる……けど、今は一世一代の恥ずかしがっちゃいけないタイミングだろ」
「ふぅん。そっかそっか」
今度は私が「ふふっ」と吹き出してしまった。
笑っている場合じゃあないんだけれど、何だか楽しくなってしまって。
でも、私も私なりにきちんとした答えを返さなければ。
「私は春矢ほどちゃんと好きって気持ちは持ててない。でも、今日も楽しかったし、アンタと一緒に居ても良いかなって思う。……ごめん、今はこのくらいの答えしか返せないんだけど、それでも私と一緒に居てくれる?」
私が訊ねると春矢は緊張が解けたように身体の力を抜いて、それからまた私の方を真っ直ぐに向いて言った。
「もちろんだよ。ありがとう」
私も安心した。春矢と一緒に居ることがもう私にとっての普通になってしまっていたからだ。そして、普通が乱されるのは平穏を愛する私には耐えがたいことである。
……どうして言い訳じみたことを言い連ねているんだろう、私は。
「そうだ、大事なことを言い忘れた。……雪水は俺が出会った女の子の中で一番可愛いよ」
ふーん、……へへっ。
「ふふっ、それはどうもありがとう」
そんな訳で、世間でメリークリスマスと囁かれる日に。
私は春矢と付き合うことになったのだった。
次回は時系列をクリスマス少し前に戻して本編をお送りします。




