“グレブレ編”〜探索と発見〜
ここのところ忙しくて、更新遅れがちですみません。
もっとコンスタントに投稿できるよう努力します。
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私の前に居る晴輝は晴輝であって晴輝じゃなかった。
七海ちゃんが言うところのゲーム内AIである以前に、彼は現在の晴輝よりもグッと大人びていた。高校二年生の彼よりもさらに背が伸びて、スーツを完璧に着こなしている。
「……戸惑うのはわかるよ。咲良が知っているのは高校の頃の僕のはずだから。今の僕は十年後、つまり27歳の寺井晴輝、ということになっている。僕が咲良の助っ人キャラだ」
えーと、まあそういう段取りになっているのは既に察していたけれど、どうしてよりによって晴輝が助っ人キャラに、それも未来の姿で。
「厳密には、本人のデータを元に十年後の姿をシミュレーションで弾き出したのが今の僕なんだけどな」
「そういう注釈は良いの」
私が驚いたのは、てっきりこのゲームは勇者イコール晴輝を助けに行くものだと思っていたからだ。
事情はそう単純ではないのだろうか。
「うん、でも、とりあえずよろしくね」
「よろしく。今しがた、そこの神官に勇者の行方について聞いていたところだ。この街を出て西に向かったところにある街で目撃情報があったらしい」
私が神官の人の方を向くと、彼は頷きながら晴輝の説明を付け足してくれた。
「西に港町があり人の行き来が多く、勇者様も移動のために立ち寄ったのでしょう。ただ道中にはまだ魔物たちの残党が居ります。お気をつけください」
「大丈夫だ。戦闘は僕に任せてくれ。咲良は補助に回って欲しい」
そう言うと、晴輝は腰にある剣を私に見せた。スーツ姿に似合わぬ、ファンタジー感溢れる装飾のついた鞘に収まった剣だ。
「頼もしいけど……似合わないね……」
「この歳になってRPG的なコスプレしたくないんだ」
女子高生の私なら許されると?
晴輝と同じ顔をした彼とは微妙に折り合いがつかないまま、私たちは冒険のスタートを切ったのだった。
最初の街を出た私たちは、時折魔物と遭遇しながらも、大人晴輝の剣と私の補助魔法で撃退し、目的の港町に辿り着いた。
最初の街よりも人通りが多く、様々な格好をした人たちが行き交いしている。船に乗って各地から人が集まっているからだろう。
人が多い分お店も多く並んでいて、活発な呼び込みの声が上がっている。
深呼吸をすると潮の匂いを感じられる。私たちが住む町も海の近くだから、よく馴染んだ空気だ。
「すごいなあ、七海ちゃん」
「言わばこのゲームは水川七海の技術の結晶。ここもまた一つの世界にして一つの夢。僕の頭の中では七海は親しい女の子と創造主とで混同している。妙な感覚だよ」
彼も感心しているようだ。
それにしても、この晴輝の中ではそういう認識になっているのか。晴輝であって晴輝でないジレンマ。……これ、結構捨て置けない倫理的な問題な気がする。
「さ、聞き込みをしよう。探索こそRPGの醍醐味だ」
「……ええ、そうね」
思考の寄り道は良くない。今の目的は勇者の行方を追うこと。そのためにも、ここで情報を集めないと。
私たちは早速聞き込みを始めた。
七海ちゃんの親切設計のおかげか、街の人たちはとても協力的で、効率良く情報が集まって行った。
「確かに勇者を見たよ。間違いない」
「ウチの食堂で勇者様がご飯を食べて行ってくれてね。握手もしてもらっちゃったよ」
「勇者様はこの街で船を持っているからね。預かっている人が居るはずだよ。その人のところに行ったんじゃないかな」
「ええ、間違いなく私のところにいらっしゃいました。ただそれは半月ほど前のことで、その日のうちにお預かりしていた船で出航されました。確か、“北の孤島”に向かうと仰っていましたよ」
聞き込みの結果、勇者はこの街には既に居らず、“北の孤島”という場所へと向かったらしい。ここで出会えなかったのは残念だったけれど、次に向かうべき場所に迷わずに済んだのは
助かった。
「その北の孤島に行くための船はありますか?」
「北の孤島は無人島のため、定期便はありません。個人の船を使えば行くことができますが……」
個人の船と言われても、そんなもの旅立ったばかりの私たちが持っているはずがない。買えるだけの財力もない。
「ならば、私たちに船を貸していただくことはできないでしょうか」
「申し訳ありません。生憎、私の船は今メンテナンスに出しておりまして、海に出すことができないのです。しかし、他の船では北の孤島に向かうのは無理でしょう。あそこの周囲の海域は波が高く荒れているため、並の船舶では近づくことすら危ういのです……」
「そんな……」
「ああ、でも、あの双子の持つ船ならば!」
「双子?」
「はい、双子の姉妹ハルナとワカナの所有する船ならば、北の孤島へ向かうことができるかもしれません」
……。ハルナとワカナだって?
◯
「あの、香純ちゃん。どうしておれたちはてをつないでいるんだい?」
「転んだら危ないでしょう。私がにぎにぎして差し上げます」
「あと、このすがたのおれにたいして、まったく動揺してないの?」
「愛らしい晴輝先輩のお姿の前ではどうでも良いことですね」
「…………」
晴輝先輩を模しながらもAIの姿形を完全に一致させず、敢えて時代を変えていることから察する事情はある。
故にそんな些末なことよりも、私にとっては私が出会った頃の晴輝先輩と思わぬ形で再会できたことの方が重要であり、浮き足立っていた。
「とりあえず、私たちはこれから世界樹を目指せば良いんですね」
「ああ。夢のお告げでいわれたんだ。目的のものがそこにはあるって」
夢のお告げというよりも、初期設定としてそのようにプログラミングされていたのだろう。こういう言い方は無粋だから言わぬが花だろうけれど。
「目的地がわかって大助かりです。晴輝先輩、えらいえらいですね」
「さっきから、敬語をつかいながらも子供扱いしてくるのに困惑しているんだけど。おれ、こんななりだけど、精神年齢は本体とあんまりかわんないんだぞ」
「そっかー。それは失礼しました。頭撫で撫でしてあげますから、許してくださいね」
「…………」
宣言通り彼の頭を撫でてあげると、照れからか黙り込んでしまった。可愛いなあ。
小さい晴輝先輩を愛でつつ、私は今後の旅程を脳内で整理する。
世界樹はこのゲームの世界の中心にそびえ立つ大きな樹木のことで、かなりの高台にあることから、遠くにあってもその姿を拝むことができる。
多くのRPGで登場する『世界樹』という概念は、北欧神話に登場するユグドラシルをモデルとしていて、“グレブレ”でもその例に漏れずゲームにおいて重要なポジションを占めているのだろう。
方角からするとこの地点から北に位置しており、その途中には街や山などがある。
街で装備を整えつつ情報を集めて、山越えをして世界樹に向かうことになる。
容易な道程ではないだろうが、目的とルートが明確になっているのはありがたい。
「まずはこの岩山を下山して、北の街へ向かいましょうか」
「そうだね。それと、そろそろてをはなしてくれるかな?」
「んー、嫌ですよ♪」
小さな晴輝先輩の手を取って、私は機嫌良く冒険のスタートを切ったのだった。
草原に出た私たちは快調とも言える歩みで北に向かって進んでいた。
道中出てくる魔物も私の攻撃魔法を前にすれば形なしである。空を飛ぶ魔物は風魔法で気流を乱して撃退し、地上の魔物は炎魔法で焼き払い、群れ相手には空爆魔法で一帯を吹っ飛ばした。経験値とお金がどんどん貯まっていく。
「経験値というか、香純ちゃんのレベルはすでに99なんじゃないの? この旅におれは必要なの?」
「必要ですよ。主にモチベーションという意味で」
小さい晴輝先輩は後方に居てもらって、私が前線で闘っている。この状況は色んな意味で気分が湧き立つものだ。
テンポ良く、私たちは次の町に辿り着いた。
さほど大きな町ではないが、家やお店がバランスよく並んでいる。
早速、勇者についての聞き込みを始める。
それほど人通りの多い町ではないため、情報源としてはあまり期待していなかったのだけれど、一つ耳寄りな情報を得られた。
「ここから南西に行ったところに森があってね。森の奥まったところに勇者の故郷があるらしいよ」
森の奥か。人の住む村でありながら排他的にも思える。
「世界樹に向かうには少し遠回りになるけど……」
「行ってみる価値はありそうですね」
私たちは町を出て、奥に勇者の故郷があるという森に向かった。
草原を南西方向に歩いていくと確かに森があった。広葉樹が鬱蒼と生い茂る木々の合間を進んで行く。その最中にも草木、虫や動物を模した魔物と遭遇したが、魔法で難なく退けつつ転びやすい足元を小さな晴輝先輩の手を取って歩いていると。
目の前に明らかに人工物の大きな門があった。門……ではあるが、その扉は酷く傷んでいて、外から無理やり突破されたような形跡があった。
嫌な予感がする。そう思いながらも門を潜ると、やはりここは村の入り口に間違いなかったようだ。
ただし。
「これは……酷いですね」
勇者の故郷は荒れ果てた廃墟と化していた。




