“グレブレ編”〜廃墟と手紙〜
今回は香純ちゃんパート長め、次回は咲良ちゃんパート長めの予定です。
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ハルナとワカナーーその名前を聞いて、木崎春菜と若菜の双子姉妹のことを思い出す。
高校一年の頃の晴輝が自身の正義を疑うきっかけになったトラウマ、それに深く関わる二人のことを、私は思い出さずにはいられない。
私自身はクラスが違ったため彼女たちとの接点はほとんどなく、詳しい事情を聞かせてもらっていないので、“何かあった”程度のことしか知らないのだけれど。
この場でその名前が出てくるのは不吉だ。七海ちゃんの話通り、晴輝の精神がゲーム内に影響を与えているのならば、それはきっとネガティヴな意味があるだろう。
そこまで思い至ったところで、私は傍にいる彼を見た。晴輝と同じ顔をして同じ心を共有した大人っぽい彼は、しかし、表情を変えていなかった。私からの視線に気づいた彼はただ薄く笑う。
「幸い船を借りられるアテがあるんだ。彼女たちを訪ねることにしよう」
彼は平然とした口調でそう言うと、さらにハルナさんとワカナさんの居場所を聞き出していた。彼女たちはこの街の東側に居を構えているらしい。
私たちは船の管理人にお礼を言ってから、街を東方面に向かって歩いて行く。その間に私たちに会話はない。彼は何も言わず、私も彼に何を言えば良いのかわからなかった。
そうしてたどり着いた姉妹の家は予想外に立派なものだったーー船を所有しているという時点で想像しておかなければならなかっただろうけれど。
石敷きの庭園を通った先に複数の棟が繋がった平屋があった。平屋建というと日本の古い家をイメージさせるものの、表面にある上部が曲線の柱が並んでいるのを見ると、やはり街の雰囲気に合った洋風の外観だ。既視感があると思ったら、長崎のグラバー邸に酷似しているのだった……この設定に意味はあるのかな?
手前の玄関の横に呼び鈴があったので押してみる。
しばらく待っていると、奥から二人の少女が出てきた。一目で双子と見て取れるそっくりの顔立ち、ハルナさんとワカナさんだ。
「アナタたち誰?」
尤もな疑問に、私は言葉を選びながら答える。
「私たちは旅の者です。この町から北の孤島に行きたいのですが、そのための手段がなくて。お二人の持つ船を貸していただきたいと思って訪ねたんです」
何となく予感がして、勇者については敢えて触れずに言った。私の傍に立つ大人の晴輝もスーツの上に大きなマントを羽織って、フードで素顔を隠しているーーおかしな格好になるけれど、彼自ら纏った変装だ。
桃色のドレスを着た方ーーハルナさん?は訝しげにこちらを見つめる。彼の方を指して「そこの彼は?」と怪しんでいたけれど、「私の護衛です」と答えるとすぐに納得してくれたようだった。
「船を貸すのは構わないけど、アナタたちあんな辺鄙なところに何の用があるのよ?」
「それは、えっと、人を探していまして」
「人探しねぇ……ふーん」
半ば怪しんでいるようだけれど、納得してくれそうだ。騙すようで罪悪感があるのは仕方がない。船を貸してもらえれば勇者の後を……。
「アナタたち、もしかして勇者の関係者?」
私たちはギクリとした。訊いてきたのは青いドレスを着たワカナさんだ。
「えっと、その、」
「街で噂になってた。勇者が北の孤島に向かったって。アナタたち、その後を追ってるんでしょう」
「……はい、そうです」
正直に答えるしかなかった。元から怪しまれていたところで、ここから嘘をついても心証を悪くするだけだろうから。
勇者の後を追いかけている事情を打ち明けると、みるみる姉妹の表情は険しくなっていった。
そして、ワカナさんは激情を堪えたような声音で言った。
「勇者の関係者に貸す船はないわ。アイツは、勇者は私たち家族を滅茶苦茶にした男なんだから」
◯
家単位の廃墟は地方故に町中でたまに見かけることはあるけれど、村単位の廃墟を見たのは初めてだ。
木組みの家々は乾いた炭と化し、人が生活していた痕跡はテーブルと椅子だったことが見て取れるものが僅かに残っているくらいだ。石で組まれた井戸なども打ち壊され、草も生えていない。空気もどこか淀んでいる。
この状態になって長い月日が経っているようだ。勇者の故郷がこのように壊滅した状況から読み取れることはいくつかあるけれど……それにしてもやっぱり気分は良くない。
「香純ちゃん……」
「念のため、あたりを調べてみましょう。足元に気をつけてください」
私は小さい晴輝先輩の手を取って、廃墟と化した村を歩き回ることにした。
この村でかつてあったらしい破壊はやはり入り口に近い方が激しく、奥に進むにつれて建物の跡がちらほらと見え始めたーー辛うじて原型を察することのできる程度だけれど。
「……これは?」
緩やかな坂を登ったところに銅像が立っていた。神秘的な装飾の施された鎧兜姿に右手で剣を掲げた男性を模しているようだ。これは……勇者なのだろうか。台座に説明文があるようだ。土汚れを払って内容を確かめると、
『戦士ヨースケの活躍を讃えて』
と書かれていた。
ヨースケ……洋介? お義父様のことか⁉︎
顔の方の汚れも払うと、銅像の顔は正しくお義父様そのものだった。
てっきり勇者の銅像だと思っていたので拍子抜けしてしまったが、返ってここが勇者の故郷であったことが裏付けられた。晴輝先輩の父親の銅像があるということは、引いては晴輝先輩自身の出身地がこの村であるという推測ができるからだ。
加えて、私はこの銅像自体が気になっていた。村がこれだけ破壊されているにも関わらず、銅像は壊れずに残っている意味……敢えて壊されなかったとは考えられないから丈夫に造られていると考えるべき。ただの銅像としての役割以上の何かがあるんじゃないか。
さらに調べてみると、銅像の後ろ側に窪みがあった。幅は銅像の台座と同じくらいで、奥行きがある。
「なるほどね」
「? 香純ちゃん、何かわかったの?」
「この銅像、奥に押すことができるようです。下に何かがあるかもしれません」
台座に手を添えて後ろ側に押してみる。しかし、固くてビクともしない。
「おれも手伝うよ」
そう言って、小さい晴輝先輩が銅像に触れた途端に、銅像が突然輝き始めた。かと思うと、銅像はひとりでに後ろへ下がって行った。
銅像のあった場所に地下へと下る階段が現れた。
「ありがとうございます、晴輝先輩」
「いや、おれはただ触っただけで。でもどうして?」
これはあくまで想像だが、勇者かそれに準じた存在がこの銅像に触れると反応する仕組みになっていたのだろう。
「降りてみましょう。この先には“何か”ありそうです」
私は小さい晴輝先輩の手を取りながら、階段を慎重に降りて行く。階段は左に向かってカーブしていて少なくない段数降りると、そこには小部屋があった。
私たちが入った途端に壁にかかった灯りがついて、中が見渡せるようになった。
壁は四角い石のブロックで組まれており、床は木の板が敷かれている。奥に台座のようなものがあって他に家具のようなものはない。
台座の上には巻物が置かれていた。劣化していて脆くなっているため、慎重に紐解いて中を開く。
巻物には次のように書かれていた。
『息子へ
これを読む頃には俺はこの世には居ないだろう……ま、俺の死に方なんて知らねーし、案外どこかで生きてたりしてな。
まあ、肩の力を抜いて読んでくれ。
俺は戦士として魔物たちから世界を救い、魔王を討ち倒すべく旅立ったが、お前がこれを読んでいるということは俺は恐らく目的を果たせず、道半ばで力尽きたんだろう。
そして、お前ならば魔王をきっと倒せたに違いない。
まだコイツを書いている段階では取らぬ狸の皮算用だが、お前が世界を救ったその後の話をしたいと思う。
魔物を倒したことで世界は救われた。多くの人間たちはそう思うだろう。だが、それは早計だぜ。
この世に光と闇があって、魔物が闇だとしても、人間が光であるとは限らないんだ。
魔物亡き後には人間が闇を為す世が訪れるーー生きとし生けるもの全てが善と悪を為すんだ、悪を為す魔物が居なくなった分、人間の悪が蔓延るようになるだろう。
俺は父親として、お前がそんな世界に絶望してしまわないかが心配だ。
良いか、よく聞け。光と闇は並び立つ存在で、どちらか一方が滅びることはない。
だから、純粋な光を諦めろ。闇を受け入れ、それを照らす輝きを追い求め続けろ。俺たちの闘いに終わりはない。
魔物を退けた正義の輝きを持つお前ならば、きっとできるはずだ。
ま、難しく考えるな。てめーの思うままにやれば良いさ。俺はお前を信じている。
生きろ、我が息子よ。
ヨースケ』
お義父様から息子へ向けた手紙。本筋を突いた文面は非常に“らしさ”を感じさせられる。
まさか魔王を倒した後のことを語っているとは……。今の状況を見透かしているとしか思えない。
いずれせよ、これは貴重なアイテムだ。勇者の故郷に立ち寄った甲斐はあったらしい。
「でも、良いのかな? おれたちがこれを手に入れちゃって。勇者に渡したかったものなんだろうに」
小さい晴輝先輩がウーンと困ったように唸っている。こういう責任感の強さは晴輝先輩らしい。私は努めて優しく声をかける。
「私たちは勇者を探しているんです。いずれ本人に手渡すことができ……」
言いかけたところで、私は気づいた。
お義父様が見透かしていた通り、勇者によって魔王は倒され世界は救われた。
人の手が触れた形跡がないから、この手紙を手に取ったのは私たちが最初ーーつまり、勇者はこの手紙をまだ読んでいないことになる。
そして、このゲームのタイトル“The Grave of Brave”、『勇者の墓』……。
お義父様からの「生きろ」というメッセージ。
「私たちのやるべきことが完全に理解できたよ、七海」




