“グレブレ編”〜決戦〜
心を『少年ジャンプ』モードにして書きました。
世界樹はとにかく大きかった。幹は複雑に絡み合いながらもどっしりとした重厚感があって、どこまでも盛り上がり広がる枝葉を支えている。真下から見上げると葉の緑がどこまで伸びているのかが見えない。他の何にも勝る生命の息吹が、そこにはあった。
「ここに勇者が……?」
「外観からは非常に大きな木という見た目しか窺えませんが。内側に入る方法などがあるのでしょうか?」
「君たち、幹のあの部分を見ろ。人が入れるだけの隙間がある」
魔王が指した方向に、彼の言う通りの穴があった。木の中に入るというのは不思議な感覚だけれど、一つのダンジョンと考えればRPGらしいのかもしれない。
幹の隙間を潜ると、中は洞穴のような空洞ができていた。絡まり合う幹の隙間から光が漏れているため、中は明るい。少し奥へ進んだところで階段があった――美しい木目の板でできていて、明らかに人を招くことを想定した造りになっている。
階段を登ると、周囲は一面緑色だった。生い茂る葉と密に絡んだ枝で通路ができている。恐る恐る一歩めを踏み出してみたら、枝の通路はコンクリートの道路と遜色ないほど固く丈夫さを、足元の抵抗から感じさせた。注意深く歩を進めていて視界が慣れてくると、世界樹の内部もここまで来た時と同様に緩やかな坂が螺旋状に続いていることがわかる。
坂を登っていくにつれて、中央上部に光が見えるようになった。日光は側面から枝葉の隙間を縫って差しているから、光源は何か特別なものなのかもしれない。
全員で黙々と枝の坂道を登り続けて、ついに坂は終わり広場が見えた。広場の床は絡む枝、周囲は枝葉のカーテンでその隙間から差す日光が坂を登ってきた時よりもさらに強く内部を照らす。中央には太い枝が渦を巻くようにして絡んでできた台座のようなものがあり、そこには光り輝く剣が刺さっていた。剣は神秘的な造りながら、見ているだけで心が温かくなるような雰囲気を纏っていた。そして、剣の台座の傍らには……、
「晴輝!」「晴輝先輩!」
私と香純ちゃんは思わず勇者ではなく晴輝の名前を呼んで、横たわる彼のもとへ駆け寄る。鎧兜などの装備は確かに勇者そのものだったけれど、これまで会ってきたAIたちとは違って、彼が彼本人であることを強く感じさせたのだった。
彼はじっと目を瞑って身じろぎ一つしない……まさか、そんな……。
私の全身を寒気が襲う。身動きが取れずにいると、香純ちゃんが素早く彼の手首と胸を触り、そっと目を開かせてじっと観察し始めた。そして、
「葉山先輩、大丈夫です。生きています。晴輝先輩はただ眠っているだけのようです」
安堵するように、香純ちゃんはそう言った。私も体のこわばりが抜けていく。
「……! そう、良かった。でも、晴輝はどうしてここで眠っているの?」
「魔王さん、そこで何をやっているんですか⁉」
香純ちゃんが突然鋭い声を上げた。その鋭い視線は私の背後に向けられている。私も即座に背後を振り返ると、魔王が勇者の剣を台座から引き抜き手に取っていたのだ。
魔王は私たちに不敵な笑みを浮かべながら、こう続けた。
「何をやっているか、ね。ックク、単純にして明快。我は我が目的を果たしたまでのこと!」
次の瞬間、魔王の全身から禍々しいオーラが噴出した。私たちは台座の近くから吹き飛ばされてしまう。
何とか身体を起こして魔王の方を見上げると、そこに立っていた彼は幼い姿ではなくなっていた。今の晴輝と同じくらいまで背丈が伸びて、紫や黒みがかったオーラを全身に纏っている。
「これはどういうことなの⁉」
叫ぶように上げた声に、魔王は以前と変わらない余裕の笑みを浮かべながら答えた。
「おれは以前と同等の力を得るため、この勇者の剣が欲しかったのさ。勇者を勇者たらしめるこの剣の力は素晴らしい。期待していたほどではなかったが……」
魔王が横の枝葉の壁めがけて剣を振るった。その軌跡をなぞるように不可視の斬撃が壁を切り裂いた。切れ目は黒ずんでその部分だけ枯れてしまったように見える。
「悪くはない。フフフ、お嬢さんたちには感謝するよ。君たちの導きのおかげで、おれはここに復活することができた!」
「私たちを騙しましたね……、卑怯者!」
「騙す? 卑怯? おれは自身の正体を打ち明けてから何一つ偽りは言っていない。思い出してみよ、我が言葉を……」
言われて魔王の言葉を思い出してみる。……悔しいことに嘘は言っていなかった。
真の目的が言葉から抜け落ちていただけで……。
「他者を動かすものはすべからく真実なのだ。故に、おれは堂々と宣言しよう。君たちへの感謝と、我が復活を……!」
魔王は高笑いを始めた。呵々大笑。空気を震わせ、枝葉が揺れて、……私の頼りない心も揺さぶられてしまう。
私たちのせいで魔王が……。
「葉山先輩、弱気になるのはまだ早いですよ」
香純ちゃんはゆっくり立ち上がると、魔王に向けて真っすぐに杖を向けた。
「正直者を自称している彼にはどうやら全盛期の力はないようですよ。そこに勝機はあると思いませんか」
「勝機……」
香純ちゃんは迷うことなく魔王に戦いを挑むつもりのようだった。
「それに、やっとバランスの良いパーティーになったと思いませんか?」
悪戯っぽい笑みに促されて、私は考えてみた。
強力な攻撃魔法を使える香純ちゃん。回復・補助魔法でサポートできる私。剣を振るい、前線で戦いながら私と旅をしてくれた大人晴輝。
勇者以外の全ての役割が揃っていた。
私は静かに横たわる勇者の姿を見た。彼がどうして眠っているのかはわからない。でも、彼はずっと戦い続けてきたのだろう。
世界を救うため。この世界で暮らす全ての人たちのため。
私のよく知る“彼”と同じように。
私は視線を上げて魔王をはっきりと見据える。すうっと息を吸ってから、自分を鼓舞するために大きな声で告げた。
「勇者が救った世界を守るため、私たちはアナタを倒す!」
私と香純ちゃんは杖を、大人晴輝は剣を構えた。
そんな私たちを見た魔王は呆気にとられたように目を見開いたが、やがて重々しく口を開く。
「おれとしては君たちと敵対する理由がない。大人しく元の世界に退去してくれれば良かったのだが…………、どうやら話し合いの余地はなさそうだ。話し合いで解決できないならば戦争しかあるまい。悪いがゲームオーバーという形でこの世界から去ってもらうとしよう」
魔王もまた剣を構えた。
一瞬の沈黙、そして戦いの火蓋が落とされた。
まずは大人晴輝が前に出て、魔王に向かって斬りかかった。魔王は容易く剣で受け止めると、剣同士は長く交わることなく魔王の剣に弾き飛ばされてしまった。
魔王の追撃が来る前に、香純ちゃんの火炎呪文が繰り出される。魔王に直撃した……と思ったら、オーラに弾かれて掻き消えてしまう。香純ちゃんは魔法の属性を変えて、雷・氷・空爆呪文を放つけれど、先ほどと同様にオーラに弾かれて魔王に直接届いていない。
「魔法が効かない……⁉」
「先ほどまでのおれでは君たちにはまるで敵わなかった。しかし、今は立場が逆転したようだな」
魔王は剣を大きく振りかぶると素早く振り払った。こちらに向かって禍々しい衝撃波が飛んでくる。私は急いで防御呪文を詠唱する。見えない壁が辛うじて衝撃波を受け止める。ただ、衝撃を抑えきれずにダメージを受けてしまった。
「やはりあのオーラが厄介ですね。どうにかして取り払わないとこちらの攻撃が届かない」
私は全員に回復呪文をかけながら考えた。オーラのせいで魔法が届かない……弾かれる……ぶつかって、弾かれる⁉
回復を終えた私は杖を魔王に向けて構え、呪文の詠唱を変えた。
私の杖から鋭い風が放たれ、それが魔王のオーラに触れると、オーラが揺らぎ一瞬ではあったけれど消えたのが見えた。
「香純ちゃん!」
「ええ、ちゃんと見ていました! 葉山先輩、今度は合わせ技で行きましょう。先輩の風魔法を起点に私が攻撃魔法をぶつけます。大人晴輝先輩は私の攻撃の補助をお願いします!」
「ええ!」「わかった!」
私たちはすぐに集まってフォーメーションを組む。
それを見た魔王は苦笑を浮かべると、
「もうおれを攻略したつもりか? 早計が過ぎる。大人しく喰らう訳がなかろう。……我が最大の攻撃でもって応えてくれるわ」
魔王が剣を頭上にかざすと、剣に魔力が集まり始める。次の攻撃に向けて力を溜めているのがわかる。攻撃を受ける前からその威力の凄まじさが窺えた。
けれど、わたしたちも負けられない。隣に立つ香純ちゃんと呼吸を合わせて、杖に力を込める――そして。
「「行けぇぇぇぇええええ!!!!」」
私たちは攻撃呪文を放った。私の風魔法が香純ちゃんの火炎魔法を覆う形で魔王に向けられる。大人晴輝の魔力も足されてその威力は増している。
一方、魔王の剣から放たれた衝撃波は先ほどとは比べ物にならないほど凄まじく、世界樹ごと吹き飛ばしてしまいかねない勢いだ。
双方の攻撃がぶつかり合う。最初は互角に見えた威力はすぐに魔王のものが勝り、こちらの魔法が押し返されていく。このままでは魔王の攻撃を喰らってしまう――あんな威力をこの身に受けたら……。
押し合いよりも先に気持ちが負けてしまいそうになる。
万事休すか、そう思ったとき。
「魔王よ、女の子をいじめるなんざ紳士的じゃあねえな」
私たちの肩にぽんと手が置かれた。声の主の方を振り返る――振り返る前から誰なのかはわかっていた。ふてぶてしくて、ぶっきらぼうで、優しく私たちを見守ってくれていた人。
「洋介おじさん!」「お義父様!」
晴輝と優雨ちゃんの父親・寺井洋介さん。いや、香純ちゃんの話によるとこの人は、勇者の父親・戦士ヨースケになるのか。彼の鎧兜、そして盾と剣はかなり使い込まれたもののようでボロボロになっている。
衝撃波の向こうで、魔王が驚いたような声を上げた。
「生きていたのか、先代勇者よ。だが、一度おれに敗れた貴様に何ができるか。死にぞこないめ」
「死にぞこないはお互い様だろう。人様の息子のツラを勝手に使いやがって。気分が悪いったらありゃしねー。……咲良ちゃん、香純ちゃん、押し返すぜ」
おじさんがそう言うと、途端に力が漲り始めた。私たちの魔法にヨースケおじさんの魔力が足されたのだ。私たちの魔法が再び押し返し、ぶつかり合いは再び互角になった。
「先代勇者が加わって勢いづいたはいいが、尚おれには及ばぬようだな」
「良いや、こっちにはまだあるのさ。とっておきの剣がもう一本」
突然、おじさんのさらに背後から素早く人影が現れ、ぶつかり合う魔法と衝撃波の横を目にも止まらぬ速さで駆けて行った。
「なっ……」誰の呻きかわからない驚きの声を上げると同時に、その人影は魔王の横にまで到達し、
「うぉぉぉぉおおおお!!!!」
手に持った剣で魔王を薙ぎ払った。その瞬間、真っすぐにぶつかり合う二つの威力のベクトルがずれて一帯爆発が起こった。
四人で爆風の威力をこらえながら何とかその場に踏みとどまる。やがて爆風が収まり視界が開けてくると、二つの人影があった。横たわる勇者は私たちの後ろで守っていた……だとすれば。
黒い煙が完全に消えて、その場で見えたのは倒れた魔王。そして、
「助けに来たよ、わたしの天使たちっ♪」
戦士の装備をした優雨ちゃんが剣を担いで無邪気に笑っていた。




